逆境を味わう

風と空

第1話 逆境を味わう

「えええ…… うそぉ」


 大雪の降る中車を走らせる事一時間……

 まさかこんな事に巻き込まれるなんて思わなかった。


 年の瀬の帰省ラッシュを考えて早く出てきたのに、まだ半分も行かないうちに車列が動かなくなった。前も後ろも車に挟まれて動けない。


「ちょっとなんでぇ?こちとら早く出てきたってのに」


 一人で車で帰省中の為、車内で返事をしてくれる人なんていない。元々私は運転中独り言が多いのだ。


「ま、そのうち渋滞抜けるでしょ」


 この時の私は気楽に考えてのんびり構えていた。


 **************


 トントントントン……


 ハンドルを指で叩く事一時間。

 車は全く動かない。

 雪はボタ雪。どんどん雪が車にふり積もって行く。

 ガソリンも徐々に減っていく。


「うわぁ、これ動くの?今日中には着きたいのに」


 前日までぎっちり仕事をしてきたのだ。

 自宅のコタツでゆっくりしたくて早めに出てきた。

 しかも朝食はこの先のコンビニで買うつもりで何も買ってない。


 お腹すいたなぁ。なんか持ってなかったっけ?


 バックの中を漁って出てきたのが、果物味の飴三つ。

 車の中にはお土産用のお菓子があるだけ。他は食べられないものばかり。


 「なんか作ってくればよかった」


 正に後悔先に立たず。言ってもしょうがない事だけど。

 私だけかな。準備悪いのって。


 前の車は私と同じ一人で乗っていても、何かを飲んでいる所だった。バックミラーを見ると大型トラックが見える。


 サイドミラーを確認。トラックの後ろのワゴン車もトラックで囲まれている。うわぁ、これどこまで続いているの?


 取り敢えず実家に連絡して…… ってうそ!充電切れてる!

 …… 詰んだ。


 どうしよう、更にピンチだ。トイレ行きたい……


 コンビニはまだまだ先だし、周りは何もないし。

 あ、ちょっと後ろに家あるけど……


 「こんな時とはいえ、トイレ借してくださいって言えないよぉ」


 こんな時母ぐらいの年代だったらと、考えてしまう。

 けど、今そんな事言ってられない!割り切れ自分!


 エンジンを止めて、前か後ろの人に言伝して、あの家まで行ってなんとか借して貰える様にお願いするしかない!


 助手席からコートを持ち出して外に出ると、あ、大型トラックの人と目があっちゃった。


 ううう…… 勇気いるよお。


 大型トラックの方へ観念して歩いて行く。

 道路の雪はもうブーツの三分の一まで積もっている。

 

 これ動けるのかなぁ。


 不安になりながらも大型トラックの運転席を軽くノックさせて貰う。


「あの!すみません!ちょっと宜しいですか?」


「おう!どうした〜姉さん」


 40代くらいの男性が、サイドウィンドウを下げながら答えてくれる。なんかいかにもトラックの運転手って感じのいかつい人だなぁ。


「あ、あの!トイレに行きたくて、一旦この場を離れようとおもって」


「ああ!姉さんは大変だな。俺らはそこらでやれるがなぁ」


 ガッハッハと笑う男性。結構余裕あるんだなぁ。


「あ、あのそれで、あそこに見える家にトイレ借りに行くのでもし動いたらご迷惑おかけすると思いまして」


「なーも気にするな、姉さん。どうやらこの先でトラックがスリップして転倒したらしいんだ。これは長丁場覚悟しなきゃなんねぇからな。気にせず行ってきな」


 ニカっと笑いながら結構重要な事教えてくれた。

 なんか良い人だ。


 急いでお礼を言って、唯一ある家まで行くと丁度玄関が開いて女性と子供が出てきた所だった。


「あ、すみません。この家の方ですか?」


「いいえ、私たちトイレ借りに来たもので、もしかしてあなたもですか?」


「実はそうなんです」


 苦笑いして答える私に、女性は振り返ってこの家の奥さんらしき人に私に代わって聞いてくれた。


 この家の奥さんは恰幅の良い五十代くらいの女性で、笑顔で了承してくれた。子供連れの女性にもお礼を言って、奥さんにトイレに案内して貰う。


 ま、間に合った………


 用を済ませて奥さんに声かけて出ようとすると、「ちょっと待って〜」と奥から声がする。


 玄関で靴を履いて待っていると、ペットボトルのお茶を一本渡される。


「ええと?」


「朝からずっと車動いてないでしょう?しかも冬場はこの道よくこういう事あってねぇ。大体3〜5時間動かないのよ。だからトイレ借りに来た人には飲み物渡す様にしてるのよ」


 と笑顔で教えてくれた奥さん。


 うわぁ!飲み物!


「ありがとうございます!」


 思わず深くお礼を言ったら「お互い様よぉ。トイレくらいいくらでも使っていいから遠慮しないでね」と奥さんに気持ちよく送り出して貰った私。


 雪はまだ降っている。

 ペットボトルのお茶は冷たい。


 けど車に戻る私の心はほんのりあったまった。


 「そうだよね。こういう時だもん」


 全く動いていない車に急いで戻り、お土産の饅頭の包装を破り大型トラックへ向かう。


「あの!良ければ一つ食べませんか?」


 大型トラックのドアをノックし話しかける。


「お、なんだ?貰っていいのか?」


「はい、勿論です」


 トラックの男性は、助手席の人の分もいいか聞いてきたので勿論渡す。すると「お返しな」と言って缶コーヒーを一本私にくれた男性。


 有り難く頂いて、私は12個入りの饅頭を私の車の前後の人達に配り歩く。


 雪は積もって行く。

 車に戻る頃には私も真っ白。


 でも手には饅頭の代わりに缶コーヒーやおにぎりやお菓子。


 状況は変わらない。

 車は動かない。

 ガソリンは減って行く。


 これだけ考えると結構逆境に立たされている。


 それでも冷たいお茶飲める。

 冷えたおにぎりが甘い。


 少し震えながら食べるおにぎりがお茶がとても美味しかった。



 結局、自衛隊が派遣されて、車が動き出したのはそれから五時間後。


 その間にも、自衛隊の人からの差し入れやトラックの男性が様子を見に来てくれたり、また快くトイレを使わせて貰ったり助けられた。


 家に着いたら、お母さんに抱きしめられながら怒られたけどね。父さんまで一緒に怒ってたなぁ。


「ごめんねぇ、父さん母さん。でも聞いて。凄い経験しちゃった」


 あの家の奥さんに帰りに絶対寄って行く事を決意して、私は興奮気味に話ながら家に入って行った。

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