ジジイとエルフ婿、お茶が出ないので帰宅する。

中崎実

第1話 お約束な召喚。

 そこは、少し暗い感じはするが部屋全体を見て取るのに十分な光はある、10m四方ほどの部屋だった。


 床には薄青く光る多重円と、線に沿って並ぶ見たことのない文字。

 そして、床の模様の内側に立ってる普通の人が五人に、模様を囲んでいるコスプレのような恰好をした者が十数名。


「なあナオキ君、これ」


 のんびり言ったのは、普通の人の中でも一番年長に見える男性だった。


「うちの子が好きそうなシチュエーションですよねー」


 ナオキ君と呼ばれた中年男性が、緊張感のかけらもない口調で返す。


「異世界ものってやつか、これ?」

「芸の無いファンタジーでよくあるアレですよね」

「お約束通り、かねえ?」


 落ち着いて話している二人の声で、ぽかんとしていた残り三人が驚きから覚めたようだった。


「えっ、なにこれ」

「VRで寝落ちした!?」

「くっさ!臭うんだけど!」


 正気に返ったとたん、部屋の異臭に気が付いたのはご愁傷しゅうしょうさまである。


「あ~、この人らの臭いだろうねー」


 ナオキが模様の外にいる人間をあごでしゃくって見せた。


「生臭い?なにこれ?くっさぁ!」

「不潔臭だね。鼻、つまんでおくと良いよ」

「吐きそう」

「おえぇぇぇ」

「まともなわけぇのにゃつらいだろ、これ」


 最高齢男性が、いかにも気の毒そうに言っていた。


「換気口があれば良いんだけどねえ」

「お、あれ空気通るんじゃねえの」


 天井にぽっかり空いた四角い孔を指さした。


「おー、お義父とうさんさすが。じゃ、ちょっくら換気しますか」


 ちょっと目をすがめてそちらを見たナオキが、うなずいた。


「そのままで出来るんかい?」

「できないです。擬装ぎそう解除かいじょしますねー」


 ぱちりと指を一つ鳴らすと、ナオキが少し姿を変えた。


 短い黒髪は艶のある長めの金髪になり、先の尖った笹の葉状の少し長い耳が髪の下からのぞいている。こげ茶色だった瞳は青灰色に戻り、肌の色も少し薄れた。

 美中年であることには変わりないが、掘りの深い面立ちの日本人男性から、エルフ耳のファンタジー種族に変化した。


 ただし、服装は変わらないが。


「は……エルフ?」

「……エルフの作業着」


 驚いて目をかっぴらいたままつぶやく若者がいるいっぽうで、


「なあ、いつもその色で構わないんじゃねえか?耳はともかくよ」


 お義父さんと呼ばれた男性は、その変化に驚く様子もなかった。


「えー、日本だと目立つじゃないですか?」

「耳さえ変えときゃ白人で通用するだろ。珍しかねぇよ」

「でも白人と間違われて外国語で話しかけられても、オレ判りませんもん。日本人ぽい色のほうが絶対楽ですって」

「そこかい」

「そこ重要です。そんじゃ換気っと」


 人差し指を一本立てて、くるくると回す。

 同時に、模様の外で風が吹き荒れ、立っていた人間をぎ倒した。


「なあ、ついでにあいつら洗ってやるわけにいかねぇんか」


 ぽかんと口を開けている若者三人に構わず、義父が倒れた人間を指さしてそんな事を言った。


「そーですねー、どうしようかな」

「あいつら服も体も汚ねぇだろうから、換気しただけじゃあ臭いは消えねぇだろ。今どきのわけぇ子には、この臭いはちっとつらいんじゃねえか?」


 臭すぎる、という話をもう一度するくらい、本気で臭かった。


「一回の迅速じんそく洗浄せんじょうで落ちる汚れじゃないですよ、あれ」

「なんだ実感こもってんな?」

「そりゃー、ねえ?文明度の低い世界に呼ばれると、良くある話ですし?」

「長いこと風呂に入ってない奴なんか、珍しくないってか」

「シャワーも風呂も無くて、絞った布で体を拭くか水浴びするだけ、なんてのも割とありますね」

「俺が子供だった頃よりひでえなぁ」

「問答無用で他人を呼びつける連中なんて、民度も文明度も低いもんですよ」

「呼びつける技術はある癖に、風呂は無ぇなんてなあ。おかしなもんだ」

「ほんとそれです。じゃ、この辺で風、止めまーす」


 強風で立つこともできなかった人間の、風でバタバタ吹き飛ばされそうになっていた服が、床に落ちた。


「……なんすか今の!?」


 若者の一人がようやく声を出した。


「ん、魔法」

「は?」

「え?」

「やっぱVRで寝落ちしたってこと?」


 驚くだけの二人と、VRの中だと思いたい一人。

 なかなか、受け入れがたい現実であるようだった。

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