あなたの微笑みのために*ダブルファーザー編*
1.父親ふたり
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※ダブルファーザー編は、北の恋オムニバス④『マザコン婚にも福がある』と登場人物がリンクしています。
未読の場合はネタバレになる箇所もありますのでご了承ください。
★マザコン婚にも福がある
https://kakuyomu.jp/works/16817330652056362933
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🌸 🐶 🌸
カメラを片手に待ち構えている『パパ』の隣で、寿々花も踏切の目の前で待っている。
「来た来た。最後尾に乗っていたよね」
「そうです。過ぎていく後の線路を見たいと言って、たっくんが」
廃油を燃料にしている列車が踏み切り音の中、先頭車両が到達し通過していく。窓からは手を振る子供たち、パパにママと笑顔のちびっ子たち。一両、二両……と過ぎていく。
「パパ~」
最後尾車両、しかも最後尾の席。そこの窓から顔を出して手を振る男の子が見えてきた。
「岳人さん、たっくん。見えましたよ」
「おっしゃ。三佐&たっくんを記録に残す任務を遂行する」
「もう、なんでも任務調になっちゃうんだから」
すっかり自衛隊に感化された岳人パパが任務遂行気分で、一眼レフカメラを構える。寿々花もビデオカメラを構え、見えてきた列車へと向けて撮影開始。
徐々に近づいてくる最後尾車両、最後尾の窓。ゆっくりと進むリリートレインが寿々花と岳人パパの前を通過して、ついにふたりが目の前に。
「すずちゃん! パパ!!」
愛らしい拓人がめいっぱい手を振っている。
そのそばには将馬が寄り添って微笑んでいた。
「三佐、パパとすずちゃん、いた!」
「拓人、窓から落ちるなよ」
「こっちこっち。三佐も拓人も、一緒にこっち手を振ってくれー!」
岳人パパのかけ声に、拓人と将馬が揃ってカメラに向かって手を振ってくる。
「すずちゃん! 駅でまってて。つぎ、ソフトクリーム食べるって三佐が言ってる」
「はーい。パパと一緒に行きますよー」
寿々花も笑いながら車両に乗っているふたりに手を振る。
園内をぐるっと一周するだけのエコ列車。遠ざかる姿を岳人パパと見送った。
やがて、ふたりの前にある遮断機のバーが上がる。
そこを彼と渡って、出発点となるエコ列車の駅舎がある方向へと歩き出す。
その道すがらにも季節の花が彩っている。
「仕事の資料に少し、撮らせてね」
「どうぞ、どうぞ」
札幌市内にある百合が原公園。いまシャクヤクとルピナスが線路沿いで満開だった。
岳人はデザイナーなので、気になるものがあると、どんなものも一眼レフのカメラで撮影する癖がついている。
でもそこには、息子の成長を記録する写真もたくさん。
彼が札幌に住むようになってから、それまでの拓人の成長を記録してくれた写真をたくさん見させてもらったこともある。
それもこの育てのパパになると覚悟した男が決めていたことだった。
『いつか。実の父親に渡せるように』。行き違いがあって、意図せぬ形で『略奪婚』をする側の男になってしまった岳人パパ。
せめてもの罪滅ぼしをいくつもいくつも積み重ねてくれていたのだ。
産まれてからの触れられなかった日々にあった息子の姿。それを実父の将馬も受け取り感激していた。
岳人がなさぬ仲なのに将馬に赦されたのは、最初から握りしめて歩んできた償いの日々があったからだ。
抱くことも、父と名乗ることもできなかった歳月の記録を、将馬は時間をかけてじっくりと眺めていた。
寿々花も一緒に見たかったが、そこは遠慮した。
彼が父親としての軌跡を取り返す時間だから、そっとしておいた。
それが正解だったのか、将馬はひとりでじっくりと乳児だった拓人の写真を心ゆくまで眺めることで、心の隙間を自分のペースで埋められたようだった。
その後、彼と一緒に寿々花も眺めさせてもらった。一度、先に眺めたからなのか。『見てくれよ。この拓人。こんないたずらをしているんだ』と、ほんとうに寿々花より先に見てきた父親のように嬉しそうに教えてくれた。
そんな岳人パパのカメラは、いまは将馬と拓人という実の父子の姿をたくさん残そうとしている。
そんな彼と一緒に寿々花は公園の中央にあるガーデンを歩く。
「このご近所なんだよね。将馬さんのレンジャー教官さんのお住まいって」
「うん、そうみたい。うちの父も知っている元教官さんなの。将馬さんが最後の教え子だったみたいで、そのあとすぐにご家庭の事情で自衛隊を辞めて転職したみたいだよ」
今日は将馬がレンジャー訓練の時にお世話になった『恩師』のご自宅へと招待されている。新築したとのことで、そのお披露目のパーティーに呼ばれたのだ。
夕方からの開催なので、それまで近所にある公園で遊ぼうということになってここに来たのだ。
「自衛官のあとは探偵さんか。なんか、いろんな話が聞けそうだな。それでお嬢さんは、あの荻野製菓の本店にお勤めなんだよね。拓人ったらさ。『荻野のお菓子屋さんの人? ぼく、荻野のさくさくパイ大好き』とかさ、まるで菓子屋さんに行くみたいな気持ちになってんの」
「あはは。たっくんらしい。結婚式にも教官とお嬢様とおふたりで出席してくださったから、たっくんも面識ある分、気負いしていないのかもね」
「俺も一緒でいいのかな……」
岳人パパはいまでも、自分のことを『日陰の人間』のように表情を曇らせることがある。
実際、これまでは将馬のほうが『日陰の実父』で、岳人が『日が当たる場所の父親』だったのにだ。
「事情をよく知っている教官さんだから、将馬さんと妻の私と息子さんと育てのパパと一緒にと言われているから大丈夫だよ。私たち四人で家族だとわかってくださっているから。私も将馬さんも岳人さんを置いて拓人を連れて行くなんて、もう楽しめないもの」
「そう言ってくれると安心するよ」
「四人で家族なのよ。これからもずっと」
「うん、わかっている。ごめん、変なこと言い出して……」
気にしてしまうのもわからなくもない。
元を辿ると、『
同窓会で再会した『彼女』に婚約者がいるとも知らされず、騙されるようにして付き合いを開始してしまったのだとか。故意からではない過失に遭遇したことから、彼の罪の人生が始まってしまう。
久しぶりに会った同級生彼女との恋が始まったと思っていたら、やがて結婚式の日取りも決まった婚約者がいたと知らされる。館野側の弁護士がやってくる。『知らなかった』とはいえ『彼女が妊娠をしている。どちらの子供? 鑑定をしよう』という騒ぎにまで発展をしたところで、元は生真面目な青年だった岳人は、鳴沢家の巧みな『引き込み』に引きずられ、一緒に責任を取らされた経緯がある。
それに彼の実家は母子家庭で、父親という強い後ろ盾がなかったようだ。彼の母も『力になれなくて』と泣いていたらしい。
母と息子で『婚約者から彼女を奪ったことはかわりがない。償おう』と決したとのことだった。
だからこそ。血が繋がっていなくとも『息子として育てる、育てなさい』と岳人とその母は決意していたそうなのだ。
なのに。鳴沢家の自分本位な有様。この家を覆う尊大なプライドは、拓人のためにならない気がすると良く思っていたそうだ。
自分がよくよく深く考えずに、数年ぶりに再会した女性とその気になってしまったばかりに。その浅はかさをいまも悔いているようだった。
逆にそんな後悔に苛む岳人を案じているのは、略奪されたはずの将馬だった。
『もし、だよ。あのまま俺があの女と結婚していたとしたら……。岳人君の悩みや苦労は俺がしていたはずなんだよ。彼は……あの女が望むままに、優しい男だからこそ餌食になったんだ』
将馬自身も『会えぬ息子のためだけに生きていく』と孤独を極めていたことも苦難だったと寿々花は思うのに、彼らの間にいると、互いが互いのこれまでの苦難を労りあっているのがよく見える。
この公園に初めて拓人を連れてきた時、あのエコ列車に一緒に乗る『親』はどちらか、なんて男ふたりが顔を見合わせたのを、寿々花は見てしまっている。
だから『みんなで乗ればいいじゃない』と、最初の乗車は寿々花がそう進めた。拓人だって最初からそのつもりでいるのに、事実を知っている父親同士がたまにこうした遠慮を見せ合う。
その後『乗っているところを写真に撮ってあげるから、パパと行っておいで』と切り出したのは将馬だった。
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