第13話 元旦の挨拶回り

 大晦日の夜、朝早くから挨拶回りに向かうという和人の伝言を聞き、蕎麦も食べず除夜の鐘もなる前にベットに横になり目を閉じる。


 いつまでも父の言いなりである自分に対する嫌気と諦めが眠りにつくまでの間直人の頭の中を駆け巡る。

 眠るに眠れなく、時折目を開け暗闇を見つめてはため息をこぼす。

 早く眠ろうと目をギュッと瞑れば瞑ろうとするほど眠れず時間が過ぎていく。


 そんな状態が何度も続く。直人自身もどれだけ時間が経ったかわからない。


 突然スマホの通知音が3連続で鳴る。

 部屋の電気は消えたまま体を起こしスマホを手に取る。


『あけおめー(絵文字が沢山)』

『あけおめ!』

『あけましておめでとうございます』


 直人、陽、夏希、千智の4人で構成されたグループに直人以外の3人が同時にそう送っていた。

 打つ文字さえ違うが内容は同じものでそれぞれの個性が出ている。

 こういう奴らどうしは考えることが同じなのだろうかと直人は思う。


 スマホの時計を見れば時刻は0時を過ぎている。つまり年が明けたということ。スマホに映し出される西暦の数字も一つだけ増えている。


 直人は少し遅れて『あけおめ』と端的に送る。するとすぐ既読が着いた。


『安達遅い!』

『そうだぞ直人。こういうの毎年恒例のやつだろ』

『そんな文化は知らん』

『それより元気そうでよかったです安達さん』

『そうだよ!クリスマス以来遊んでくれないんだもん』

『ごめん色々用事があってさ。あと初詣の予定ずらしてくれてありがと』

『お易い御用よ』

『3人より4人の方が楽しいですしね』

『そゆこと』


 そんな会話を続けていると明日、いや今日のことなどどうでも良くなってくる。


 用事について夏希と千智に深堀されるかと思い少し身構えたがそんなことをしてこない2人に安心する。

 陽が根回ししたこともあるだろうがそれ以前に2人の世渡り上手な部分が出ているのだろう。


 この2人にならこんな理由くらい話してもいいなという気になってくる。


 時計を見ればあれから30分が過ぎている。

 ハッとして明日早く起きなければ行けないことを伝えてスマホを落とす。


 体を再びベットに預けずっと目を閉じるとさっきまでのが嘘のように眠りにつけそうだ。

 直人はものの数分で眠りについた。




 スマホのアラームが部屋に鳴り響き直人は目を覚ます。時刻は朝6時前。

 途中まで眠れなかったのが原因かまだ少し眠い。


 眠気を帯びる体を動かし目覚ましのために顔を洗いに行く。


 リビングには既に父親がコーヒーを片手に新聞を読んでいた。

 服装はラフなままだが顔つきを見れば眠気など一切無いことが伺える。


 1人でいるところを見ると春乃はまだ寝ているようだ。


 近くを通る直人に気づきコーヒーを1口飲み話しかけてくる。


「あと三十分ほどしたら向かう。すまないが朝食はコンビニですませるが構わんか?」

「おせちとか特別好きな訳でもないし大丈夫。服装は制服とかちゃんとした服装だよね?」

「そうだな、そうしてくれ。あと直人その前髪どうにかならないか。人間の第一印象は外見で決まると言っていい。そのままだとどう思われるか」

「···わかったよ」


 面倒事がひとつ増えたがまあ何とかなるだろう。

 幸い陽たちに髪で遊ばれた時に直人用にとワックスを置いていったのでそれを使えばなんとかなる。ただ乗り気では無い。


 顔を洗い再び自分の部屋に戻って制服に着替え、髪をセットしに洗面台に向かう。


 陽が教えながらセットしてくれていたので何となくは覚えているがいざ自分でやるとなかなか難しい。

 これを世のイケている男子は毎日のようにやっているのかと思うと、自分はそうならなくてもいいと思ってしまう。


 何とか自分の納得する形にして和人の元へ向かう。

 そこには眠そうにソファーに座る春乃の姿もあり、ちょうど和人がコーヒーを準備しているところだった。


 和人は仕事が忙しくほとんど家に帰らないため傍から見れば夫婦関係が良好には見えないだろう。

 しかし和人は愛妻家である。表には出さないが所々からその節が見え隠れしている。


 息子にその優しさを見せて欲しいと願う直人。自分への異常なまでの厳しさに納得はできない。


「準備できたよ父さん」

「その髪なら大丈夫だろう。車に乗って待ってろ、すぐに向かう」


 和人は鍵を直人に渡しちょうど出来たコーヒーを春乃に渡す。


 直人は邪魔になるだろうと足早に和人の車の元まで向かう。


 和人の車は至って普通だ。弁護士として相当稼いではいるのだろうが、あくまで庶民的な暮らしを本人が望んでいるためだ。

 安達家の家自体も春乃の希望で普通の一軒家より少し大きいくらいで特に高級感がある訳でもない。


 車の中で待機していると数分で和人も到着する。


 直人から鍵を受け取り車のエンジンをかけて運転を始める。


 特に話すことは無いため車の中は無言の状態が続いている。


 時々ある会話も今から会う人たちに対する礼儀やマナーについて和人から一方的に聞かされるだけだ。



 ボーッとしているといつの間にか目的地に到着する。

 ビル街の中の一際目立つ大きなビルに着いた。

 どうやら1つのビルの一角が大きな会場になっておりそこに向かう様々な人達の姿が見える。


 他に止まっている車を見ればどれも高級車で和人の車はどこか場違い感がある。

 しかし和人はそんなことも気に止めないようで凛々しい表情を崩すことがない。


 その和人の後ろをついて行く直人。直人自身も緊張と言ったものは無い。

 学校内だとコミュ力の低い根暗な男だが、目上の人に対する礼儀や挨拶等は小さい頃に教えこまれたため苦手では無い。


「おぉ安達くんじゃないか。今年もよろしく頼むよ」


 会場に着くと和人の姿に気づいた少し太った白髪の中年男性が挨拶と共に駆け寄ってくる。


「あけましておめでとうございます原田さん。お元気そうで何よりです。紹介が遅れました、こちら息子の」

「初めまして、安達直人です。原田製薬の薬には大変お世話になっております。」

「ほお、よく出来た息子ではないか安達くん。君の教育の賜物かね」

「いえいえ、息子もまだまだです」


 そんな風な挨拶をいろいろな方々にして回る。

 順調に進んで行ったのだがしかしトラブルはあった。


 直人の通う高校と全く同じ制服の少女がいたのである。おそらくその少女も直人とおなじ状況で親に連れてこられたのだろう。


 遠くから見えるその顔はおそらく同じクラスの高宮たかみやまい

 容姿は整ってはいるがこの少女も夏希の美貌に隠れてしまっている女性の1人だ。


 これには直人も慌てた表情を見せる。

 現在の髪型や父の職業などバレたくないことだらけな直人は集まる人を盾に見えないように位置どって難を逃れようとする。


 しかし和人が高宮のいる方向へどんどんむかっていく。


「どうも高宮さん。あけましておめでとうございます」


 案の定高宮舞の親は和人の仕事相手だったようだ。


「あけましておめでとうございます和人さん。こちら妻と娘です」

「妻の雅子です」

「娘の舞です」

「これはご丁寧にどうも。こちら息子の」


 さすがにこれは逃れられないと直人は悟る。


「直人です」


 和人と呼ばれていたことで苗字がバレずに済んだため一旦事なきを得る。

 高宮の顔を見るが気付いていないようでキョトンとしている。


「結構かっこいいじゃない?あら、直人くん舞と同じ高校じゃなくって?」

「そうみたいだけど舞、ご存知かい?」

「すみません。人の顔を覚えるのはあまり得意じゃなくて」


 こちらの方も何とかバレずに済んだ。高宮は必死に思い出そうとしているが出てきて居ないようだ。


 バレないのはありがたいことだが、クラスメイトであるのに分かられないというのは少し悲しい。


 直人も相手のことは知らないといったふうに装う。


 やはり心配になり高宮を見つめていると高宮と目が合い、高宮の頬がなぜか赤くなる。



「それではまたの機会に」

「はい。それでは失礼します。」


 なんとか戦地を切り抜ける。


「挨拶回りも終わったしそろそろ帰るぞ」


 本当に挨拶回りだけだったようで、これから控えるイベントには参加しないようだ。

 直人もそちらの方が嬉しいため和人と共に帰路に着く。


 直人は寝不足だったせいか車の心地よい揺れのせいで眠ってしまった。

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