文化祭実行委員の後輩と実行委員長の俺

第一話

「もしかして、今日は私が働いているってのを知ってて会いに来てくれたんですか?」

「いや、たまたま入った店にお前がいたってだけの話だよ。そんな事より、席に案内してくれよ」

「はーい、二名様ご案内でーす」

 たまたま入った定食屋にいたのは文化祭実行委員の北村桃子だった。

 部活もやっていない俺は半ば強制的に何かの委員をやることになってしまったのだが、どうせなら定期的に何かをやっている委員ではなく年に一度しかない文化祭の実行委員になれば普段はやることも無いだろうと思っていたのだ。

 しかし、現実はそれほど甘いものではなく文化祭が行われている期間中だけ委員会が開催されるという事ではなかったのだ。むしろ、文化祭が開催されるまでずっと忙しい状況が続いてしまっていたのである。

 それに、どういうわけなのか俺は実行委員長に任命されてしまったのだ。少しでも楽な委員会に入って適当に一年間やり過ごそうという俺の計画は一瞬で破綻してしまっていた。

「じゃあ、注文が決まったら呼んでくださいね。ウチの料理はどれを食べても間違いないと思いますから」

「わかった。決まったら呼ぶよ」

 俺も友達も頼むものは大体決まっているので悩むことは無いのだが、初めて入った店なので一通りメニューを確認してみた。俺がどこに行っても頼むメニューは生姜焼きかハンバーグなのだ。家でも母親に何が食べたいか聞かれた時はその二つしか答えないので今はもう何が食べたいのかすら聞かれなくなってしまったほどなのだ。

「なあ、あの子ってお前の知り合いなのか?」

「文化祭実行委員で一緒だった一年生だよ」

「マジか。あんな可愛い子がいるんだったらお前じゃなくて俺がやればよかったな」

「図書委員にも可愛い子がいるって言ってただろ。それに、文化祭実行委員って思っていたよりも大変だったんだからな」

「実行委員長なんてやったら大変になるに決まってるだろ。普通に考えたらわかりそうなもんだけどな」

「まあ、そうなんだけどな。で、お前らは何にするか決めたのか?」

「もうちょい待ってくれ」

 俺の友達である滝沢は優柔不断なところがあるのでいつも注文に時間がかかってしまうのだ。この時もメニューを何周しているのだろうと思うくらいに裏返していたのだが、最終的にはラーメンとチャーハンのセットに落ち着いていたのだった。

「お前って悩んだ挙句にいつも同じものにするよな。それだったら最初からそれにすればいいのによ」

「そう言うなって。どれもこれも美味しそうだから悩んじまうんだって。お前みたいに生姜焼きかハンバーグしか食べないのもどうかと思うけどな」

「別に何食ったっていいだろ」

 俺達が注文をして出てくるのを待っていたのだが、この店はとても繁盛していて北村桃子も忙しそうに店内を駆け回っていた。ただ、その客のほとんどが常連のようで席の埋まり具合の割には慌てている様子なんかは見られなかった。

「なあ、あの子の連絡先って教えてもらえるかな?」

「急にどうしたんだよ。そんなに気になるのか?」

「まあな。でも、あんなに可愛かったら彼氏とかもいるんだろうな。図書委員の女子もほとんど彼氏持ちだったし、俺の高校生活もここから始まる可能性があるって思うんだよ」

「ここから始まるって、俺達はもう三年だぞ。今更始まったところで一瞬で終わっちゃうだろ」

「そんな事言うなって。青春はいつ始まるかわからないって思うんだよ」

「思うのは自由だけどな」

「そう冷たいこと言うなって。彼女がいるやつはいないやつの気持ちなんてわからないもんなんだよ」

「あ、俺も今は彼女いないぞ。お前の気持ちがわかると思うけど」

「マジかよ。お前は由美ちゃんと別れたのか。もったいないな」

「もったいないって言われてもな。詳しい理由も教えてもらえずに別れようって言われたからな。向こうから告白してきたと思ったら向こうから振ってきたし、よくわからんよ」

「由美ちゃんは恋多き女って感じだもんな。順番を待ってたら俺にも告白してくるかな?」

「さあな。その頃には別の大学なり専門に行ってるんじゃないか?」

「やっぱりそう言うもんだよな。でも、俺は期待して待つことにするよ」


 俺が頼んだ生姜焼きは家で母親が作ってくれるものよりも美味しく、今まで他の店で食べたのと比べても一番美味しいのではないかと思うくらいだった。滝沢の食べていたラーメンとチャーハンも美味しそうに見えたのだが、さすがにあの量を一人で食べるのは俺には無理そうだなと思ってしまった。

「ご馳走さま。北村の言ったとおりに美味しかったよ」

「ありがとうございます。お父さんにも先輩が美味しかったって言ってたって伝えておきますね」

「お父さん?」

「はい、お父さんが料理を作ってるので」

「そうなんだ。って、ここって北村の店だったの?」

「そうですよ。普段はあんまり手伝ってないんですけど、今はお母さんが体調崩してるんでその代わりにお手伝いしてるんです。家族だからってバイト代も出ないんですけど、仕方ないですよね」

「実家が定食屋だとは聞いてたけど、ここだったんだ。また気が向いたら食べにくるよ」

「気が向いた時じゃなくて、私がいる時に来てくださいね」

「いついるのか知らないからそれは無理だろ」

「じゃあ、私が働いているか聞いてから来てください」

「聞くって、店に電話して確認しろって事?」

「さすがにそれはお父さんも不審に思いますよ。なので、連絡先を交換しましょうよ。先輩は今彼女がいないみたいですし」

 俺はひょんなことから北村桃子の連絡先を手に入れたのだが、外食自体もそんなにすることが無いのでやり取りをする事なんてそんなにないと思っていた。文化祭も終わった今、何か聞きたいこととかもあるわけではないのでやり取りを交わすことなんてないはずだったのに、それから毎日北村桃子からやってくる連絡に返信をする日常が始まるのであった。

「お前っていつもモテるよな。俺にもその何割か分けて欲しいよ」

「そんなの知らんよ。何か努力してみたらいいんじゃないかな」

「その努力の仕方がわからないんだって」

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