第二話

「晩御飯の用意をしているって言ってましたけど、今日は何を食べる予定なんですか?」

「シチューを作ってあるからそれを食べる予定だけど」

「シチューか。いいですね。最近寒くなってきたから良いと思いますけど、それだけだったら少し寂しいんで何か他にも作るといいですよ」

「そうは言ってもな。これから帰って作るのも面倒だし」

「じゃあ、スーパーでなんか出来合いのモノを買いましょうよ。今日代わってもらったお礼に僕が何か選んであげますよ」

 松本舞は俺が止めるのも聞かずに駅に向かう途中にあるスーパーに入って行った。ここのスーパーは品揃えが良いかわりに値段が少し高めなのであまり来ることは無いのだけれど、この時間でも総菜はそれなりに残っているようだ。

 松本舞はカートにカゴを乗せて楽しそうに総菜を選んでいるのだけれど、カートを使うような量はいらないと思うんだよな。

「河崎さんって普段こういうの食べたりするんですか?」

「たまに食べるくらいだけど」

「苦手なものとかってあります?」

「今残ってるのだったら特にないかな」

「じゃあ、唐揚げとイカの一夜干しと茶碗蒸しにしましょう。バランス良くない気がするけど男性の一人暮らしの食事だったらこんなもんでいいですよね。僕はプリンとシュークリームも買っておこうかな」

 どういう組み合わせを選んでいるんだろうと思ってついて行くと、松本舞はカゴの中に缶チューハイを何本も入れていた。

「そんなに酒なんか買ってどうするのさ?」

「どうするのさって、飲むに決まってるじゃないですか。飲まないのに買うなんておかしいですよ」

「そりゃ飲むんだろうけどさ、ここで買わなくても君の家の近くで買った方が持ち帰るのも楽なんじゃないの?」

「何言ってんすか。これは河崎さんの家に置いておくようですよ。明日は二人とも休みですしこれくらい飲んだって大丈夫ですって」

「そういう事じゃなくてさ、今からだったら終電に間に合わないと思うんだけど」

「それは気にしなくても大丈夫ですよ。僕の家はそんなに遠くないですから」

「いやいや、さすがに夜に女の子と一人で歩いて帰すわけにもいかないからさ。飲むんだったらもっと早い時間からで終電に間に合うような時にしような」

「それって、今日は僕と飲みたくないって事ですか?」

「そう言うわけではないんだけどさ、今日はもう遅い時間だから今度にしようってだけの話だからね」

「そんな事言って僕の事見捨てるんですね。振られて可哀想な女の子を見捨てても河崎さんは平気だって事なんですね。このまま一人で家に帰ったら僕は孤独に包まれて押し潰されちゃうと思うんだけどな。この量のお酒を一人で一気に飲んでしまうかもしれないな。ストロング缶ばっかりだから一人で飲むのは危ないかもしれないのにな。あまりの寂しさに日野さんに電話をして河崎さんの家で飲みましょうって言っちゃうかもしれないな。日野さんなら河崎さんの家を知ってると思うし」

「わかったわかった。今日は酒に付き合うからそんなこと言うなって。でも、強いのばっかりはダメだから他のに変えて来なさい」

「はーい、ありがとうございまっす。河崎さんってなんだかんだ言って僕のお願い聞いてくれるから好きですよ。じゃあ、お酒選び直してきますね」

 どういうわけか俺は松本舞のお願いを断ることが出来ないのだ。最初は断ろうと思って話を聞いているのだけれど、なんだかんだ言いくるめられて向こうの良いようにされているのである。話を聞かなければいいだけのような気もするのだけれど、無視をしたり誤魔化したりすると周りを巻き込んで俺の立場がどんどん追い込まれていくような気がして怖いのだ。中性的な見た目で性格も悪くないので男女ともに敵を作らないタイプだから周りは松本舞の味方ばかりであるのも影響しているのだろう。


「それにしても、こんなにたくさん買って平気なのか?」

「大丈夫ですよ。僕ってあんまり物欲ないから他に買う予定のモノとか無いですし」

「そういう意味じゃないんだけど。こんなにたくさん買っても飲めないだろ。俺はそんなに飲む方でもないし」

「河崎さんが飲まないのは知ってますよ。飲み会とかでも嗜む程度で酔っ払ってるとことか見た事ないですからね。店長みたいに絡み酒じゃないってのは知ってますけど、川崎さんが寄ったらどうなるんですか?」

「どうなるんだろうな。若いころは飲み過ぎたら眠くなってたけど、最近は試飲会とかでしか飲んでないからな」

「じゃあ、明日も休みって事ですし、今日は久しぶりに酔っぱらうまで飲んじゃいましょうよ」

「俺は缶チューハイあんまり好きじゃないからそこまで飲めないわ。残ったのは持って帰っていいからね」

「ええ、そんなこと言わないでくださいって。それに、家までお酒を持って帰るなんて面倒ですし」

「家の前までタクシーで行けばいいじゃない。そうすればそんなに大変でもないでしょ」

「それはちょっと難しいですね。お酒とおつまみで財布の中が空になっちゃいましたから。家までタクシーに乗るとすると、深夜割増も入るから結構な値段になると思うんですよね。そんなお金は無いですし、タクシーに乗るくらいだったら僕はその辺の公園で朝まで時間を潰して始発で帰りますよ。見た感じこの辺ってあんまり治安が良くなさそうだけど、僕は男っぽいって言われるから大丈夫ですよ」

「大丈夫なわけないじゃないか。もしかして、今日の事全部わざとやってない?」

「そんな事ないですって。たまたま成り行きでそうなってるだけですって。僕はそんなに計算高い女じゃないですから安心してくださいよ」

 俺の家の近所はそこまで治安が悪いという事もないのだが、夜でも結構人がいたりするのだ。あまりパトカーのサイレンを聞くことが無いので変な人がいるという事もないと思うのだが、さすがに松本舞を夜の街に頬りだすことなんて出来るはずもなく、俺は半ば強引に松本舞を家にあげることになってしまったのだ。

「へえ、男の一人暮らしなのに綺麗なもんですね。趣味丸出しの部屋って感じで逆に好感持てますよ。変なものもなさそうだし、ちょっとそこは安心しましたね」

「変なものってなんだよ」

「それを僕の口から言わせるなんて河崎さんは酷い人ですね」

「お前が言い出したことだろ」

 あまり部屋を物色されたくはないのだけれど、入れてしまったものは仕方ないとあきらめることにして俺は冷蔵庫から取り出したシチューを温めることにした。

 松本舞は買ってきた缶チューハイをさっそく飲み始めているのだが、いきなりストロング缶なんて飲んで大丈夫なのだろうか。

「あ、お先に頂いちゃいました。他のやつは冷蔵庫に入れちゃうので好きな時に飲んでください」

「いきなりそんな強そうなの飲んで大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。心配しないでください。僕って意外とお酒に強いタイプなんですよ。それに、何もしないですか気にしないでください」

 何もしないから気にするなって言うのは女の言うセリフじゃないような気もするのだが、そんな事にツッコミを入れずに俺は温め終わったシチューを差し出すのであった。

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