バイセクシャルな後輩は俺の事を何とも思っていない

第一話

「お疲れ様です。今日も忙しそうですね。とりあえず、適当に飲み物お願いします。先輩が好きなやつで良いんで」

「あれ、今日はデートがあるからシフト変われって言ってきたと思ったけど、これからデートなの?」

「違いますよ。昨日の夜から僕はずっと楽しみしてたのに、彼氏が来ちゃうから会えないかもって言われたんですよ。酷いって思いません?」

「いや、酷いのはお前だろ。いつもいつも思ってるけどさ、何で彼氏のいる女の子ばっかりと付き合おうって思うわけ?」

「だって、特定の相手がいる人の方が僕に依存しなさそうじゃないですか。たまには依存されることもありますけど、そういう人はそっと距離を取るだけですからね。あ、軽く食べられるものもお願いしますね」

「はいはい、日野さんにお前が振られてやけ酒のみに来たって教えとくわ」

「それは勘弁してくださいよ。僕はあの人苦手なんですって。内緒でお願いしますよ」

「それは無理だな。もう店長が厨房まで行っちゃってるから」

「マジっすか。ちょっと面倒なことになりそうだな」

 松本舞は髪型のせいで中性的な見た目をしているがれっきとした女の子だ。デザイン系の専門学校に通っているという事は聞いているのだけれど、恋愛関係以外のプライベートは謎に包まれている。俺は松本舞の恋愛事情になんてこれっぽっちも興味なんて無いのだけれど、こいつは誰々と付き合っただの誰々と遊んだだのという事を逐一報告してくるのだ。たまに男と遊んだという話も聞くことはあるのだけれど、松本舞が遊ぶ相手の九割以上は女性なのである。

 新しく出来た彼女と週末にデートをしたいから休みを替わって欲しいと頼まれたのが一昨日の晩なのだが、振られるんだったら俺の貴重な土曜日の休みを返して欲しいと思ってしまう。言っておくが、俺は松本舞に対して恋愛感情なんて持っていないし何かを期待しているというわけではないのだが、土曜日の休みを替わってあげた事に対して何かお礼なんて貰えれば嬉しい。

「そうだ、先輩って今日はラストまでじゃないですよね。休みを替わってもらったくらいだから予定もないでしょうし、僕も予定が無くなったんで一緒に何か食べに行きましょうよ。奢ったりは出来ないですけど、女っ気のない先輩のプライベートに花を添えてあげますよ」

「いや、今日はもう晩御飯の準備をしてきたから行かないわ。俺の代わりに日野さんに声かけてみるよ。あの人はラストまでだと思うけど、お前が相手だったら他の人に仕事を押し付けそうだし」

「いやいや、それは本気でやめてくださいよ。僕はそんなに苦手なタイプとかないんですけど、あんな風に筋肉をアピールしてくる人って苦手なんですよね」

 日野さんは体も大きくて筋肉をアピールしてくる系オジサンなのだ。男性陣からはさっぱりした性格と男気溢れる一面で好感度が高いのだが、女性陣からは暑苦しいおじさんだという事で一定の距離を保たれているのだ。悪い人ではないのだけれど、ちょっと熱くて押しが強すぎるところがそう思われる原因なのかもしれない。

 俺もたまにしつこく絡まれることがあるのだけれど、そういう時はどうやってかわそうとしても無理なので面倒に感じてしまっている。きっと、俺が松本舞とご飯を食べることになったら次の日からめんどくさい質問ばかりされてしまうんだろうな。

「聞いたよ。河崎君はこれから松本君と一緒にご飯に行くんだってね。もう少し店が忙しくなっていたら河崎君にはいつも通りラストまでいてもらおうと思ってたんだけどさ、今日は松本君の代わりって事だからもうあがっても良いよ。河崎君に残業をさせちゃったら僕が松本君に恨まれちゃいそうだしね。そう言うわけで、いつもはラストまでいる河崎君は松本君の代わりに出てきてくれたんでここで帰っちゃいます。でも、ただ帰るだけじゃなくて松本君と一緒にご飯を食べにいくみたいだから許してあげてね。ラストまで残ってもらいたいけど、そうしたら僕が松本君に恨まれちゃうからさ」

 店長は基本的にいい人なのだけれど、時々わざとやってるんじゃないかと思うくらい人を煽ることがある。こうして気心の多少知れた従業員相手ならそこまで問題にもならないと思うのだけれど、酔っ払い客や面倒そうなクレーマー相手にも同じように無意識のうちに煽ってみたりもするのだ。

 今回は俺も対象になっていると思うのだけれど、厨房でコース料理の盛り付けをしている日野さんに対してやってるんじゃないかと思うのだ。日野さんのお気に入りの女性が三人いるのだが、そのうちの一人が松本舞なのである。あとの二人は実習期間でずっと見ていないので松本舞が日野さんの一番のお気に入りという事になるのだが、店長はそれを知ってか知らずか俺と松本舞に何かあるのではないかと思わせるような事をわざと言って日野さんを煽っているようにしか思えない。

「なあ河崎。お前は明日休みだったと思うけど、たまには厨房で働いてみないか。ワインに合う料理の開発ってのも必要だと思うんだよな。明日の朝からなんてどうだ?」

「すいません。明日はちょっと予定があるんで無理ですね。あ、一人で釣りに行こうと思ってるんですよ。いい魚が釣れたら持ってくるんでまたさばいてくださいね」

「魚を釣るだけじゃなくお前もさばけるようになった方がいいと思うぞ。じゃあ、次の出勤の時に今日の事詳しく教えてくれよな。な」

 店長が余計なことを言わなければ俺は次の出勤を平穏無事に過ごすことが出来るはずだった。いや、そもそも、休みを替わってあげたのに振られたからって店に来るのはどうなんだろう。もとをただせば松本舞が悪いってことになるんじゃないか。

「あ、お疲れ様です。昼から夕方にかけてのシフトって久しぶりだったんじゃないですか?」

「そうだな。半年ぶりくらいかな。あんまりワインを飲む人がいなかったからいつもと違う感じで面白かったかもな」

「じゃあ行きましょうか。どうです、今日はいつもと違ってミニスカートなんですよ。こういう僕も結構いいと思いません?」

「そうだな。今日は珍しいものがたくさん見れたけど、君のその服装が一番レアな感じがするよ」

「それって褒めてるんですか?」

「さあ、どうだろうね。でも、悪くはないと思うよ」

「素直に褒めてくれてもいいのに。じゃあ、ここのお会計は先輩にお願いしますね」

「いや、俺は何も頼んでないし席にも座ってないんだけど」

「何言ってるんですか。僕みたいなこんなに可愛い女の子と一緒にいられるんだから安いもんだと思いますよ」

 それを自分で言うのはどうなんだろうと思ったのだけれど、何か言うのも角が立つと思って黙っていることにした。なんで俺が払わないといけないのだろうと思いながらも払わさせられたのだが、とりあえず駅までは送ってあげる事にしよう。

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