第十一話

 俺はオーラスでも逆転することは出来ず、最下位のまま勝負に決着がついてしまった。もう少し運が良ければ逆転トップとはいかないまでも、二着にはなれたのかもしれないと思ってしまった。

「これで私達の勝ちだね。でも、この程度の力しかない君に勝っても自慢なんて出来なそうだな」

「そうですね。俺ももう少し強いのかなって思ってたんですけど、ただ振り込まないだけのつまらない麻雀しかしないんだなって感じでガッカリしちゃいました」

「振り込まないだけなら誰でも出来るからな。おっと、ちょうど市川君も来たという事だし石川君に変わって市川君に入ってもらおうか。最下位を取った齋藤君と私から役満をあがった市川君のチームと私と横尾君のチームで対戦する事にしようじゃないか」

 正直に言って市川さんが課長たちと麻雀をやるのはまだ少し早いと思っている。最下位を取った俺が言うのもなんだが、今の市川さんでは横尾君のプレッシャーには耐えられないと思ってしまう。おそらくだが、少し成長した市川さんを狙い撃ちにするのは目に見えているのだ。

 少しの時間休憩を兼ねた作戦会議をすることにしたのだが、市川さんは相変わらず不安そうな顔で俺を見ていた。

「あの、斎藤さんはずっと当たり牌を止めていたと思うんですけど、それってどうやって見分けているんですか?」

「河を見て判断するってのも大事なんだけどさ、今まで何回か打ってきた事を思い出すとある程度の傾向は見えてくるんだけどね、そういうのを総合的に考えて判断してるって感じかな。平本課長だったら高めを狙うとか、石川君だったら素直な捨て牌で騙すつもりはなさそうとか」

「齋藤さんって課長と石川さんと麻雀をやったことがあると思うんですけど、横尾さんともやったことあるんですか?」

「いや、横尾君とやるのは今日が初めてだよ。会社では何度か話したことがある程度の付き合いだからね」

「じゃあ、横尾さんの当たり牌はどうやって止めてたんですか?」

「なんとなくかな。視線の位置とか手の動きとかそういうのも見て判断しているよ」

「そうだったんですね。全然知らなかったです。私はどこを注意して見ていればいいですかね?」

「市川さんが気を付けるのは、今までここで打ってきた麻雀をそのままやってくれれば大丈夫だよ。相手が危険だなって思ったら安全牌を出していけばいいからね。それだけで大丈夫だよ」

「でも、そんな感じだったら負けちゃうと思うんですよ。こんな事は言いたくないですけど、初心者の私と最下位の斎藤さんじゃ課長たちに勝てないと思います」

「そう思うのも仕方ないけどさ、安心して今まで通りの麻雀を打っていればいいからね。俺は市川さんを最下位になんてさせないからさ」

「でも、私はこのままじゃダメだって思うんですけど」

「大丈夫。何も心配しなくていいから。俺が守ってあげるからね」

 たぶん、最下位を取ったばかりの俺がこんなことを言っても何の説得力も無いだろう。信じてもらえるとは思わなかったが、俺にはそれなりの勝算もあるのだ。市川さんが今まで通りの麻雀をやっていれば十分に勝てると思っているのだ。

「わかりました。私はここで教わってきた事を実践していきます。ちゃんとやれるかってのを確かめるためにも頑張りますから。信じてますからね」

 市川さんの表情にはまだ少し不安げな様子もうかがえるのだが、その目の奥に宿る光はまっすぐに俺に向かっているのであった。

 うまく行くといいななんて考えずに、必ず成功させてやるという意気込みで俺は挑むことにしたのだ。


 平本課長と横尾君は自分の手を進めてはいるのだろうが、明らかに市川さんを狙っているような動きを見せていた。序盤はソレに引っかかって市川さんも放銃していたのだが、ちゃんとあがれることもあったのでそこまで点数に開きは無かったのだ。

 南場に入ってもトップの平本課長と最下位の市川さんの差は満貫で逆転できる程度だったのだが、これは平本課長と横尾君が市川さんをひっかけるために役を捨てていたという事も影響しているのだろう。俺だけずっと点棒の移動が無いのだが、そんな事を気にしてはいけないのだ。

「さすがは元プロの齋藤君だね。一度も振り込まず安定した成績を残しているじゃないか」

「課長それは皮肉が過ぎますよ。振り込んでないっていうよりも、参加していないって感じじゃないですか。このまま二人を倒したら、次は明松プロに本物の麻雀を教えてもらいましょうよ」

「そうだな。今日は残念なことにいないようだが、次はちゃんと明松プロがいる時に来ないとな。齋藤君と市川君と卓を囲むのはこれが最後になると思うしな」

「ところで、本当にハコ割れ終了じゃなくていいんですかね。南場になったら俺は市川さんと斎藤さんを飛ばしちゃうと思うんですけど、問題ないんですかね」

「大丈夫だろ。二人が諦めるまでやっちゃうって話だからな。石川君も黙って見てないでちゃんと記録を取っておくんだぞ」

「はい、ちゃんとパソコンに結果を打ち込んでるんで大丈夫ですよ」

 市川さんは課長たちの会話を聞いて不安そうに俺を見てきたのだが、俺はそんな市川さんの目を見て微笑んでみた。自分で言うのもなんだが、俺はあまり笑顔を見せるタイプではない。客商売でもしていれば笑顔の一つも見せるのだろうが、俺は社外の人と何かをする機会がほとんどなくなっているので笑顔を作ることも無くなっていたのだ。

 そんな俺を見て市川さんは笑顔を取り戻してくれていた。大丈夫、普段通りに打ってくれていればまだまだ逆転する可能性はあるのだ。

「そうそう、最初みたいに斎藤さんに奇跡が起こるかもしれないから一応気を付けておこうか」

「そうですね。気を付ける必要はあるかもしれないですけど、今回は三木君がいないんで大丈夫じゃないですか」

「おいおい、それは事実なのだが、三木君に対して失礼すぎると思うぞ」

「ちょっと二人とも勘弁してくださいよ。俺だってショック受けてるんですから。課長と横尾さんが勝ったあとは俺と石川にもやらせてくださいね」

「私達は構わんが、齋藤君と市川君次第じゃないかな。なあ、どうかね?」

「俺は別にいいですけど、市川さんは?」

 市川さんは少し悩んでいたのだが、俺の目を真っすぐに見てから頷くと、俺と同じ答えを伝えていた。

「じゃあ、次は俺達と勝負ですね。俺もリベンジしたいんであんまり長い勝負はやめてくださいね」

「ああ、私の親番である程度点数を稼いだら終わらせてあげる事にするよ」

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