第十話

 なんと、起家は俺になってしまった。あまり起家にはいい思い出が無いのだが、そんな事はこの際言っていられないだろう。過去に何度かあったこんな場面はいつも裏目に手が入ってきてしまっていたのを思い出した。

 裏目に入ってくるんだったら、悩んだ牌はいつもと逆を切ればいいのではないだろうか。そんな事を考えてみたりもしたのだが、そんな消極的な姿勢では三人相手に上手く立ち回ることなんて出来ないだろう。だが、市川さんに格好をつけた手前惨敗する事だけは避けなければいけない。

 俺はどっちつかずの麻雀を打ってしまっていたのだが、上手いこと牌も重なっていって手は進み、かろうじて立直のみであがることが出来た。バラバラだった手であがれたのは良いことであるし、親番を維持できたというのも上々の立ち上がりであった。何より、平本課長から直撃をもぎ取れたという事が嬉しい。

「親番でリーのみってちょっと信じられないっスね」

「まあ、安めで良かったと思うべきでしょうかね」

 石川君も三木君も自分が振りこんだわけではないので口が軽いようなのだが、俺に振り込んだ平本課長は少し怒っているようだ。自分でもこんな汚い待ちであがられると怒ると思うのだが、勝負の世界に綺麗も汚いも関係無いのだ。


 二本場はさっきとうって変わって一目見てわかる萬子の染め手が出来そうな配牌であった。ただ、筒子の順子を捨てている間に他の誰かがあがってしまう恐れもあったのだ。特に、風牌を鳴いている石川君は俺が萬子で染めている間に欲しい牌を引き当てているような気もするのだ。何より、俺の持っている筒子が石川君の当たりっぽい感じがしているのだ。

 結局この場も俺があがることが出来たのだが、もう少し手を伸ばしても間に合っていたような気もしていた。結果論ではあるが、この上がりを見逃して染めてみても十分に上がれたような感じではあった。


 続く三本場は可もなく不可もなくと言った配牌で、上手いことドラを重ねて先ほどよりも打点を挙げることが出来ていたのだ。相変わらず立直のみにドラが付く素人感丸出しのあがりてではあるのだが、親番なのであがれずに流れる方が損だと思っている。

 さらに四本場では思いのほか手が進んで跳満を三木君から振り込んでもらうことが出来て一気に点数を伸ばすことが出来た。

 五本場になった時には配牌の時点で満貫が確定していたのだが、赤ドラや裏どら次第では倍満まで伸びそうな感じもしていた。だが、結局はドラに恵まれずに満貫のままツモあがりをすることになってしまった。

 最終的に六本場になった時点で三木君が点棒をほぼ失っていて課長と石川君も瀕死の状態であった。三人とも一矢報いようとしてなのか今までにない鳴きを見せてきていたのだが、そんな物に惑わされずに俺は面前で手を作っていき、最終的には索子の清一色が完成して三木君にとどめを刺すことが出来た。

 俺は一度も親から陥落することなく三木君をハコ割れさせて勝利を決定付けたのだ。平本課長も石川君も何か言いたそうではあるのだが、三木君は完全に自信を失っていたのか呆然と俺の倒した牌を見ているだけであった。

「今日の君はとんでもなくついているようだ。それだけついていれば君は楽しく打てただろうな。よし、次は三木君に変わって横尾君が入ろうか。横尾君はプロにはならなかったがアマチュアの大会で優勝経験もあるからな。今のようにはいかないと思うぞ」

 横尾君は二年前に中途で入社してきた社員なのだが、竹本部長からも面白い麻雀を打つ男だという話を聞いていた。実際に卓を囲むのは初めてなのだが、課長や石川君とは違う空気を身に纏っているように見えた。強いというのは嘘ではないように思えている。


 横尾君の親番から始まった半荘だったが、さっきまでとは違い誰も上がれないまま南場に入ってしまった。四局とも聴牌したのは横尾君だけで、俺を含む他の三人は少しずつ点棒を減らしてしまっていた。

「どうも上手く手が進まんな。横尾君が一番手が進んでいるように思えるのだが、誰も上がれないというのも不思議な話だな」

「そうですね。あがれるんじゃないかって思う事は何度もあったんですけど、全部齋藤さんが止めてるような気がするんですよね。さすがは元プロだなって思いますよ」

「横尾君はそう言ってるけどさ、それならもっと齋藤さんがあがってないとおかしいと思うんだよね。明らかに安牌を残して勝負から降りている時もあったみたいだし、攻めるのが苦手なんじゃないですかね」

「石川君はさ、斎藤さんが攻めるのが苦手って思ってるのかもしれないけど、そうなるとさっきの対局は攻めるのが苦手な齋藤さんに東一局でやられたってことになるんだよ。それってさ、斎藤さんを落としているように見せかけて自分たちを落としているようなもんだと思うんだけどな」

「さ、さっきのはたまたま斎藤さんがついてただけだと思いますよ。そじゃなきゃあんな風に連荘しないでしょうし」


 南場になってからは先程とはがらりと変わって横尾君の動きが活発になっていった。今までは鳴かないで手を進めていた横尾君であったが、東場とは別人かと思うくらいに鳴いて手を進めてサクッとあがっていった。点数は高くないのだが、先程の俺と同じように親番であがることの重要性を認識させるものであった。

 続く二本場は平本課長が石川君からの上りで点棒を移動させたのだ。何かサインがあったのかもしれないが、味方であるはずの横尾君の親を安い手で終わらせることに意味があるのかと思っていた。

 その後の石川君の親番は終始横尾君が鳴いて手を進め、あっという間にあがって石川君の親番を終わらせたのだった。

 続く俺の親番も似たような形で横尾君があがったのだが、微妙なところでツモあがりをして俺が最下位になったところで平本課長に最後の親番が回ってきた。

「残念なことに今の状況で齋藤君を飛ばすことは難しいだろう。だが、齋藤君を最下位にすることはそれほど難しいことではないようだ」

「そうですね。俺か横尾君が安手であがれば齋藤さんの最下位は確定ですからね。横尾君の早い麻雀ならソレも可能ですよね」

「あんまり早くて安い手は好きじゃないんだけどさ、課長の頼みだから断れないよね。それに、俺もやっぱり元プロを倒したって実績は欲しいからね。トップじゃなくても良いかなって思うんだけどさ」

「そう言うわけなんで、君のリベンジはここまでという事になるね。お疲れ様でした」

平本課長たちには何か勝てる秘策でもあるというのだろうか。そんな不敵な笑みを浮かべたままオーラスを迎えるのであった。

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