第五話

 竹本部長が辞めてから半年ほど経ったのだが、平本課長はあれから週末を迎えるたびに職場の誰かを麻雀に誘うようになっていた。

 幸いなことに俺は一度も誘われてはいないのだが、市川さんは毎回毎回一番最初に声をかけられると言っていた。何度も断り続けるという事は予想以上にストレスもたまるらしく、翌日に何の予定もない日は参加することもあったりしたそうだ。

 市川さんが麻雀に参加する時は他の女子社員もいるそうなのだが、平本課長のいる卓にはなぜか市川さんも指名されて麻雀を一緒に打つ事になるそうなのだ。吉川さんが言っていたのを聞いただけで本当かはわからないが、平本課長はあの晩に市川さんがあがった国士無双の仕返しをしようと考えているそうなのだ。市川さんが平本課長に役満を振り込むまで週末の麻雀大会は終わらないという事になっているらしい。

 毎週末何局も麻雀をやったところで役満をあがれるという事の保証はないわけだし、市川さんが平本課長に振り込むことだって普通に考えればありえない程可能性は低いだろう。それでも、平本課長はあの晩のリベンジをしたいと考えているそうなのである。

「齋藤さんはあの時一緒に麻雀を打ってたと思うんだけどさ、あの日の市川さんってそんなについていたの?」

「どうだったかな。市川さんよりも平本課長の方が調子が良かったと思うよ。でも、あの時だけは市川さんの方が運が良かったのかもね」

「そうなんだ。でも、市川さんってそういうとこあるんだよね。昔から知ってるから色々見てきたけどさ、市川さんって時々凄まじくついている時があるんだよ。でも、そういう時に限ってあとから酷い目に遭ったりしてるんだよね。平本課長と麻雀やった時も一瞬ついてたのかもしれないけどさ、それが火種になって粘着されるようになっちゃうってるし。市川さんが最近まで付き合ってた男も競争率高くていろんな女と奪い合ってたみたいなんだけどさ、何かあったってわけでもないのに市川さんが選ばれたりもしてたんだよ。ま、その男も色々と問題を抱えてて最終的には付き合えた所が関係のピークだったみたいなところはあったみたいなんだけどね」

「そうか、市川さんは彼氏と別れることが出来たんだね。悩んでいたみたいだから安心したよ」

「顔も良くて金もあって地位も高いってのは凄いことだと思うけどさ、市川さん以外にも女がたくさんいるって噂だったし、一晩だけの女も含めたら相当な回数浮気をしてたみたいだからね。それでも、市川さんってあいつに選んでもらえたって言うこともあって別れを切り出せなかったみたいなんだよ。でも、何がきっかけかはわからないけど、最終的には向こうが市川さんに捨てられたくないみたいで周りを巻き込んで揉めてたらしいよ」

「市川さんも大変なんだね。俺はそういうの無いから遠い世界の話みたいだよ」

「齋藤さんってずっと彼女いないって聞いたけど、欲しいんだったら誰か紹介してあげようか。斎藤さんの好みを教えてくれたら私の友達から近い人を紹介してあげるよ。ずっと一人身ってのも寂しいと思うし、色々と助けてもらってるからそういうところでは力になりますよ」

「そういうのは別にいいかな。今はまだ一人の方がいいからさ」

「そう言うと思ってました。斎藤さんって飲み会も一次会で帰っちゃうし、合コンとか誘われてもいかないって事もあって、実はホモなんじゃないかって噂になってたりしますよ。女に手も出さないしそういう素振りも見せないって話ですからね。斎藤さんって本当にホモなんですか?」

「いや、俺はホモじゃないよ。誘われても飲み会とか合コンに行かないのは面倒なだけだし」

「私的にはそうだった方が面白いなって思ったんですけど、そうじゃないんだったら斎藤さんも一緒に飲みに行きましょうよ。市川さんの麻雀の特訓も一緒にしたいって思ってるし、市川さんが役満あがった時のメンバーである斎藤さんがいてくれた方が市川さんも役満あがれるんじゃないかって気がするんですよ。私は麻雀のルールも覚えられないんで力になれないんですけど、市川さんと一緒にやってくれる友達が麻雀強すぎるんであんまり意味ないのかもしれないんですよね。市川さんが完成する前に友達が終わらせちゃうってのが多いんですよ。なので、今週末開いてたら昼から一緒に麻雀どうですか?」

「昼からならいいけど、場所ってどこなの?」

「楊々舎て雀荘なんですけど、住所調べるんで待っててくださいね」

「楊々舎なら明松プロがいるとこだよね?」

「そうですよ。斎藤さんって麻雀プロとか知ってるんですね。ちょっと意外かも」

「テレビとかでたまに見る程度だよ。明松プロは若手の中でも強いって評判だし楊々舎ってのも珍しい名前だから憶えてたんだよ」

「じゃあ、週末によろしくお願いしますね。私も見学には行くんで、終わったらみんなで何か食べに行きましょうよ。あの辺って意外とマニアックで美味しい店もあるみたいですからね。明松ちゃんのお勧めの店もたくさんあるから齋藤さんが好きな店も見つかると思いますよ」

 週末に誰かと会う約束をするのは竹本部長の送別会依頼になるのか。そう考えると俺の交友関係はあまりにも狭すぎると認めざるを得ない。あの時も市川さんがいたのだけど、俺が誰かと遊ぶためには市川さんが必要になりそうな気がしていたのだった。

 それにしても、明松プロと会うのは久しぶりな気がするのだけれど、俺の事を覚えていてくれるかちょっと心配であった。

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