第三話
「すいません。課長のそれロンです」
「これは四枚目の發だけど間違ってないか?」
「間違ってはいないと思います。あってますよね?」
市川さんの倒した牌は發待ちの国士無双だったので四枚目の發であがるのは間違いではなかった。
「一回の半荘で二回も役満をあがるなんて大したもんだな。市川君は齋藤よりも才能があるんじゃないか」
「いえ、そんなことは無いと思います。運が偏ってただけだと思いますよ」
「運も実力のうちって言うしな。よし、今は私が負けてしまったわけだが、次はそうはいかないからな」
「次ですか。私はそろそろ帰らないと明日の予定があるのですが」
「そうか、市川君は予定があるのか。じゃあ、市川君の代わりに石川君が入りなさい。それと、齋藤君と横沢君が変わったらどうかな」
「そうっすね、齋藤さんと俺が変わった方が良さそうっすね。俺も部長と最後に打ちたいんですいません」
「俺なら大丈夫だから。気にせずに楽しんでよ」
「それでは、私はここで失礼させていただきますね。竹本部長、またどこかでお会いしたら話しかけてくださいね」
「ああ、もちろんだよ。その時はよろしく頼むね。齋藤君も明日は朝から用事があると言ってたの思い出したんだが、二人で帰るんだったら市川君がタクシーに乗るまで齋藤君が一緒について行ってあげなさい。こんな時間に女性が一人で歩いていて何かあったら大変だからね」
俺は明日の朝に予定なんて何もないのだが、きっとこれは部長が俺に気を遣ってくれたという事なのだろう。飲み会に参加しても一次会で帰っている俺が終電後まで残っているのはありえない事だと部長もわかっているとは思う。最後までそんな部長と一緒に楽しみたいという気持ちもあるのだけれど、部長がこんな嘘をつくなんて何かあるんだろうなという気持ちもあって俺はそれに従うことにしたのだ。
「俺もここで失礼します。部長、いつまでもお元気でいてください」
「ああ、君も達者でな」
週末だというのにタクシーが全然走っていない夜であった。大通りから少し離れた場所なのだから仕方ないと思いながら歩いていたのだが、隣にいる市川さんはお酒のせいもあるのだろうが上機嫌で俺の知らない鼻歌を歌っていた。
「齋藤さんの明日の用事って何ですか?」
「明日の用事か、明日は休みだから掃除とか洗濯とか買い出しとかかな。日曜はゆっくりしていたいし、やるべきことは明日のうちに終わらせておこうと思うんだ」
「何ですかその用事。部長の送別会を途中で抜ける理由になんてなってないじゃないですか。そんなこと知ったら部長は悲しみますよ」
「いや、俺は部長にそんなこと言ってないよ。それくらいしか用事も無かったんで今日は最後までいるつもりだったんだけどさ、部長が急に俺に用事があるとか言い出したんだよ。たぶん、俺がいつも途中で帰ってるのを思い出して部長が気を遣ってくれたんだと思うな」
「そうなんですね。なんか、部長と齋藤さんって上司と部下って感じじゃなくて仲が良いなって思ってたんですけど、そういう関係だったりするんですか?」
「そういう関係ってどういう関係だよ」
「まあ、男同士でやっちゃうような関係なのかなって思ってしまいますよね。他の女子社員もそうなんじゃないかって噂してたりしますよ。で、本当はどうなんですか?」
「どうなんですかって言われてもね、俺が入社した時からお世話になってるってだけでそれ以上でもそれ以下でもないよ」
「何だ、ちょっと残念ですね。でも、それはそれで良かったと思いますよ。部長も齋藤さんも良い人だけど、そういうのは私達の知らないところでやって欲しいなって思いますよね。目の前でやられたら驚いちゃいますからね」
相変わらず酔ったままの市川さんはあっちこっちにフラフラと行きそうになりながらも、他の人に迷惑をかけるような事はしていなかった。
「明日の用事がそんな感じだったら、ちょっと私の相談に乗ってもらってもいいですか?」
「相談って、あんまり重い話はやめてね。軽い相談だったら乗るよ」
「あ、まだ開いているお店ありますよ。あそこに入って相談しますね。ほら、早く行きますよ」
市川さんは俺の手を引いて店の前までやってきたのだが、どう見ても閉まっているようにしか見えなかった。遠くから見えた赤ちょうちんも灯は入っていなかったし、とっくに終電も終わっているような時間に開いているような店はこの辺にはなさそうだったのだ。
「どの店も開いてないですね。こんな時間だったら仕方ないですか。仕方ないので、齋藤さんの家に行って相談しましょう。私の家は実家なんでさすがにこの時間に齋藤さんを招くわけにもいかないですし、ちょうどいい案だと思うんですけど、齋藤さんはどう思いますか?」
「どう思いますかって、こんな時間から俺の家に行くなんてダメでしょ。それに、その相談って今じゃなきゃダメなのかな?」
「今じゃないとダメかと言われたら答えに困りますけど、出来ることなら早く解決したい問題なんですよ。齋藤さんならいい意見を言ってくれるんじゃないかなって思ってるんです」
「タクシーが捕まるまでの間だったら相談に乗るけどさ、どんな感じの悩みなの?」
「そんなに重くない話なんで安心して聞いてください。私の付き合ってる彼氏がとっても浮気性なんです。そういうお店に遊びに行くのはまだ許せるんですけど、普通に合コンとか行ったりしてるんですよ。そういうのって普通行っても内緒にしようって思うんじゃないですかね。でも、私の彼氏はそれを行く前と帰って来てから連絡してくるんですよ。それって、いったいどういう神経してるんですかね。ちょっとどころじゃなくかなりおかしいやつだと思うんですけど、齋藤さんはソレについてどう思いますか?」
「どう思うって言われてもね、そんなことされても付き合ってるなんて凄いなとしか思わない無いよ」
「やっぱそうですよね。齋藤さんがそう言ってくれるんだったら、別れちゃおうかな」
市川さんの彼氏がどんな人なのかは知らないけれど、浮気性で遊び歩いてるような男とは別れた方がいいんじゃないかなとは思う。ただ、俺の言った言葉がきっかけで別れようと決断したのはどうなのかなと感じていた。
「よし、決めました。浮気性で遊び人なやつとは別れることにします。今まで浮気してたって連絡きてたやつのスクショも残ってるし、グループに全部載せちゃおうっと。別に今更どう思われようと関係無いし、全部言っちゃおうっと」
「そんな簡単に決めちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。私もそんなに好きだったってわけでもないですし。付き合ったって言ってもデートしたのも二回だけで手も握ってないですからね。周りに言われて付き合うようになったような相手だし、別にどうでもいいです。でも、そうなっちゃうと今年のクリスマスは一人になっちゃうのか。寂しいのは嫌だし、一人になっちゃった責任は齋藤さんに取ってもらいますからね。逃げちゃダメですからね」
「いや、責任とか言われても困るんだけど」
「もしかして、クリスマスの予定とかあったりするんですか?」
「予定はないけどさ」
「じゃあ決まりですね。決まりって言っても、別に普通にご飯食べるだけでいいですからね。おしゃれな店とかじゃなくても平気ですよ」
今年のクリスマスもなじみの店に一人で行くつもりだったのだが、このままでは市川さんと一緒に行くことになってしまいそうだ。別にイヤなわけではないのだが、酔った勢いでそんな事を決めていいのかと俺は思ってしまっていたのだった。
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