第二話
手積みで麻雀をやるのは大学生の時以来だと思うのだが、思っているよりもスムーズに積むことが出来た。
「何だ、齋藤でもそんな風に積むことが出来るのか。意外だな」
「課長、それはさすがに言い過ぎですって。こんなのちょっと慣れてれば誰だって出来ますって。ほら、市川ちゃんだって綺麗に積めてますもん。部長と課長みたいにとは言えませんが、齋藤よりは綺麗に積めてると思いますよ」
「そうだな。市川君は指も綺麗だから一つ一つの動作も絵になるね。良いことだと思うよ」
「あ、課長、それはちょっとセクハラっぽい発言ですよ。コンプラには気を付けてくださいね」
「おっとそうだったな、コンプラには気を付けないとなあまり変なことを言ってしまうと後が大変なことになってしまうもんな」
平本課長の発言はセクハラっぽいというよりもセクハラそのものだと思うのだが、市川さんがそんなに深刻そうに受け止めていないところを見ると俺が気にしすぎなだけなのかもしれない。
「そろそろ始めましょうか。竹本部長と勝負をしつつ、市川君には麻雀のイロハを教えてあげる事にしようか。齋藤は余計な事をしないでちゃんと場を回せよ」
「課長、齋藤がそんな器用に立ち回れるはずないですって。無茶な注文したら齋藤が可哀想ですよ」
「それもそうだな。齋藤はあまり気にせずにのびのびとやってくれ。それで十分だ」
気にせずにのびのびやれと言われてもそんなことが出来るはずもなく、俺は竹本部長の邪魔にならないように打つことにしたのだ。
「おっと、残念。それは私の当たり牌だよ。早くも親の満貫いただきだね。部長すいませんね、でも、齋藤を選んだのは部長なんですからね。恨みっこなしですよ」
「大丈夫、僕は別に恨んだりなんてしてないさ。僕の点棒は動いてないからね」
「それはそうですが、この点棒の積み重ねで私のトップも見えてくるというものですよ」
平本課長は宣言通りの点棒を積み重ねていったのだが、親の連荘を意識してなのか打点の低い手でコツコツと点棒を稼いでいたのだ。俺もなるべく振り込まないように立ち回ってはいるのだが、思っている以上に平本課長の手が早く進んでいってどうすることも出来ずにいたのであった。
「今日はいつもより配牌も良いしツモ運も良いみたいだな。このまま三人ともハコ割れさせてしまったら申し訳ないな。でも、今日の感じだとソレもあり得そうで自分が怖いな」
「本当に今日の課長はついていますね。噂に聞いている会長の麻雀大会だったら優勝してるんじゃないないですかね」
「それはどうだろうな。だが、少なくとも今日の出来だったら決勝卓までは残れそうな感じで入るかもな。そうですよね部長」
「確かに、今日の平本君はいつも以上に麻雀が速くて正確だね。全く予想も出来ないようなあがり牌で私も困ってしまってるよ」
「部長ほどのお方を困らせることが出来ているという事を考えても、今日の私はいつも以上に調子がいいという事ですね。市川君、強い私の麻雀を見ていっぱい勉強するんだよ。さ、今回はさっきまでと違ってちょっと高い手になりそうだからみんな気を付けてくれよ。では、連荘を目指していきましょうか。ん、どうしたのかな。市川君のツモ番だが、これを鳴くのかな?」
「間違ってたらすいません、それ当たり牌だと思うんですけど、タンヤオってこれであってますか?」
「んん、タンヤオには間違いないのだが、一巡目のロンだから人和で役満だな。市川君の方が私よりも運がいいみたいだな」
「この形も役満になるんですね。初めて知りました」
「この場合は形というよりもあがったタイミングで役満になったのだよ。ルールによっては人和が採用されていない場合もあるのだけれど、社内ルールでは役満扱いだから市川君の役満あがりという事になるな。おめでとう」
「ありがとうございます。初めて役満が出来ました。ちょっと嬉しいです」
役満をあがって親になった市川さんがその勢いのまま連荘を続けていくのかに思えたのだが、あっさりと竹本部長があがって市川さんの連荘は夢と消えてしまったのだった。
「部長は相変わらず高打点を狙っていますね。裏が乗っていたら私が飛んでましたよ。全く危ないところでしたね」
「ここで平本君を落としておけば市川君がトップで終わると思ったんだけどね、そう上手くは行かないもんだね」
「うまく行ってたら私が終わってしまいますからね。そうならないように祈ってましたよ」
竹本部長は自分の親番でも速さよりも打点の高さを意識しているように見える。俺の中にある危険な牌をもう少し早めに切っておけば良かったと後悔しているのだが、今更そんな事を考えても遅いのだ。俺の点棒も平本課長ほどではないが結構少なくなっているので竹本部長に振り込んでしまうと予告された通りに再開になってしまう危険もあるのだ。
「ロン。おっと、部長すいませんね。また齋藤の捨て牌であがりです。まだまだ油断は出来ませんが勝負はこれからですよ」
「本当に今日の平本君は調子がいいみたいだね。私は安めでしかあがれてないのに対して平本君は高めであがってるもんな。その運を私にも分けてもらいたいよ」
「それが出来れば私も差し上げたいのですが、こればっかりはどうしようもないですからね。その点はご容赦ください。ほら、齋藤の親なんだからサイコロをさっさと振りなさい」
「まあまあ、そう焦らなくてもいいじゃないか。齋藤君の親なんだから自分のペースでやらせてあげようじゃないか」
「済ません。早く私の親にならないかと焦ってしまいまして、つい言葉に出してしまいました。悪かったな齋藤」
「いえ、俺は気にしてないので大丈夫です」
俺はまだ一度も上がっていないので何とかあがれればいいなと思っていたのだけれど、配牌は速さも打点も足りない本当に微妙だとしかいいきれないようなものであった。ここからどうやって手を進めていこうかなと思いながら河を眺めていたのだが、課長は相変わらず速くあがりそうな予感がしていた。部長と市川さんはそこまで良さそうには見えないのだけれど、確実に俺よりは手も良いのだろうと予想することは出来ていた。
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