第四話

 俺には関係ない話なのだが、来月に練習試合がい三回も行われるそうだ。新体制で初めて挑む対外試合なのでみんな気合は入っているのだろうが、もう引退しているような感じの俺には関係のない話である。最近では受験に備えていかないといけないとはわかっているのだが、どうしてもバスケから離れることが出来ないのだった。試合に出て活躍していたり、思いっきり負けていたのだとしたらスッキリとした気持ちで気持ちを切り替えることも出来ていたのだろうが、俺は他の誰よりも試合に出たことが無いのだ。俺が監督の立場でも試合で俺みたいなやつを使おうとは思わないのだが、三年生で公式戦のベンチに入れなかったのは俺だけだというのはちょっと寂しいものがあったりもした。

「次の練習試合なんすけど、若葉さんに見に来てもらうように頼んでもらってもいいですか?」

「何で?」

「なんでって、俺達の活躍を見てもらうためですよ。練習だけじゃなくて本番でも出来るんだぞってとこを見てもらいたいからに決まってるじゃないですか。若葉さんは二年生だから話しかけに行くの緊張するし」

「練習試合だし誘っても来ないと思うけどな。向こうだって練習あるだろうし」

「そうかもしんないですけど、練習試合とはいえ俺達が初めて出る試合は見てもらいたいじゃないですか。その気持ちをわかってくださいよ」

「その気持ちはわかるけどさ、誘ったからって来るとは限らないよ。それでもいいんだったら聞いてみるけど」

「マジっすか。俺初めて先輩の事尊敬しました。なんで先輩みたいなのが若葉さんと仲良いのかわからないけど、先輩が若葉さんと仲が良くて良かったって思いましたもん」

 俺も試合に出ているところを誰かに見てもらいたいって言う思いはあったけれど、俺が試合に出ても何も出来ずにただそこにいるだけだというのは分かっている。理想の動きは頭で考えて行動に移そうとしているのに体は全くいう事をきかないのだ。こんな動きが出来れば簡単に抜けるのになとか考えているけれど、俺にはそれを行うだけの技術も体力もない。

 練習終わりの短い自主練をしている後輩たちを見ていると、俺にもあんな風に動けたらもっと楽しいんだろうなと思うことはあるのだ。一人で出来ないなら仲間と一緒にやればいいって考えたこともあるけれど、そうなったとしても俺は足を引っ張るだけで役に立つことなんて出来ないのは分かっている。

 俺が次の練習試合に出ることは無いのはわかっているので若葉ちゃんを誘うのはちょっと気が重いのだが、あいつらが少しでもやる気になって真面目に取り組んでくれるようになるのなら誘う事に理由を付けることが出来るような気がする。ただ、最近では女子の練習がいつもよりも早めに切り上げられることが多いので若葉ちゃんに話しかけるタイミングが無かったのだ。

 仕方がないので俺は部活が始まる前に若葉ちゃんのクラスまで行って誘ってみることにしよう。土日は男子と女子で体育館を使える時間が違うから会うことも無いだろうし、会ったとしても誘うタイミングを逃してしまうとしか思えない。


「で、その練習試合って萩原先輩は出るんですか?」

「俺は出ないと思うよ。俺が出ても意味無いしね。だってさ、もうすぐ引退する三年が出るメリットってないよね」

「来年の事を考えるとそうかもしれないですけど、萩原先輩が三年間頑張ってきたから出てもいいんじゃないかなって思いますけど」

「俺も出れるんだったら出たいけどさ、出たところで何も出来ないと思うけど」

「確かに、萩原先輩って私相手でも何も出来なかったですもんね。私みたいなか弱い女子が相手でも何も出来ないのに、男子が相手だったら立ってることしか出来ないんじゃないですか?」

「そうかもしれないね。頭ではどんな風に動けばいいかって思ってるんだけどさ、実際に行動に移すことは出来ないんだよ。それが出来ればもっと上手くなってると思うんだけど」

「ちょっとちょっと、そんなに真剣に取らないでくださいよ。冗談ですって。いつもみたいに冗談だってわかってもらえると思ったのに、ちょっと焦りましたよ。そんな風に受け止めないでくださいって」

「ごめん、ちょっと最近色々考えるようになっちゃってさ。でも、俺の三年間の努力って言われると試してみたいなって気持ちになるかも。それを試す場所なんてもうないけどさ」

「ないなら作ればいいじゃないですか。萩原先輩が毎日練習しているのは私も知ってますし、あの怖い先生も萩原先輩の努力は見てたと思いますよ。私があの先生にお願いしてきますから、練習試合に出てみたいって思ってください」

「いや、元々出れるものなら出たいとは思ってるよ。でも、俺が出たところでチームのためにならないと思うし」

「そんな事気にしなくても良いと思いますよ。それに、練習試合って一試合だけとは限らないですし、控えメンバーでミニゲームとかやるかもしれないじゃないですか。今までだってそういうのやったことありますよね。相手ってどこの中学なんですか?」

「兎梅中って言ってたよ。全国までもう少しってとこまでいった相手がうちみたいなとこと練習試合するメリットもないと思うんだけど、なんでなんだろうね」

「もしかしたら、萩原先輩が唯一得点を決めた相手だからあの怖い先生が気をきかせて引退試合の相手に選んでくれたんじゃないですかね。そうだとしたら、あの怖い先生の事をちょっとだけ好きになっちゃうかも」

「さすがにそんな理由ではないでしょ。それに、うちから練習試合をお願いしても断られるだけだと思うし。そんな理由じゃ向こうが受けるわけないと思うし」

「そりゃそうですよね。でも、相手が兎梅中なら萩原先輩が出るかもしれないですし、見に行ってもいいですよ。相手が兎梅中だったら見てるだけでも勉強になると思いますし、先生も説得しやすいと思いますから。全国までもう少しってチームの試合を近くで見れるのって凄い勉強になると思いますからね」

「うちの一年生たちもやる気になってるからさ、そっちも気にかけてもらえると嬉しいかも」

「うーん、同じ学校なんで少しは応援するかもしれないですけど、それこそ毎日のように見てる相手から学ぶものなんてないと思いますよ。あればもっと見てると思いますし、気に掛けるメリットってないですよね」

 俺は無事に若葉ちゃんを誘うことが出来たのだけれど、後輩たちが望んでいる物とは少し違う形になってしまったように思える。違ったとしても誘うことは出来たし、結果はどうでもいい話だろう。

 その日の練習後にこの事を伝えると、後輩たちはいつも以上にやる気を出して自主練に取り組んでいた。理由はどうあれモチベーションが上がるのは良い事なのだろうと思いながらも俺は使い終わった道具の手入れを行うのであった。

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