第二話

 一進一退の攻防とはとても呼べるものではなかった。俺はサイコロ運に恵まれていてオーディションを全て最高評価で突破したのだ。もちろん、サイコロに仕掛けなんて仕込んでないし、竹下さんとも同じものを順番に使っているのだ。それでも、今日の俺は恐ろしいくらいについていたのだ。

「これで部長はトップアイドルになっちゃいましたね。私はデビューできなかったんですけど、なぜか総理大臣になれちゃいました。なんでアイドル目指してるのに総理大臣になれたんですかね?」

「俺がトップアイドルになれたのはたまたま運が良かっただけだと思うよ。ほら、そういう日ってあるでしょ。今日がたまたまその日だったからだと思うんだよね。それと、トップアイドルも総理大臣もどっちも凄い人には変わりないんだからいい結果だと思うよ」

「そうかもしれないですけど、私はトップアイドルになりたかったんです。総理大臣はその後でもいいと思ったんですけど」

 おそらく、この双六を作った酒井さんは途中で面倒になってしまったのだと思う。トップアイドルになる険しい道を作ったものの、それ以外にはどうやっても報われない人生になってしまうところを多くの人に指摘されていたのだ。その救済処置として、総理大臣だったり医者だったり弁護士だったりと世間的に認められている職業になれる道を用意してくれたのだ。ほとんどの人はそれで満足していたのだが、本気でトップアイドルを目指している竹下さんはそれに納得がいかないようなのだ。納得しろという方が無理だとは思うのだが、ほとんどの人はそこまで真剣にこの双六に向き合ってなんかいないのだ。そもそも、これを作った酒井さんですら本気で制作に取り組んでいたわけではないのだ。

「部長はトップアイドルと総理大臣になれるって言われたら、どっちを選びますか?」

「その二択なら総理大臣じゃないかな。男のトップアイドルってどれくらいの人を刺しているのかわからないけど、確実に総理大臣の方がいいと思うよ」

「じゃあ、部長が仮に女の子だったとして、どっちを選びますか?」

「それは悩ましい問題だね。でも、女の子だったとしたらトップアイドルを目指すかもしれないね。総理大臣よりもそっちの方がいいような気もするけど、実際はどうなんだろうね」

「小さい子に聞いたらみんなトップアイドルをとると思うんですけど、私より年上の人に聞いたらどっちかわからないですね。どっちが良いとか悪いとかじゃなくて、単純にその人の考え方の違いでしかないと思いますけどね」

 そろそろ片付けに取り掛からないと下校時刻になってしまうな。竹下さんもそれがわかっているので無理に延長戦を希望したりなんてしなかったのだ。今からもう一回やろうと思えば出来るのだが、途中で切り上げることになる可能性もあるのだ。

 俺と竹下さんの他に誰もいない部室はお互いが何か言わなければ外の声が聞こえるくらい静かな空間なのだ。双六をしている時はお互いに話したりもするのだが、こうして双六が絡まなければ特に話すことも無いような関係であったりするのだ。

 去年までの俺は今の竹下さんのような感じで無言で片付けをしてたりもしたのだが、それでも近くに先輩がいれば何か話しかけてみたりもした事もあったと思う。正面に向き合っている時には割と話もしていると思うのだが、こうして片付けや掃除をしている時に話しかけても一瞬で会話が終わってしまう事がほとんどだったりするのである。その度に俺は何か悪いことをしてしまったのかと思ってしまうのだが、竹下さん的にはそういう事ではなく、上手い返事を返せないだけなのだという事のようだ。

「あの、部活が無い日って部長は何をしてるんですか?」

「部活が無い日はまっすぐ帰ってゲームか漫画読んでるかな。それくらいしかしてないけど、何かあった?」

「友達と遊んだりしてないんですか?」

「家に帰ってから遊びに行くことってあまりないからね。みんなの家は学校の近くで俺の家だけちょっと遠いってのもあるんだけどさ、集まって遊ぶって事はほとんどないかも。高校に入ってからは片手で足りるくらいしか友達と遊んだことないかも」

「そうなんですね。じゃあ、スマホで動画撮ったりしてないんですか?」

「動画なんてとった事ないかも。竹下さんは撮ったりしてるの?」

 俺の質問に対して竹下さんはこんなに動くことが出来るんだと思うくらいに首を振って否定していた。そこまで強く否定しなくてもいいのにと思うと同時に、そこまで激しく動いて大丈夫なのだろうかという心配もしてしまったのだ。

「他の人に頼めないんで部長に頼むんですけど、今度部活が休みの日に私を撮ってもらってもいいですか?」

 動画の撮影くらいならいつでも手伝うことは出来るのだが、なぜ竹下さんが動画を撮ろうと思ったのか、その理由が何なのかとても気になってしまっていた。

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