第16話 画策-8
オレアに入った三人は、リデルに言われた通りサルトスから一番近い位置にある集落へと向かった。そこに居るオレアの統治者を訪ねる為だ。ここでは、数年毎に統治する者を各集落の代表たちの総当たり戦で決める。そして、その時の一番強い者がオレアを率いていく。
オレアには武に長けた者が多く、その者たちは他の国やエリアの要人の警護を担い、また、それを産業としている。サルトスはその産業を支える筆頭であった。力を示す事こそが正義とされるここで、リデルの実家であるエイレイ家は代々サルトス王家の護衛や側近として迎えられているため、統治戦には参加こそしないが、その影響力は不動のものとなっている。
「太陽ってさ、こんなに眩しいものだったんだ」
森の中で育ったウェルスにとって、遮るものが何一つない状態で太陽を見上げる事が珍しいのか、眩しいと言いながらもちらちらと上を見ようとしていた。
「ウェルス、気持ちは分かるけど、太陽は直接見ない方が良いよ。あまり強い光は目に毒だ」
呆れた様なフォルテの言葉に、少しだけ恥ずかしそうにしたものの、ウェルスは素直に頷いた。もうすでに幾らか影響が出ているのか、俯いて何度か目を瞬かせている。その様子に更に呆れを深くしたフォルテが小さなため息を吐くと、クラヴィスがくすりと笑った。
「なに? 」
「いや、初めて外遊でフォルテに同行した時を思い出しただけ」
「ちょっ、クラヴィス、どうでもいいけど話したら怒るよ」
「うん、そうだね。あの時のフォルテも可愛いかったなって思っただけだよ」
「それならいい」
馬上で繰り広げられる二人のやり取りを横目で見ながらウェルスは、話すのはダメだけど可愛いって思うのはいいのか? と思う。従兄弟関係にあるという事は聞いていたが、ウェルスの目にはそれよりもずっと近くに見える。寧ろ恋人のような……。と、そこまで思って、今度こそしっかりと二人の姿を捉える。
「えっと……もしかして、二人、付き合ってるの? 」
「えぇっ? 」
「ちょっと……ウェルス、何をもって僕たちが付き合ってるとか思ってるのか知らないけど、そんな事実はないから」
驚いて声を上げたクラヴィスとは対照的に、じっとりとした目つきでウェルスを見たフォルテは、落ち着いた声音で淡々と告げる。
「クラヴィスが過保護なだけ。まぁ、過保護なのはクラヴィスだけじゃなくて、カーティオもかな」
フォルテは、自分が父の後継として立つと宣言した時の事を思い出してくすりと笑う。まだカーティオもフォルテもアカデミーに入る前の話だ。共和制を取るメディウムにおいて、必ずしも王族が政の先頭に立つ必要はない。それでも、歴史を紐解けば、王制と言ってもそん色のない程度に王族が国を率いていた。
魔術にも武術にも長けているカーティオは、父の後を継いでこの国を率いる事を望まれていたが、ウィザードのマスターの名を冠するとともに政への関与をしないと宣言した。当時十二歳になったばかりのカーティオが宣言してしまった事で、彼の持つ力に恐れをなしていた大人も、崇拝するように持ち上げていた大人も慌てた。それからしばらくはカーティオの説得を試みた者たちが居たが、ことごとくやり込められてしまう。一人の子供に、複数の大人。それだけでも異様な状態であったが、それ以上に、カーティオの能力を裏付けるように時には理論で、時には武力で返り討ちにしてしまうカーティオ自身が一番常軌を異していた。
持たざる者に、持つ者の苦労は分からない。きっとそれだけの事だと、一連の出来事を見ていたフォルテは思っていた。正しく自分の持つ力を理解していた彼自身が、権力を持つことをよしとしなかった。ただでさえ神子という絶対的な立場にある自分のこの力は毒になると考えたのだった。そうする事でしか、カーティオはこの国を守る事が出来ないのだ。ならば自分は、兄が出来なかった方法でこの国を守ると決めた。他の為に自分を一番おざなりにしてしまう彼の為に、彼を苦しめるものを遠ざける為に、排除する為に。
「そんなつもりないけど」
カーティオが何処までフォルテの考えを理解していたのかは分からないが、彼自身はフォルテの決めた事を静かに受け止めていた。
だが、クラヴィスはそれ以降、何よりもフォルテを優先しだした。フォルテが外遊に行くときには同行したし、国内の視察にも必ずついて回った。シュバリエの称号を得たのもそのころだったか。史上最年少で得たそれを、クラヴィスは迷う事無くフォルテの為に捧げると誓った彼の真剣な眼差しは、フォルテの中に強く残っている。
「あるでしょ。だいたい、後継に名乗り出たのは僕の意思。そりゃ、カーティオが早々に降りちゃったっていうのは理由の一つだけど、カーティオには、カーティオにしかできない神子としての役割があるでしょ? だったら僕が出来る事はやるって決めたの」
「俺と同じだね、フォルテ」
呆れたようにクラヴィスを見上げたフォルテに、ウェルスが柔らかな笑みを向けた。神子と同じ時代に生まれた、神子と血を分けた神子でない存在。ウェルスの言葉に、一瞬だけ目を見開いたフォルテは、次に顔を赤く染めてぷいっと明後日の方を向いた。
「そうかもね。でも、僕はウェルスほど優しくはないよ」
何も違わない、と思ったウェルスだったが、それ以上は何も言わなかった。
日が傾き、雲が赤く染まっていくのをウェルスは、感嘆の声と共に眺めていた。フォルテやクラヴィスにとっては珍しいものではなかったが、今まで見た景色ともどこか違って見えたのは、隣の友が素直な心を見せていたからだろうか。何時までもこうして眺めていたいと思うのだが、流石に夜になる前には目的地に着きたかった。すっかり馬の足を止めてしまったウェルスを促し、目的の集落を目指した。
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