キストスキ。

ヲトブソラ

キストスキ。

 ベッドにうつ伏せになり、枕を抱え、眉をひそめる事、一時間半。目の前にあるスマートフォンの画面には、文章が打たれる事を待つカーソルが、ずっと点滅している。


 ほら。早く打てよ、この腰抜けが。おれに仕事をさせろ………と、煽るようにだ。


 さて、困った。全くもって、どういう文面にすればいいのか、皆目見当が付かない。数時間前の事、夕陽に染められた校舎で、ぼくを呼び止める声。鼓膜を揺れるだけで、意識ごと奪われる声の主と付き合う事になった。ぼくが一方的に想っているだけだと思っていたから、その驚愕の出来事に「よ、よろしく……」とだけ言った以外、何を話したのか全く覚えていない。


 もし、都合良く聞き間違えていただけで、実は『付き合って下さい』的な話ではなかったとしたら、事実は違っていたとしたら…………、


「明日以降、ヤバい奴認定裁判が開かれるな」


 クラスどころか学年、下手をしたら全生徒に話が広まるはずだ。だけど………ぼくが微かに覚えている怪しい記憶では、彼女から『アドレスです』と交換をしている。そして、受け取った以上、やはり、ぼくからメールを送るのが礼儀だと思い、この状況になった………いや、そもそも礼儀って何だよ。だってさ、恋人になったっていう事は対等な関係だ。声を掛けてくれたから、アドレスを教えてくれたから、今度はこちらから何かをしなければならない……っていうのは対等か?いや、対等か、対等じゃないかとかで思考する次元じゃない気がする。


「ん゛ああああーっ!!めっちゃ文面難しいなっっ!!!!?」


 ドンッッ!!!!!


 部屋の向こうから拳か脚で、壁を殴る蹴るの音が鳴り、驚いて心臓が飛び出そうになった。収まったと思うと、部屋のドアが勢いよく開かれ、


「うっさいよ!!!バカ兄貴ッッ!!!!」


 そう妹の怒号が飛んできたのだから、今度は飛び出た心臓が止まりそうになった。


…………………………


 わたしは一時間半もスマホを持って何をしているんだろう。目の前の画面から光が消えては点灯させ、メールの受信がない事だけを確認し続けている。


 画面に触れて明るくなり、自動的に暗くなるという機能の耐久試験をしているみたいだ。或いはさぼらないかの試験。


 さて、困ったな。こちらからアドレスを渡した手前、わたしからメールを送ってしまうと、君にプレッシャーを与える可能性がある。それにガツガツしている女子とも思われたくない。あくまでもスマートで、可憐でいて、誰もが憧れるような女の子。君を見付けた瞬間に関係者各位から情報収集をし、徹底してきた振る舞いを崩すわけにはいかないのだ。数時間前、夕陽が差し込む学舎の廊下で、君に声を掛けた。彼の後ろ姿を見つけるだけで、周りの世界が見えなくなるような人。その彼に告白をしたのだ。わたしが一方的に強く想っていていたから、言葉の撚りに「よ、よろしく……」と答えてくれた事以外は緊張していて、何を話したのか覚えていない。


 もし、上手くわたしの告白に対して世間話の類を滑り込ませ、遠回しにお断りをしていたのに気付いていない事になる…………。


「頭の中お花畑女子投票が告示されるっ!?


 カチャ。


 いつも扉を開けるなら“ノックをしてよ!”と怒鳴っていたお兄ちゃんに、その台詞を吐くのはもう飽きた。


 ドアノブを持ったまま部屋の外から、何故か、少し憐れむ表情でわたしを見て、


「明日の夜は………………赤飯か」


 そう全て、いや、その向こう側まで悟ったように呟いたのだから「うん、それは恥ずかしいからやめて……」と言葉を返したのだ。


…………………………


 何故、彼女は月曜日なんかに告白してきたのだろう。普通は金曜日とかに告白をして、土曜日に会ってみて、日曜日を挟み慣れていき、恋人がいるという状況を飲み込む。そして、覚悟を持って月曜日の登校を迎えるのではないだろうか。


「気まずい…………」


 昨日、深夜まで悩んだ挙句、まだメールを送る事すら出来ていない。そんな火曜日の始業前、ざわざわと登校してくる同級生を見る度に、そわそわする気持ちが強くなっていく。一体、彼女は何を考えているのだろうか………。もしかして、そわそわしている姿を見て愉しむような恋愛ツワモノ系女子なのか。一週間かけて、あたふたするぼくで愉しみ、お可愛い、とか言って弄び、なんとかハウス的なおもちゃの人形のように、手の中で遊ばれ続けるのかもしれない………。


 女子って怖え。


 廊下から「わっは!中谷が裕子に告ったらしい!」という賑やか系女子の声が響いてきて、体が、びくっ!!と反応する。


 あの子の手の中で転がされるなら、それも悪くな………………いや、何でもない。


…………………………


 一晩中、きみからのメールを待ってみたが、何も届かずに気付けば、スマホに顔を突っ込んで眠ってしまっていた。スマホもスマホで、何度も消えて、点けられ、また消えてとわたしに弄ばれた結果、バッテリーが無くなり沈黙していたのだ。南無三。しかし、何故、


 何故、わたしは月曜日なんかに告白をしてしまったのか────。


 通学の電車内で声の大きな運動系男子の「友樹が寺島?とかいう奴に告ったらしい!」という話が耳に入ってきて、肩を落とす。金曜日まで続く通学日が気まずい…………。普通は週末に返事をしてもいい?あ、ついでに土曜日遊ぼうよ、とか言って「よろしく」じゃないかな。それから土曜日に会って、月曜日までに恋人がいるという状況に少しでも慣れるのが、思いやりというものではないか?どうして、即答するかね!?


「気まずいなあ…………」


 昨夜の最後の記憶では、君はメールを送る勇気が無くて、スマホに触れる事すら躊躇っているのではないかと思っていた。だから、わたしが主導権を持ってして引っ張るのも必要かもしれない、と考え込んでいたのだ。まあ、結果はこの睡眠不足だ。一体、君は何を考えているのだろう。………もしかして、告白に良い返事だけ返しておいて泳がし、転がして、遊んでみるような恋愛ケダモノ系男子だったのか。一週間をかけて、あたふたするわたしで愉しみ、可愛いね、とか言って、わたしをメロメロにさせる気かもしれない………。


 男子って怖え。


 廊下で何やら大声をあげながら話す賑やか系女子が周りを見ていなくて当たり、びくっ!!と体が必要以上に反応する。「んあぁあっ?」と睨むと「あ。やっべ」と彼女らは逃げていった。


 君の一挙一動に、きゅうううん、となって転がされるなら、それはそれで良いものだと………………いや、はしたいから、これはまた別の機会に。


…………………………


 考えていても埒があかないという事だけは分かった。この三日間をかけて……もう水曜日も終わろうとしている。自分が弱虫過ぎて体が捩れる。ひと言ふた事、彼女と話してもみたが、すぐに会話が止まるものだから、天気予報の話ばかりになってしまう。彼女は引いているよな…………さすがにあれは。悶える体を抱えるだけでは心許無いから、丸めた布団を抱いて、叫んだ。


「全く!何やってんだよおぉぉおっ!」


 ドンッ!!!!


 音に驚き力強く布団を折るように「ヒィッ!!」と情けない声も出る。もうそれくらいに驚いているというのに、また妹が部屋のドアを力一杯開けるのだ。


「だっから!うっさいよ!バカ兄貴ッッ!!!」


 うん。今のは俺が悪いよな。だってもうすぐ日付が変わるもんな。


「兄ちゃんが悪かった」


 ふん、分かればいいのよ。分かれば!と冷たい言葉を吐くくせに、いつも妹はどこか寂しそうな顔をして扉を閉めるのだ。……ツンデレというヤツか?いや、デレが無い。これは何というジャンルだろうか。


…………………………


 ふむ。わたしは告白を……した…よね?と悶々としても意味が無いというのは証明した。三日も経ち……今やもうすぐ木曜日になろうとしている。うー……ん?と眉間にしわが寄る。きみに話しかけてもみたがオーバーヒートしているわたしの脳では、ひと言ふた事で会話が止まってしまう。更に気を使わせてしまって、彼は週末の天気の事ばかりをよく話す。あ…………あれはもしかして……っ!?“もしかして”に気付いてしまった体が捩れるのに耐えきれず、丸めて彼に見立てた布団を抱いて叫んだ。


「ええっ!?まさかのまさかだよーっ!!!?」


 カチャ。


 もしかして、お兄ちゃんはいつも扉の外で待機しているのか、隣の部屋で耳をそば立てているのか。もはや、どちらにせよ、怖くて聞けずにいる。


「やはり………………赤飯の準備を」


 いや、そういうのは恥ずかしいからやめて欲しいなあ。というかね?お兄ちゃん、何を想定しての“赤飯”なの?もしかして、盗聴とかわたしのスマホ……見てないよね?昔から過保護な兄が……最近、怖い。


…………………………


かっち、かっち、かっち、かっち……………、


 週末の天気の話。ひと言、ふた事のよそよそしい返事。確かに分かっている事は、


 ────あの日以来、関係が変わったな。


 こんな事なら告白なんかするんじゃなかった。あの時、格好悪くても聞き直せば良かった。やっぱり眺めているだけが幸せだったのかなあ。もっと声を聞きたいんだけどなあ。


「「どうしてこうなった?」」


 このままでは互いの為、或いは自分の為になる訳がない。これで最後しようか、これで最後にするからね。


 うおっ、スマホを打つ指が早打ちしているが如く震えている。あさっての文字しか打ててないけれどねっ!


 まじか。点滅するカーソルのタイミングと同じリズムで鼓動がどくどく、瞳孔が開いたり閉じたり。緊張しすぎでしょ、わたし!


 よし、これで大丈夫。五十回は読み返した。おかしな文章は打っていないはずだ。多分。あとは……この『送信』をタップするだけだ。


 ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ…………、

 ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど…………、


「「せーのっ!!」」


ピロリン!

ジャーン!


「「うっわ!びっくりした!」」


 送った瞬間に届いた……よ。何だろう、こんな時間に。いや、こちらの事は棚に上げちゃっているけれど。


『『土日のどちらか、出掛けませんか?』』


 ん?

 え?


 ────送ったメールが返ってきた………。え?メール着信、拒否ですか?


 こんなんじゃ!いつまで経っても!想いが伝わらない!!

 君が頑張って伝えてくれたのに!うじうじしていて!どうするよっ!!


 プロフィール、タップ、開いて、アイコン、タップ、電話番号、タップ、通話ボタンを…………ッ。


ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふー………っ、


「「青春を青色に燃やしているかッッ!!!」」


「「もしもし!!?」」


 うわっ!びっくりした!まさかの同時!?

 嘘だろ!?同時に通話をタップしたのか!?


「あ…………こんばんはっ」

「こ、こん、こんばんはっ」


「「さっき、メールしたら返ってきて!」」


「えっ?」

「はっ?」


 もしかして………電話だけじゃなくて、最初のメールから同時だった……………?


 この土曜日は天気が良いらしいから、

 予定が空いていたら会えないかなとか、


 誘えませんか?恋の神様!?


「「次の土曜日に……っ!!」」


キストスキ。

おわり

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キストスキ。 ヲトブソラ @sola_wotv

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