騎士姫は、愛が重い魔王様の懐に入る(物理)~甘やかし上手な魔王様と、期間限定のほのぼの共同生活始めました~

時海 桜笑

第1話 魔王様との出会い

『魔王様、ご覚悟を!』

 そう言って切りかかったが最後、私の意識は途切れた。


(……体が痛い)

 体中の痛みに加え、額にはひんやりとした固い物―恐らく床だろう―が触れている感触がある。

 どうやら、私は生きているみたい。


(ここはどこ?)

 うつ伏せの状態で倒れているようで、周りの様子が今一つ掴めない。

 私の左斜め前に、何かの気配はある。だけど、その気配を含めて、周囲から敵意は感じられない。


 恐る恐る顔を上げて辺りを窺い、私は戦慄した。


 目の前には、ある男の顔があった。

 白金の髪に、不気味なほど白い肌。長すぎる睫毛で飾られた瞼は閉じられていて、その下の瞳の色は見えないけれど、多分その瞳の色は妖しく光る赤だろう。


 深く眠っているようにピクリとも動かないその姿は。

(魔王様……!!)


 彼の姿がそこにあるということは、私が魔王様を倒せていないということだ。"魔王”を倒すと、その姿は形を留めないまま灰に還るから。

 騎士姫たる私の使命は、国のために魔王様を討伐すること。そのために、この魔王城に単身で乗り込んだ。


 とすると、私に出来ることは一つしかない。

 右手に握ったままだった剣を見つめ、私は息を深く吸った。

(我が国に、安寧を)


 教わった通りに、力を込めて、言葉とともに息を吐く。

「魔王様、ご覚悟を!」

 そして、剣を彼に突き立てようとした瞬間。


「……えっ!?」

 剣がいとも簡単に掴まれた。……薄く目を開けた、魔王様の親指と人差し指によって。


「本当に俺を葬りたいなら、気配を消してやらないと。大声を出したら獲物は逃げちゃうよ……って、君……」

 気怠げな声でそう呟きながら、剣を掴んでない方の手で眠そうに前髪をかき上げた魔王様は、不自然に言葉を切った。


 彼は、剣を指先で掴んだまま、私をじっと見つめてくる。私が生贄にふさわしいか、品定めでもしているのだろうか。この緊迫した空気では、命と引き換えにして国の存続を請願することも許されそうになかった。

「………」

「………君、名前は言える?」

 まっすぐ彼を見つめ返すと、彼は幼子に尋ねるような口調で、不可解な質問をしてきた。

「レティシア……ですが」

 口を開いた瞬間、彼の顔が崩れた。魔性の色気を纏った顔が気味悪いほど優しく緩み、口元なんて、笑うのを堪えようとして失敗した人のようにひくひく引き攣っている。

「何これ……、めっちゃくちゃ可愛いんだけど」

 やばすぎる、と呟きながら、彼は顔を机に突っ伏してしまった。その耳は僅かに紅色に染まっている。

(この反応って……)

 私は、この反応を見たことがあった。

 もふもふした動物の愛くるしい姿に相好を崩し、耐えきれない、という表情をするばかりでなく、時には小さく『可愛い……』と漏らしていた厳つい護衛騎士たちの姿と、実によく似ている。

 どうやら、彼は魔王なのに、人間のように、何かの可愛さに悶絶しているらしい。ただ、何が可愛いのかはさっぱり分からないのだけれど。


「あの、どうかされましたか……?」

 可愛すぎ、と呟きながら、とうとう肩まで震わせ始めた彼に、私は恐る恐る話しかけた。


「ん?君、もしかして気付いてない?」

 ようやく彼は顔を上げた。彼の目は潤んで、何だか変な魅力を漂わせている。


「何のことでしょうか」

「君、今こんな姿してるんだけど」

 そう言って、彼は呪文も詠唱することなく、鏡のような板を出現させた。

 そこに移った私の姿は。


「何これ……!?」

 私の姿が三頭身にデフォルメされた、手のひらサイズの人形、いや、ぬいぐるみのようなもの。柔らかそうな布で作られた体の中に、たっぷりと綿が詰まっていそうなぬいぐるみ。

 目や口は刺繍糸で形作られている様子。そして、ご丁寧なことに、私が着ていた服まで完全再現されている。


 私が喋ると、それに合わせて口が動き、手を動かしてみたら鏡に映るぬいぐるみも同じ動作をした。


「…………何これ~~~っっっ!!!」

 思わず口元を手で覆って叫ぶ私に、再び肩を震わせ始めた彼は、追い打ちをかけるように震えた声で独り言ちた。


「やばい、ほんとに可愛い」


 目覚めたら、私は手のひらサイズのぬいぐるみになっていた。



 愕然として、いつもと違う質感の小さな手を見つめる。ミトン型で、剣を握ることはできても、あまり器用な動きはできないみたい。

(これは現実なの……?)

 手を握ったり開いたりしながら、訝しげに手の動きを見たり、頬をつねったり(痛かった)している私の耳に、堪えきれない、といった様子の笑い声が届いた。


「君、俺を倒しに来たのにそんなに無防備な様子を見せて良いの?」

 顔を上げると、にやりと口角を上げた魔王様と視線が絡み合った。暗赤色の瞳が、愉しそうに輝いていた。

「……ッ!!」

 はっとして、私は剣を構え……ようとしたが、剣は手元になかった。

(あれ……?)

「お探しの物はこれ?」

「何故あなたがそれを……!?」

 彼は、私の剣を親指と人差し指で摘まみ、芝居がかった仕草で私に見せていた。今や、剣の全長は彼の小指にも満たない。

「さっき取り落としただろう?」

「そういう意味では……」

「ああ、返して欲しい?でも、騎士姫様には返したくないな。まだ殺されたくないしね」

 彼は言葉を切り、私と目を合わせた。

「ねえ、君。君に時間をあげる。だから、頑張って俺から剣を奪ってごらん」

 ……君たちの時間でいう、1か月間でどう?

 私の目をじっと見つめたまま、魔王様はそう言った。赤い光が、妖しげに彼の瞳の中で揺れ動いている。

 まるで、獲物を狙うようなその目を見つめ返し、私は思考を巡らせる。


 疑問が一つ。

 何故、魔王あなたが、聖なる剣その剣を持つことができるの。――あの剣を触ったら、魔王様の体には障りが生じるはずなのに。

 魔王様は楽しそうな笑みを浮かべて、摘まんだ剣を左右に揺らしている。


 もし、ずっと魔王様が持っていることで、剣の力が徐々に魔王様を蝕んでいくのならば……。

 それなら、むしろ、剣を彼に持っていてもらう方が得策かもしれない。私はそう結論付けた。


 そして――魔王様の体が弱ってきた頃合いを見計らって、剣を取り返し、魔王様を倒す。

(そのためには、できるだけ時間を稼がなくては……。よし!)


 私は、背筋を正し、改めて魔王様に向き合った。凛と、騎士姫らしい威厳を身に纏い、言葉を発する。

「受けて立ちましょう。今この時から、ひと月が経つまでの間に、私はあなたから剣を奪い返し、あなたを倒します!」

「ああ、やってごらん。騎士姫様」

 彼は、楽しそうに相好を崩した。そして、一呼吸後、彼は机の上に突っ伏した。

「……!?」

(まさか、早速障りが出たの!?)

 そう思って、魔王様の近くへ近づくと、彼は震えていた。


「やばい……可愛いのが……精一杯、胸を張って……絶妙に威厳が足りないところが……っ、また可愛すぎ……」

 彼は、腹を抱えて爆笑していた。


「なんて失礼なっ!!!」


 こうして、魔王様との共同生活が始まった。


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