第35話 隣に座る後輩と田中美住の関係 【後】
「私が……青井先輩に……。私で勝てるんでしょうか。正直自信が……」
俺は愛原の実力を知らない。
だが選手に選ばれるだけはあるのだ。
実力は青井よりか確実に上だろう。
後は彼女が自信を持てるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。
「さあな、それはしらん。勝てるかどうかは愛原次第だろ」
「せんぱぁい……」
突き放したような言い方に、愛原はオロオロする。
が、次に言った言葉。
「けど、本当に田中を助けたいと……もう一度陸上部で田中と切磋琢磨したいなら、愛原自身が頑張るしかない。 その為なら俺と姉さんでお膳立てしてやる。 どうする?」
発破を含む提案を耳に入れた愛原は、暫く思案に耽り……先程までの頼りなさはどこへやら。
愛原は真剣な顔つきで、こくり。
「……やります。是非私にやらせてください!」
「フッ……ああ、わかった。ならちょっとごめん。姉さんに色々伝えないといけないから、リャインするわ。少し待ってくれるか?」
言って、俺はスマホを取り出し、リャインを起動。
陸上部の選出メンバーの細かい調整に関する要請を入力する。
その最中、チラチラこちらの様子を窺っていた愛原が、素朴な疑問を投げてきた。
「あの……仮にレースに勝ったとしても、イジメを無くすなんて可能なんでしょうか?そんな簡単な話じゃないような……」
「そりゃそうだろ。そんくらいじゃイジメはやめないと思うぞ、あいつら。プライドはへし折れるだろうがなぁ」
「う……じゃあ勝っても意味ないんじゃ……。むしろ、悪化しかねませんか?」
その可能性は極めて大きい。
だからこそ田中の協力が必要なのだ。
まあそれをさせたら、少なくとも田中は停学になるだろうし、例の弱みとか言うのを大多数の人に知られる結果になるから、協力を取り付けられる可能性は限りなく低い。
だが方法としてはそれしかない。
青井達が持つ田中のなんらかの秘密の効果を無くし、あいつを自由にするにはその方法しかないのだ。
結局のところ、自分で行動しない奴にイジメから脱する事は出来ないって訳。
「んー、なくは無いとは思う。つっても、田中が愛原を本当に想っているのならこれは起死回生の一手だ。かなりの大博打には違いないが、リターンはでかい」
「というと……?」
「まず仮に上手くいった場合、イジメを無くせるだろ?んで次に、田中をあいつらから解放できる可能性が高い。ただし最悪の場合、田中がイジメやなんらかの理由で停学になりかねないけど」
「うぇ……?停学……ですか……」
流石にそれを聞いたら決心が鈍るのか、愛原の目が泳ぐ。
「どうする?やめとくか?一応言っておくが、これが田中を救える唯一の方法だと思う。決めるのは愛原だが……」
しかしその耳障りの良い言葉が、再度愛原の気持ちを固めるに至ったらしい。
愛原は頬をパチンと叩くと。
「……すいません、先輩。私はもう大丈夫です!覚悟……決まりました!もう日和ません!」
愛原の瞳に力強い意思が宿った。
顔つきも今までとは違い、とても凛々しい。
やっと本気になってくれたようで万々歳だ。
よし、ならあとは────
「だと良いがな。せめて手の震えは本番までに収めとけよ?」
「うぅ…………ご、ごめんなさい……」
イジメをしてきた張本人と戦わなきゃならないんだから、怖くて当たり前だけど、当日までにはなんとかしてほしいところだ。
と、スマホをポチポチしていると、喋ってないと落ち着かないのか────
「あのぉ……ところで先輩。先輩はどうしてここまでよくしてくれるんですか?ほんの先々週までは面識もなかったのに」
「ん……ああ、別に大した理由じゃないぞ。ただ……尊敬する人に、昔言われたんだ。困ってる人を見たら今度はお前が背中を押してやれ、って。だから俺は愛原みたいな人を見かけたら、背中を押すようにしてる。それだけの話だ」
「──────?」
頭上にはてなが浮かんでいるかのような反応を、愛原は見せる。
そんな愛原に俺は「ふっ」と鼻で笑いながら、送信ボタンをタップした。
竜兄ぃに背中を押してもらった中学生時代を思い出しながら。
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