第33話 隣に座る後輩と田中美住の関係 【前】

 最初にイジメを目撃した校舎裏。

 そこの植え込みの石段に腰掛けながら、俺は愛原に返せなかった写真を見つめる。

 愛原と田中が仲睦まじく映るツーショット写真を。


「田中……お前はどうして愛原をイジメてるんだ。こんなメッセージを残したお前がなんで……」


 写真の裏面には、田中が書いたと思われるメッセージが記されている。

 内容はこうだ。


『陸海、頑張ったね!私は陸海なら選手になれると思ってたよ!おめでとう!私にはあんたほど才能が無いから一緒に走れないけど、代わりに全身全霊で応援するからね。あんたが後輩でホントによかったよ。田中美住』


 田中美住は明らかに愛原が選手になった事を祝福している。

 これを見る限り、イジメなんかしそうにない。  

 だがあの時、田中美住は俺の目の前で愛原を虐めていた。

 それは確かだ。


「どうやらこのイジメ、愛原の件を片付けて終わり……という訳にはいかなさそうだな。田中は田中で何かありそうだ。それこそ愛原をイジメる経緯に至った何かが……」


 そんな事を考えていた時。


「先輩、お待たせしました」


 ようやく愛原がやってきた。

 見慣れたジャージ姿で。

 

「いや、大丈夫。そんなに待ってないから。秋乃さんもありがとな、付き添ってくれて」


「別に…………冬月くんに頼まれたからやっただけよ」


 秋乃さんも少しは変わってきているのかな。

 前だったら絶対断ってただろうし。

 悪くない兆候だ。


「先輩、隣良いですか?」


 どうぞと促すと、愛原は遠慮がちに腰を下ろす。

 

「風邪引いてないか?びちょびちょだっただろ」


「あはは、大丈夫です。もう慣れちゃいましたから」


 トイレに連れ込まれて水をぶっかけられるイジメにか?


「そんなもんに慣れちゃだめだろ。そんな必要なんかないんだから」


「は、はい……すいません……」


 言い方がキツかったのか、バツが悪くなった愛原は暫しの沈黙。

 俺も気まずくなって彼女から顔を背ける。

 だがいつまでもこうしている訳にもいなかない。

 なのでここは年上である俺が切り出すべきだろうと、重たい空気を切り裂く一枚の紙切れを手渡した。


「そうだ、愛原……これ返すよ」


「あ……」


 写真を悲しそうな顔で見つめる愛原に、俺は今度こそ言い方に気をつけて。


「随分と仲が良かったんだな、田中と」


「そう……ですね。部活に入ってからというもの、田中先輩はとてもよくしてくれました。練習にも遅くまで付き合ってくれて、落ち込んでいると親身になって怒ってくれて。すごく……すごく優しくて、カッコいい先輩だと思います」


 田中を語る愛原の顔はこれまでにないくらい輝いている。

 およそイジメられている側の表情や言葉とは思えない。

 だがこの様子からして、信じがたいが本心なのだろう。

 となると、余計に……。


「……わからないな」


「えっと……なにがですか?」


「いや……それだけ仲がよかったのに、どうしてイジメなんかに手を染めたのかと思ってさ。話を聞いてる限りだと、イジメなんてする理由もなさそうなのに……」


 愛原が持つ写真に写る笑顔の田中美住を見て言うと、愛原は写真に皺を作りながら呟いた。


「それは…………これを見て貰えればわかると思います」


 愛原が渡してきたのは、自分のスマホ。

 画面には鳥マークが有名なSNS、イツッターのDMダイレクトメールが表示されている。

 そこにはこんな文面が。


『陸海、ごめんね。本当にごめん。私が弱いせいで……あいつらに逆らえないせいで、陸海を傷つけてしまって。私だってやりたくなかった。けどあいつらに言われたらやるしかなかった。謝って許されるとは思ってない。でもせめてこれだけ言わせて。こんな情けない先輩でごめんなさい』


 こいつは……。


「なぁ、愛原。もしかしてなんだが、このDM……いや、この何通ものDMはまさか……」


「……はい。全部田中先輩からで……」


「そういうことかよ……くそっ」


 なんてこった。

 俺はとんだ思い違いをしていたらしい。

 イジメの現場を見た時、俺は咄嗟に田中が主犯格だと決めつけてしまっていた。

 というのも、田中が表矢に立っていたから。

 立たされていたから、勘違いしてしまったのだ。

 主犯格は田中なのだと。

 あの二人のどちらか、もしくは両方だったのに。

 つまり田中もある意味では被害者。

 結果的に荷担した事実はあるものの、やりたくもないイジメを強要されるという、これもまたイジメの一端。

 そう、田中も別ベクトルにおけるイジメられっ子だったのである。

 だからこそ、田中はこんな文を送ったのだろう。

 毎日、毎日。

 愛原に謝りたい、ただその一心で。

 

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