第23話 隣の席のアイスメイデンと日曜日 【前】

「ふぃー、気持ちよかったー!さーてと、次はお待ちかねのぉ────」


 風呂からバスタオル一枚で上がった姉さんが向かったのは、台所の冷蔵庫。

 目的は間違いなくビールだろう。  

 姉さんは1日三缶は絶対に飲む酒乱。

 なにがそんなに良いのかわからないが、毎日欠かさず飲んでいる。

 しかし今日は控えて貰わなければならない。  

 大事な話があるから、呑まれて忘れられては困るのだ。

 というか、風呂入る前にも本人に言ったハズだぞ。

 だというのに姉さんは。


「あったあった、これが無いとやっぱり1日が終わった気がしないものねー。とりま、当真の野菜炒めが来る前に一つ……」


 冷蔵庫の扉が開く音に気が付いた俺は、菜箸の動きを止めず、淡々と。


「姉さん、飲むなよ。大事な話があるって言っただろ」


「えー?一本ぐらいなら良いでしょー?」


 飲むなっつってんだろが。


「今回は俺も真剣なんだ。だから姉さんも……頼む」


「……わかったわよ、仕方ないわね」


 声のトーンからどれだけ本気なのか察してくれたようで、姉さんはビールではなく麦茶を持って、テーブルに向かっていく。

 あとはせめて服を着て欲しいが、ビールを飲まないだけ奇跡的なのでこれ以上高望みはしない。


「んー、良い薫りねぇ。この薫り、母さんのご飯を思い出すわ」


「俺の料理は母さん直伝だからな。自然と似てくるんだと思うよ」


「そっか。きっとお母さんも今頃天国で喜んでるでしょうね。当真がちゃんと成長してくれててよかった、って」


「だと良いけどな。おっし、完成っと」


 大皿に移した飴色に仕上がった餡掛け野菜炒めをテーブルに持っていくと、姉さんは好物を前にした子供みたいな瞳とリアクションで。


「おっ、待ってましたー!うっまそー!ほらほら、当真も座りなさい!食べるわよ!」


 子供か!





「ふぅ……食った食った。んで、大事な話ってなによ。まぁだいたいは見当ついてるけどね。愛原さんに関係する事でしょう?」


「ああ、まあな」


 俺は一言相槌を打ち、一拍空けて続ける。


「姉さんに頼みがある。愛原はまだ陸上をやりたいみたいなんだ。これは俺の勝手な推測だけど、多分11月に開かれる陸上大会も。どうにかならないかな」


「どうにかって……なかなかに難題ね、それ。要は、来月の中頃までに愛原さんを陸上部に戻す。もちろん選手に戻す為にはイジメをなんとかしないといけない。だからあの三人組にどうにかイジメをやめさせなきゃならない、ってところよね」


 整理されると余計に無理ではないかと思えてくる。


「どうかな、姉さん。なんとかならない?」


「んー、そうね。陸上部に戻す、ないし選手に戻す事自体は簡単ね。だけどあの娘達をなんとかしない限り、イジメは続くでしょうから……」


 だよな。


「やっぱりあいつらの対策をしないとなんともならないか。……あっ、ならさ!」


「却下」


 まだ何も言っていないんだが。


「どうせ当真の事だから、退部にさせれば良いとでも言うつもりなんじゃない?」


「うっ……でも退部にしたらあいつらが愛原をイジメてた理由も無くなるし、イジメをする必要も……」


「甘いわね当真、甘すぎるわ。あの娘達はやめないでしょうね、絶対に。むしろ逆恨みして歯止めが効かなくなると思う。愛原の為に自分達が追い出されたと癇癪を起こしてね。……貴方なら思い当たるんじゃないかしら」


 確かに言われてみればそうだ。

 一度標的にされた以上、どんな手段で逃げようとしてもあいつらは必ずイジメを行うだろう。

 きっと愛原が学校を去るまでずっと。


「ならどうしたら……」


「あら、そんなの簡単じゃない。いい、当真。イジメってのは、自分より下だと侮ってた相手が自分の思いどおりにならないからこそ起きるもんなのよ。他にもやり返さないから、という事例もあるけどね。ともかく、要はあの娘らも同じって事よ。自分より実力が無いと決めつけてた相手が選ばれたから、逆恨みしてイジメてるだけでしょうね」


「だけって……んな言い方……」


「なら答えは簡単。実力で黙らせれば良い。まったく同じ条件で勝負して、ね。しかも衆人環視の中で」


 姉さんはそう言うと、ニコッと笑顔を浮かべる。

 なんだか嫌な予感がしてきた。


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