思い出の家
差掛篤
映像記録 ー椋野巡査インタビュー時の映像ー
対象‥T県警察本部警備部機動隊 実施係 巡査 椋野和久
インタビュアー‥中国管区調査局 T県調査派遣隊 調査主任 酒頭悦郎
付記
対象は、通称「思い出の家」に対し突入作戦を敢行した機動隊員である。
対象は、突入作戦時に「妹」に遭遇したと主張し、作戦時から頻繁にパニック発作を繰り返すようになった。
「思い出の家」からの影響も考慮し、当調査局エージェントが聞き取りを行った。
以下は取調室に設置された監視カメラの映像記録である。
ーー映像記録ーーー
テーブルを挟んで、酒頭調査主任と、椋野巡査が椅子に座っている。
酒頭「リラックスしてください。取り調べではありません。」
椋野巡査「分かりました。警官ですが、取り調べとは縁のない部門でして甚だ緊張しています…ははは」
酒頭「苦痛を感じた際は、無理に話をする必要はありません。M邸に突入する前のことを教えてください」
椋野巡査「ええ。私達隊員は分隊長の指揮に従い、山の中を進んでいました。山の中にポツンとM邸はあります。そこに女児が閉じ込められていると通報があったのです。
酒頭「誘拐ですか?」
椋野巡査「はい。車椅子で山を散策していた通行人からの通報でした」
酒頭「機動隊が出動した理由は?」
椋野巡査「折り悪く、付近一帯では失踪事件が相次いでいました。
M邸は無人のはずですが、シリアルキラーが拠点にしているかも知れない…T県警では以前不用意に誘拐犯の家に踏み込み殉職者を出しています。
そんな推測から念のため我々が出動したのです」
酒頭「なるほど。そして?」
椋野巡査「私は妹…いや、妹に似た少女を、林の陰に見かけたのです。さっと走って逃げるような仕草でした。M邸の方角へ走り去ったのです。
私は分隊長や隊員に人がいると伝えましたが、皆『何もいなかったぞ』と取り合いませんでした。皆同じ方向を見ていたはずですが」
酒頭「誰も見ていなかった?」
椋野巡査「そのようでした。私は腑に落ちませんでしたが、任務を続行しました。しばらく歩くと、目的のM邸に着きました。M邸は木造の廃墟でした。ボロボロで窓ガラスも割れ、不気味でした。言うならカントリースタイル?でしょうか。アメリカ風の家で、立派な玄関ポーチに、高い階段があったのは覚えています。
そこで私は、2階の割れ窓から、妹に似た少女が手招きをしているのを見たのです。先ほど逃げた少女でした」
酒頭「分隊長達は見ていましたか」
椋野巡査「いいえ。私が指を差しますが、皆『何もいないぞ』と言うばかりでした」
酒頭「どう思いました?」
椋野巡査「正直、自分がおかしくなったのかと思いました。なぜなら、その少女は紛れもなく死んだ私の妹にそっくりだったのです。 ですが、姿は子供のままでした。妹が死んだのは、私が小学生の頃です。妹が小学校に入ったばかりの時です…その頃の姿のままでした。そんなこと…普通はありえません」
酒頭「それからは?」
椋野巡査「私は任務に集中することにしました。そして、慎重に一部屋一部屋確認していきました。見たところ、誘拐犯のいた痕跡もなく、単なる寂れた廃墟でした」
しばし沈黙
椋野巡査「確認を続け、残すは一部屋のみとなりました。
そこは、先ほど妹に似た少女が手招きしていた部屋です。私が先頭で部屋に入りました。」
椋野巡査は、ここで声を詰まらせた。
そして、目に涙を浮かべ、話し始めた。
椋野巡査「…すみません…。そこに立っていたのは、紛れもなく死んだ妹のなつみでした…」
酒頭「なつみさんはなんと?」
椋野巡査「私に歩み寄って言ったのです。『ずっと会いたかった』と。そして、その小さな手で…私の手を取り…」
椋野巡査は声をつまらせる。
酒頭「落ち着いて。ゆっくりで良いですよ」
椋野巡査「大丈夫です。私は、言ったのです。お兄ちゃんだけ生きてごめん、熱かったろう?怖かったろう?と…なつみは、うんうんと微笑んで頷いたのです…」
酒頭「熱かったとは…?」
椋野巡査「私が小学校に行っている間、父親のタバコの不始末で家事になり…妹は亡くなったのです」
酒頭「そうでしたか…お許し下さい」
椋野巡査「いえ、いいのです。ずっと、私は妹に謝りたかったのです。焼かれて、無惨な姿になった妹を前に、ただ私は泣きじゃくることしかできなかった…私がいれば、私がいれば…」
酒頭「椋野巡査、それからどうしたのです?」
椋野巡査「なつみは…ぼくの手を取り『もうどこにも行かないで、一緒にいて』と…ウゥゥッ」
椋野巡査は、激しく嗚咽し、大声で泣き始めた。
しばらく泣くと、話し始める。
椋野巡査「ぼくはどこにも行きたくなかった。だけど、機動隊は許さなかった…。ぼくに怒鳴り、立つように言った。機動隊の仲間には、なつみは見えてなかったんです」
酒頭「椋野巡査、大丈夫、落ち着いて」
酒頭調査主任が優しく声を掛ける。しかし、椋野巡査はうつむいて、テーブルの上で拳を握り、震え始める。
椋野巡査「ぼくは行きたくないと言い張りました。でも、機動隊の人たちは、ぼくを引っ張っていったんです。それでも、ぼくはなつみの手を絶対に離さなかった…今、離れたら、絶対にもう会えない気がしたから…」
酒頭「椋野さん、深呼吸するんだ。一旦落ち着こう」
椋野巡査「機動隊はぼくを、玄関から出そうとしました。ぼくは必死に叫び、抵抗しました。この家から…思い出の家から…出てしまえば…もう取り返しがつかなくなるから…」
椋野巡査は、しばらく黙り、乾いた声で言った。
椋野巡査「機動隊は無理やりぼくを玄関から引きずり出しました」
震える声で続けた。
椋野巡査「家を出た時、はっと振り返りなつみを見ました。なつみは…死んだときの姿になっていました…真っ黒になり、炭のように干からび、焦げて縮こまっていました。炭の人形のようになった顔は、死の恐怖と…苦痛に歪んでいました…なつみは…もう、助かりません…」
酒頭「椋野さん」
酒頭が立ち上がり、声を掛けようとする。
椋野巡査は、激しくテーブルを両拳で叩く。
椋野巡査「お前らのせいだ!お前らの!許さんぞ!なつみを殺しやがったな!このクソどもが!」
椋野巡査は立ち上がって椅子を拾い上げ、壁面のマジックミラーを激しく叩く。
凄まじい力で、何度もマジックミラーを殴打する。
椋野巡査「全員ぶっ殺してやる!てめえらのせいだ!ぶっ殺してやる!」
その時、調査局の武装部隊がなだれ込み、暴れる椋野巡査を抑え込んだ。
そして鎮静剤を投与し、椋野巡査は動かなくなる。
ーー映像終了ーー
椋野巡査は現在、調査局系列の病院にて監置中である。
後日記憶消去処理を施される予定
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます