第30話 上手くやれる
世界で最も多い種族が人族。
その次にかなりの差が開いて魔族、ドワーフ……と続いていくわけだけど、普通に暮らしていたら彼らにすら出会う確率はかなり低い。そも、人族の国で生活してる奴なんて殆どいねえ。
じゃあ人族圏のこの国なら魔族だのドワーフだのも希少種族じゃんって話になりそうだけど、そうはならない。
胸糞悪いけど国を渡って
だから、エルフが『希少』ってのは世界規模の話なのだ。
「口に合いそうか?」
「はいっ、温かくて美味しいです!」
「そりゃよかった」
エルフは種族特性なのか群れることを好まず国家規模の組織を作らないから中々繁栄しないのが、そもそもの原因だ。
生活圏が絞れない上、数が少ない。
顔の知れた有名なエルフは歌手といったアーティスト活動で大忙しの天上人。
手垢のついていない一般人の手に届くエルフはまさしく『超希少』。
俺の前であったかいスープを犬みたいに啜りまくるエルフは、原作知識チートみたいな枠外の一手以外じゃ一目見ることすら無いかもしれない人材ってわけだ。
「……ほんとすげぇや」
「ど、どうかしましたか?」
「すげぇ良い声だってことだよ」
「ぁ、りがとうございます……」
いやほんとに良い声だ。
波長? が良いのかな。
耳を凝らさずとも自然にスッと入ってくる。
まぁ、これから毎朝魔法を掛け直す必要が出来たわけで大変ではあるけども、この辺は俺がもっと魔法を練度を高めれば解消できる。
一週間でも一ヶ月でも──ゆくゆくは永続化を目指そう。
「ふむ、この長い耳がそれを可能にしているのだろうな」
「ふわぁっ!? またっ」
音に関心があるのはヴィーナスもまた同じ。
サワサワとリリィの長い耳を撫で回して興味深く顎を摩った。
でも、そんなことしたらほら、本人は……いや、まんざらでもねえのか。
心地良さそうな顔をしてるし。
「やめ……っ、こんなのって、ひどいですよぅ」
「むっ? すまない、度が過ぎたようだ。しかしエルフは……耳の良さは──」
ぶつぶつ言いながらヴィーナスが手を離すと、リリィは申し訳なさそうに自らの耳を優しく撫でた。
「ぁ、すみません……私の方こそ度が過ぎました。触りたいのなら触っていただいて構いません。ほら私、奴隷ですし……」
「……」
表情に影を落とすリリィ。
俺とヴィーナスは顔を見合わせた。
「あ、そんならもう契約破棄したぜ。ほら」
「え?」
腕を捲って見せつける。
本来なら契約者の紋様が浮かび上がっているところだけど、そこには何もない。
リリィはまん丸な目をさらに大きくして口元を両手で抑えた。
「そんな……あり得ないです」
「あり得ない?」
「……主人となる方々は恐ろしい方だと教わりました。私の耳を治し暖かいスープを与えてくださるのも、全て建前だと……」
「……うーん。紋様が無いのは見せかけじゃねえけどなぁ。あと治したってのは、ちょっと言い過ぎだぜ」
「呪いを解いてくださったのでは?」
「魔法で上書きしたけど根本は解決できてねえかな。脅すような言い方だけど、俺から離れたら……悪魔みてえな声に逆戻りだ」
これが真実。
奴隷として縛る必要がそもそも存在しないということ。
それを理解したのかリリィは「そうですか」と言って柔和にはにかんだ。
「期待させてわりぃな」
「いえ、こうしてお話出来ているだけでも幸せ者です」
「……そっか。あ、建前とかねえからな。マジで」
「気に留めるだけにしておきます」
「……」
「して、奴隷ではなくなった私は一体何をすればよろしいのでしょうか……?」
「あー、それな」
本題を切り出してくれてありがたい。
ヴィーナスも待っていましたと言わんばかりに魔法書をどかっと机に置いてくれた。
「これは……魔法書でしょうか。どうして……」
「奴隷商に聞いたんだ。リリィの好きなものを用意しようと思ってよ」
「ぇ……そんな、もったいない」
リリィは恐る恐る魔法書に手を伸ばし、捲った。
最初はおっかなびっくりといった感じで、それでいて段々と早く──すぐに熱中する。
これをぼーっと見ていると、あっという間に30分くらいが過ぎ去った。
「あ──っ」
自分の世界に入り込んでしまっていたリリィは、ようやくガバッと顔を上げてそっと魔法書を閉じる。
「謝んなくていいぜ。どうやら気に入ってくれたみてえだな」
「は、はい。すごく面白いですコレ。それにしても……『唄』を基にした魔法ですか。よく手に入りましたね」
そりゃ、この街は殆どリリィの為にあるといっても過言じゃねえからな。
強化パーツなんてそこら中に都合よく転がってるさ。
「まあ、運が良かったんだ」
「運……ですか」
「おう。ま、全部あげるから好きに使ってくれ。しばらくこの街に留まるつもりだからよ」
「しばらくって……何処か行かれるのですか?」
「……まあな。俺ら
「探窟家──」
部屋の壁に立てかけてある大剣を指して言うとリリィはポカンと口を開け、それからスープを勢いよく飲み干して立ち上がる。
「わたっ、私も──いき、たいです!」
「……」
「だめでしょうか……?」
「いいや、んな事はねえけど」
チラっとヴィーナスを見る。
彼女は魔法書をツンツンした。
ま、そりゃそうか。
「とりあえず、しっかりした魔法使いになってからだな」
「やった! よろしくお願いします!!」
満面の笑顔と共にリリィは飛び上がった。
♧♧♧♧♧♧
リリィがちゃんと眠ったのを確認した後、俺は宿の屋根の上で晩酌していた。
何を考えるでもなく只々ぼーっと。
ぼーっと疲労感に身を委ねる。
「……慣れねえ」
こうして能動的に動くのはいつ以来だろうか。
本当に正しい道を歩けているのかも分かんねえし、若干の不安がある。
動き出した足を止めてしまえばもう二度と身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
だからこそ、ケツに火がついてる内に出来るだけ駆け抜けたいものだ。
「もう空かよ」
酒瓶が底をついちまった。
若干の苛立ちながら立ち上がると──ザリっと地を踏む音が聞こえた。
「注いでやろうか?」
「ヴィーナスか。わりい、頼む」
腰を下ろし、容器を酒で満たしてもらう。
「よくここが分かったな」
「ミーシャとよく話していただろう?」
「……ああ」
彼女の声が少しトーンダウンしている。
「私も混ぜて欲しかったのだが。もしかして、まだ警戒しているのか?」
「……まあ」
「そうか。であれば、もっとぞんざいに扱ってくれてもいいと思うのだがな」
「仲間として引き入れた手前、んな事出来ねえよ」
「ふっ、甘い男だ……あ、残りは私が頂戴してもいいか?」
「おう」
彼女はどかっと座り込み、すらっと伸びた白い足を屋根の外に放り出して酒瓶を天高く傾けた。
ぐびぐびぐびぐび──と、すげえ勢いだ。
「ぷはあっ。美味い!」
「……」
この人、こんなキャラだっけ?
「キャラちげえって思ったか?」
「思った」
「ふっ、あまり耳ばかりに頼るなよ。大事なものを見落とさぬように」
やけに実感の伴った口調だった。
「わーったよ」
なんとなく天を仰ぐ。
「そういやリリィはどうだ?」
「どう、とは?」
「当日活躍できそうか?」
「あぁ……素質は十二分だな。すぐに私を超える使い手になるだろう」
「そっか。でも……」
「私はグランツ率いる騎士の中で最弱──まあ、指標にはならん」
聞くところによるとヴィーナスより強い騎士が最低でもあと7人いるらしい。
しかも、それぞれが一定の戦闘能力に加え一芸に秀でているときた。
俺が突入したとしても、相性や組み合わせによっては余裕で敗北もあり得る話だ。
だからこそ、俺以外の戦力がもう一枚欲しかった。
「ところで──」
「ん?」
ヴィーナスが酒瓶を置く。
「彼女には
「……っ」
言葉に詰まる。
その上で、絞り出すようにして声にする。
「来週か、その次の週か、かな」
「……そうか。上手くやるといい」
彼女は立ち上がり、最後の一滴を飲み干す。
そして赤く締まらない顔で言ってのける。
「私が思うに、貴様とククル嬢は似た者同士──なのかもしれん」
「?」
「ふふ、忘れてくれ。私はもう寝るよ」
「……ああ、おやすみ」
……
「ふぅ……大丈夫」
大丈夫。
上手くやれる。
そう自分に言い聞かせて、ひんやりとした屋根に寝転がった。
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