第29話 運命を乗りこなすために

「三週間後、式場で会おうな」

「おうっ」


 準備があるらしく、ミーシャは先に立った。

 何やら御大層に衣服を整えての出立だったのは、貴族としての嗜みだろうか。

 

 とにかく、あいつはあいつの仕事に専念する。

 なら、残された俺たちも動かねえとな。


「ヴィーナス。ちょいと奴隷でも買いに行かねえか?」

「む、いいぞ。戦力増強だな」

「ああ、今日は巡り合わせが良い予感がする」


 どこまでもドライなヴィーナスは一々ツッコんできたりしない。

 なんつーか、ミーシャみたく馴れ馴れしくしてくれていいんだけど。


 不満を抱えつつ、金貨を百枚ほど携えて二つ離れた街に転移して、大奴隷市場に潜り込む。


 周囲で繰り広げられているのは、前世の世界では考えられない異様な光景。

 汗や埃の匂いが入り乱れるテーマパーク。

 老若男女問わず、透明の魔法障壁が張られたショーケースに入れられて『競り』にかけられている。


「ふむ、思ったよりも気分が悪くなるものだな」

「本当ならお前もぶち込まれてるところだぜ?」

「ふっ、私は運がいいようだ」


 俺の煽り混じりの返しにヴィーナスは一切眉を動かさないし、気分が悪いとか言いながら吟味にノリノリだ。


 彼女が視線を向けている先は──もちろん筋骨隆々の大男。


「奴にし」

「ません」

「なぜだ?」

「むさ苦しい男はいらねえの」

「……思ったよりも煩悩で動いているのだな」


 煩悩……それもあるけど。


「言ったろ。予感がするって」


 一番は予感──物語の予感だ。

 全てではないけど、俺は物語を知っている。


 あまり押し進めすぎるとフリッツ達とぶつかってしまうかもしれないと今まで避けてきた、俺が持つ最大の武器。


 例えばそう、俺ならば──偶然を装って世界的な重要人物にバッタリ会い、そいつが一番喜ぶであろう物を渡すことだって出来る。


「ほら見ろ、白髪のエルフ……超希少種族だぜ」

「何? ……何処にもいないが?」


 俺が指したのは壁。

 

 壁──の向こうの啜り泣き。

 その声。


 主人公様が来るその日まで、永遠に出品されないエルフの存在を──俺だけは知っている。


「いや……壁の向こうか。確かに微かに聞こえるな。だが声があまり綺麗ではない……本当にエルフなのか?」


 目を細めて訴えかけてくる。

 鉄と鉄を擦り合わせるようなその声は、絶世の美声を持つとされる彼女らのものとは思い難い。

 でも、


「耳をすませば奥に見え隠れしている美声が聞こえるぜ。それにミーシャが……何処ぞの街にエルフが運び込まれたらしいっていう情報を入手してたんだ」

「ミーシャが……? なるほど」


 アイツ、最強だな。

 何たってグランツの帰還情報を当人のククルよりも早く仕入れてたくらいだからな、あのリアクションからして街で一番に把握してた気がするぜ。


 未来予知のような知識の不自然さは俺の中でギリ誤魔化せたということにして、第二のヒロインを視界に捉えたところまではいい──でも、ここからどうする?


 主人公のスーパー運命力を持ってすれば、突っ立ってるだけで向こうから寄ってくるかもしれない。

 今のフリッツですら何だかんだでグランツと繋がってしまったほどなのだ。いや……というより、グランツと繋がったククルに近づいたというべきか。


 少し前にもククルと一緒にいる時にたまたま出会ってしまったし、やっぱりアイツの運命力は強いままだ。


 対して俺には、残念ながらそんな不思議能力はない。


 ならどうするか──一つしかない。

 

 彼女が売りに出されない最大の理由を解消する。


「『サウンド・ドミネイト』」


 彼女の声からノイズを取り除くと下手したら幽霊のうめきのようにすら聞こえていた声が、世界的歌姫のような音色に変声する。

 美声に嫉妬した大悪魔による呪いのせいで音の波長を狂わされているだけで喉そのものを潰されているわけじゃないので、打ち消してやれば症状は治まるのだ。

 

 こうなると彼女は異変に気付いたのかドタバタと暴れ回ってしまう。

 少しの時間を置いてうめきは感涙に変わり、やがて静かになった。


「今日一日は保つと思う。売りに出されるまで毎日通うぜ」


 用は済んだと背を向けたが、ヴィーナスはついてこなかった。


「今日売り出されるかもしれん。見張りは私に任せてくれ」


 の性格からして今日中に全ての準備が整うとは思えない……けど、そんなことヴィーナスに分かるわけないか。


「おう、頼んだぜ」



♧♧♧♧♧♧



 翌日、狙い通りエルフ少女の競りが開かれた。


 、全財産が入った大包みを弄びつつ、ショーケースの中にいる首輪と手枷を嵌められた彼女に視線をやる。


 純白の髪と肌。

 人の倍ほどある長い耳。

 人の枠を越えた、あり得ないほどの美貌。


 まさに『エルフ』だ。


 両頬を伝う涙の跡や全てを気丈に憎む瞳も──失礼かもだけどすげえ絵になっている。


「背筋を伸ばせっ、エルフめ。しっかりとお客様に体を見せつけるんだよ」


 奴隷商に固い革靴で背筋を蹴られ胸を突き出すようにして前に出るエルフ少女。

 周囲から品の欠けた声が上がる。


「くだらん。さっさと買い落とすぞ」


 もちろん、ヴィーナスはお怒り気味だ。

 気味……いや、激昂している。

 怒気と共に魔力がじわじわと漏れ出しそうになってるので、何とか両手を前に出して押し留める。


 そんなこんなで戯れていると、何やらエルフ少女による芸が始まるようだった。

 

 エルフの芸──といえば当然、歌だ。


「歌いなさい、リリィ。声は治ったのだろう?」

「……」


 場に集まった30人余りが一斉に手拍子を始める。


 けれど待てども待てども一向にエルフ少女──リリィは歌おうとしなかった。


 当たり前だ。

 彼女は──


「ッ、歌えと言っているだろうが!!!」

「……」

「……はぁ、調教をしくじったか、早ったな。オレに恥をかかせるなよ。せめて声を聞かせてやりなさい。あの美しい声を」


 彼女は口を開こうとすらしない。

 余程声を発したくないのか、あまりに固く口を閉じているせいで唇から細く流血している。


 こうなってくると……ああ、メンツを潰された奴隷商がお怒りだ。


「よかろう。無理にでも、ッ鳴かせてやる!!」


 懐から取り出されたムチが激しくリリィの体を打つ。

 すると上がった。


 のような声が。


『ぁがァッッ!?!?』


 体の奥底を掻き乱してくるような遅魔しい声が──!


「あ……? 嘘だろ、そんなバカな、あり得ない! 貴様まさかっ、オレを愚弄しているのか!?!?」


 奴隷商は狼狽え怒鳴り散らし、リリィはツゥーと涙を流す。

 観衆は青ざめ、中には吐く者まで現れ、一人また一人と去っていき──やがてこの場には俺とヴィーナスだけが残された。


 当然だ。

 声の出ないエルフに価値はなく、それが悪魔のような汚らしい声を出そうものならこうなるのは火を見るよりも明らか。

 維持費ばかりが掛かる商品を処分せずに置いていたのはひとえに主人公の迎えが来るからというがあるからに過ぎない。


「……ふぅ〜。っし」


 ブチギレた奴隷商がリリィに度を超えた暴行を加える前に俺は前に出る。

 を取り出して奴隷商を尋ねた。


「あの……すみません。その子買ってもいいっすか?」

「んだと!? って…………あ?」


 奴隷商は振り上げた手を止め、額に走らせた青筋を引っ込めた。

 商魂逞しいことこの上ねえな。


 とりあえず金貨を十枚取り出してみる。


「……十枚? すく──いや、高いくらいか。維持費ばかりが高くつき、下手したら一枚の価値もない」


 彼はショーケースの障壁をすり抜けて、俺から金貨を取り上げた。

 それからしっかり数えると懐から契約書を差し出してくる。


「はっ、汚い声が知れ渡ったからにはもう温めておくこともないからな。買い手がついてよかったよ」

「そっすか。あんなに可愛くて良い声持ってるのに処分されちゃうなんて……世界の損失になるところでしたね」

「あ……? 良い声だと? 趣味が悪いな」


 サインを終え、契約書を破り捨てて効果を発揮させてから軽い皮肉を言う。


「うっし、終わり。貰っていきますよ」

「……ぁ、ああ」


 恭しく金を受け取ると奴隷商は枷の鍵を握らせてくれた。

 軽く会釈してヴィーナスを伴い障壁をすり抜けると、『買われた』現実と自らの悍ましい声になおも愕然とする運命で雁字搦めになり疼くまるヒロインの前でかがみ込む。


「……っ、外すぞ」

「動揺するな」

「うっさい」


 少し緊張しつつリリィの枷を全て外し、おっかなびっくり手を取って立ち上がらせる。

 ぎこちないエスコートのせいで彼女は体勢を崩しつつ、ふいと顔を背けた。


「……俺はエル。こっちは、」

「ヴィーナスだ」


「おう、リリィ……だよな? よろしく」


「……」


 断固として口を開きコミニュケーションを取ろうとしない。


 これだとまぁ……困るので、またも魔法をかける。

 彼女を地獄から解き放つ魔法を。


「これでよしっ、なんか喋ってみてくれねえかな?」

「……」

「あ〜、わり。無神経か、でも隷属魔法は使いたくねえし──ヴィーナス先生、たのんます」

「任されよ」


 俺に出来ないことをヴィーナスにやってもらう。

 彼女はリリィの背後に回り込み──両手を脇に差し込んで、


「ひゃいっ!? ひぃっっ、は、はは! あははは!! やめっ、やめてくださいぃ!?!? ぇ、ぇ、あれ!?」

 

 彼女は泣くほど笑った。

 ガクガクと体を震わせて。

 ヴィーナスのくすぐりに、必要以上に身を委ねたのだ。


 やがてそれも終わり、ヴィーナスが手を止めるとリリィが崩れ落ちそうになったので肩を貸してやった。


「一緒に来てくれるな?」


 卑怯な言葉だ。


「は、ははっ。もちろんです! ご主人──」

「あ、名前で呼んでくれねえか?」

「えと……エルさん?」

「おう、ありがとよ」


 ヴィーナスと俺でリリィを介護しながら歩く。

 少女の運命力をククルの激動すぎる運命に、どうぶつけるか考えながら。


 最中、膝をつき崩れ落ちていた奴隷商の横を通る。


「……オレに、幾らで売ってくれる?」

「金貨一億枚かな」

「っ、まったく。妥当だよ」 

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