第21話 捨てられた騎士

 俺の振り下ろした拳が女騎士ヴィーナスが戦闘開始直後に装着したを打ち砕く。


 黒仮面の破片がパラパラとずり落ちて、彼女の凜とした顔が露わになる。


「流石にお強い。ククル嬢に選ばれただけはある」


 敵に上を取られ、武器を奪われた状態でもこの女は全く動じないどころか、どこか安心している節がある。


 ククルの名を出したその口がブスッと尖り、唇を奪われた直後の俺は思わずこれに目を奪われてしまう。


「ぷっ──!」


 直後。


 放たれたのはキス──でも唾でもなく一筋の線。


 これはっ、針だ!


「っぶねえ」

「これも躱すか」


 反射的に仰け反り勢いのまま距離を取った俺に対し、ヴィーナスは土埃を払いながら立ち上がり両手を上げた。


「降参だ。やはり私は貴様に勝てない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 彼女は粉砕された剣だった何かから手を離し、装備までも脱ぎ捨て始める。

 小手を捨て、鎧を捨て、インナーの裾に指を掛けたところで俺は慌てて手を伸ばす。


「──って、おいおいおい! 何してんだ!! 変態かァ!?」

「何って……敗者の私が全てを差し出すのは当然の帰結だが?」


 当然のことみたいに言ってくれるな。


「っ、騎士様の世界のルールなんて知らねえよ。あと、めんどくせー奴らに追いつかれちまうから俺もう行くぜ。親玉んとこ帰れよ」


 こっちは今取り込み中なんだよ。

 グランツからすれば知ったこっちゃねえとは思うけど、襲って来んなら後にしてくれ。この程度ならいくらでも返り討ちにしてやる。


「ふむ、帰れだと」


 ミーシャを背負ってその場で足踏みしていると、ヴィーナスはマジで困った様子で顎に手を当てた。


「捨て駒にされた私に行くあてなど無い。それどころか、下手に動けばグランツの手の者に殺されかねない」

「……捨て駒ねぇ。どっかで今の戦い見てんのか? あいつ」

「見てはいる──が、正解は言えんな」


 んべ──とヴィーナスは舌を出して、骸骨柄の呪印を見せてきた。


 効果は知らねえけど、話の流れからして口封じってところか。

 話せば死ぬとかそんな感じかな?


「そっか、なら聞けねえな。そんじゃ結局どうしたいんだ?」

「とりあえず私を連れて行け。安心しろ、主導権は貴様にある」

「…………押しかけもいいところだぜ。ま、移動しなきゃなんねえし、一緒に行くか」

「ありがとう、私の事は奴隷のように扱ってくれて構わんからな」

「あ、謎の騎士ルールに付き合う気はねえぞ」



♧♧♧♧♧



「へ〜、まーた女が増えるのか。エルはモテるねえ」


 場所は変わり、入り組んだ路地にある隠れ家的な宿。

 ヴィーナスを加えた三人でテーブルを囲むと、真っ先にミーシャに突っ込まれた。


 そこまで眉をへの字にして言わなくてもいいだろうが。


「成り行きだよ、聞きてえことが山ほどあっからな。俺ぁバカだからミーシャも質問責めに参加してくれよな」

「うっし、えーとアンタは……」

「ヴィーナスだ。貴様はミーシャ殿と呼べばよろしいか?」

「あー、殿はナシで。ミーシャでいいよ」

「そうか、分かった。あぁ、エルにも話しているが、私が答えられる事柄には限度がある。これは拷問しようとも同じことだ。留意してくれ」

「りょーかい、それじゃエルから頼むよ」


「んあ? そんじゃ……」


 どっからイこうか。

 えっと、


「交互に行こう。ククルとの関係は?」

「主従関係。私はお屋敷での従者だ」

「じゃあ何でグランツに仕えてんのさ?」

「買収されたのだ」

「世知辛えな……。そんじゃククルが大会開いた詳細な理由は?」

「言えない」

「グランツに狙われてたのは?」

「言えない」

「っ、グランツの能力は??」

「知らない」

「僕たちに協力的なのは何故?」

「グランツには捨てられた身であり、あくまでもククル嬢の味方だからだ」

「そもそも何で捨てられたんだ?」

「さぁ。ククル嬢と私を近づけたくなかったのでは?」

「それじゃ僕からは最後。ククルがグランツとの確執を僕たちに教えてくれなかったのは、もしかして呪印が関係してる?」

「まさしく」

「……俺からも最後だ。もしも、可能なら俺たちにして欲しい事とかあったりするか?」


 ククルは間違いなく何らかの目的があって俺たちを巻き込んだ。

 意志が強い彼女のことだ。俺たちに迷惑をかけるかもしれないことを承知の上でやってのけたと思う。

 

 パートナーを選ぶために武闘大会を開催しようと考えた瞬間から、今の展開はククルの頭の片隅には少なからずあったはずなんだ。

 巣に篭り切りで行動力皆無な俺からしたら、大胆な行動を断行できる彼女には頭が下がる思いだ。

 きっとこれが脇役とメインキャラの違いなんだろうな。

 物語を動かすパワー、運命力──何もかもが違いすぎる。

 

 そしておそらく、この人もククルに巻き込まれた一人。

 ククルが舵を切る船に、俺たちよりも先に乗っていた人だ。

 

 捨てられたという彼女が今、何を選択し、何を掴み取りたいのか……俺は知りたい。

 

「……グランツの最終命令は二つ。襲撃ともう一つだ。語る前にこれを見せねばなるまい」


 ヴィーナスは深く息を吸うと、懐から質の良い紙を取り出して机の上へ滑らせる。


「なんだこ、」


 言葉が詰まる。

 羅列された文章に目眩がした。

 おそるおそるヴィーナスの方へ目をやって、俺は喘ぐように問う。


「マジ?」


「残念ながらマジだ。一週間後、同じモノが全世界に発行される。グランツは貴様の列席をご所望だ」


 金粉が散りばめられた公開結婚式の招待状──それも、『特等席』への招待状を震える手で取り上げて握り潰した。


 この野郎、実力は認める雰囲気出しつつも、なんだかんだで俺を馬鹿にしてんな?


「わりい……くっそムカつくわ」

「いい。同じ立場なら私もそうするよ」

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