第18話 ヒロインとかませ犬

 理解が追いつかない。

 なんで、なんでククルとグランツが固く手を取り合っているんだ?


「なんでミーシャが……迎えって。え?」

「なん──っ」


 俺の瞳孔が一気に開いていくのが手に取るようにわかる。


 ──いやっ、待て。落ち着け。


 まずは事情を把握しようじゃねえか。


「おいっ、エル?」


 ただならぬ気迫を放ってしまっていたのかもしれない。

 焦るミーシャの制止を振り解き、ずんずんとククルのもとへ歩み寄る。


「──っ、何してんだ、離せよ」

「……なんだね? 君は」

「そいつの仲間だ」

「仲間?」


 仮面の下から怪訝そうな声を漏らし、彼は遅れて転移してきたキザ男に仮面を向ける。


「エル・ディア・ブレイズマン。例の従者だ」

「ほう、大会優勝者か。ならば例を言わねばならんな」

「なんだと?」


 くぐもった声でグランツは言う。


「死に急ぎ癖のあるククル嬢を私が戻るまで守ってくれたのだ。これに感謝しているのだよ」


 嘲笑すら感じる声だった。

 こいつ──


「……嫌味な野郎だ。てめえのファンが聞いたら泣いて幻滅するぜ」


 親指で後ろのミーシャを指す。


「ファン……? くだらんな。一銭の価値もない。それより、私達はもうこの街を去りたいのだが……よいかな?」

「ああ、ククルを置いてったらな」

「なるほど……では、幾ら出せばいい?」

「は?」

「頭の回転が悪いな。金貨何枚で穏便に手を引くのかと聞いているのだ」


 こいつ──っ。

 どこまで人をコケにしたらっ。


「く──っはは。金貨一万枚ってのはどうだ?」

「いいだろう。すぐに準備を」

「なっ──はは、嘘嘘、バカ言ってんじゃねえよ」

「なんだ、強欲な奴め。十万枚でも百万枚でも好きに言うがよい」

「そういうことじゃ……っ、ちィっ。ククルはッ、ククルはどう思ってんだよ。納得してんのか??」

「ククル嬢? 何を言っているのだ」


 本当に訳が分からないと首を振り、グランツは無作為にククルの頭に手を置いた。

 それからククルは小さく頷いてみせる。


「はァ? そんなの、てめえが強制してるだけじゃねえか」

「どう受け取ろうと構わんよ。それより必要な額をさっさと言いたまえ。頭の悪い君に分かりやすく教えてやろう、私は君と出来るだけ事を構えたくないのだよ。君の類稀な武力については把握しているのだからな」


 そう言って彼は苛立ちを声に滲ませる。


 武力……ね。


 いいぜ。


「俺が怖いかよ」


 大剣に手をかけて、脳内で戦闘シミュレーションを実行する。


 こいつら全員ぶっ飛ばせばそれで全て──


「おやめなさい、エル・ディア・ブレイズマン。武力行使はあなたの首を絞めるだけです」


 俺の考えはククルの冷たい声によって吹き飛ばされてしまう。


「ここでもし、グランツに牙を剥いたのなら貴方は国際手配されてしまいます」

「……仲間を取り返すだけで犯罪者になるってか?」

「…………」


 問いを受け彼女は一度口を開きかけて、背中を向けた。


「グランツ、行くよ」

「……よろしいので?」

「うん、この場に長くいたくないの」

「それはそれは。随分と嫌われましたね──では。行くぞ、皆の者」


 状況は勝手に進行していく。

 六人の白鎧を着た者達が闇から滲み出るように現れてククルを囲い、要塞を構築する。

 ククルの隣に立つグランツは手切れ金と言わんばかりに、硬貨の入った包みを俺の前に放り投げると転移水晶を掲げた。


 淡い光を纏い、幻のように消えゆく中。


 最後の最後にククルは横顔だけ見せて、大きさの声ではっきりと言う。


「追って来ないでね、エルくん」


 それと。


「楽しかったよ」


 ほんの少しだけ、その横顔が笑ったように見え、心臓が痛いくらいに高鳴った。




 見え──見てるだけ。


 そう、俺は動くことすら出来なかった。

 さっきの一瞬でククルを攫うことだって出来たはずなのに……。


「……エル」

「……んあ?」

動けなかった」

「……分かったような口聞きやがって」


 んの口はまた、そんな事を。

 言い方ってもんがあるだろ。


「分かるさ。だってエルは僕とよく似てる」

「あ?」


 さっきまで俺の後ろに控えていたミーシャが俺の横に並び立つ。


 ……ああ、なんて頼りねえんだ。


 確かに似てるかもな。


「……それで、これからどうする? ククルを追うつもりか?」

「……そうしたい気持ちはあるけど、あるけどよ。でも──あいつ、」


 言葉が詰まる。


「追って来んなって言ったんだ。グランツは俺なんかより良いご身分で地位も名声も腐るほど持ってるし、アイツのところにいる方がいいに決まってる」


 言い訳でしかねえ。


「……」

「な? そう思うだろ?」


 同意を求めてミーシャの顔を見ると、なにか一瞬口を開こうとして閉じた。


 それからもう一度言葉を紡ぎ直す。


「……僕はエルがやりたいことを応援するつもりだ。これから先も、僕はずっと」


 投げかけに対する答えではなかった。


 ただ、その目には確かに揺るぎない意志が宿っていた。


 その瞳には俺だけが映っていた。


 俺はただ、


「そう、か。ありがとな」


 感謝だけを伝えた。


「……湿っぽいのはアレだっけ。とりあえず飯でも食いに行こうぜ」

「ああ、そうしよう」

 

 今日の飯は久しぶりに不味く感じたので、やけになって酒で押し流した。


 翌日。

 俺たちの宿に、『Sランク昇格』の報せが入った。

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