第15話 俺とお前の仲だろ

 光が爆ぜると次に襲いくるのは浮遊感。

 ほんの少しの時間だけ浮かんでいると──ふいに地面へ投げ出された。


「おわァっ!?」


 まず最初に俺が地面にキスをして、立て続けにククルとミーシャが俺の背中に落下してくる──!


「ってて、ああ!? エル?!」

「あっははごめんねー! こうなるの忘れてたぁ」


「……うるせえ、降りろ」


 二人を振り落とし、環境の把握に努める。


 いつぞやの高台に後ろにはでっかい扉。

 どうやら帰ってきたらしい。


 負けたのか……? と一瞬思ったけど、そうとも言い切れない。


 土に深々と突き刺さった大剣が、ぬらぬらと黒光りするガルデラの大剣がそこにあった。


「こいつぁ、あいつのか?」

「うん、ボス戦での戦利品だね」


 柄に手をかけ引き抜く。

 頭二つ分俺よりもでかい剣は、かつてない重量感で出迎えてくれた。


 しかしデカいな。


 こんなの持ち運びに不便すぎるだろ。

 アイテムボックスの容量も無限じゃねえし欠陥──って、あ? みるみる縮んでいく。


「すげえ、もしかして調節できんのか」


「やったなエル! 大迷宮のアーティファクトだ!!」


「アーティ……ファクト。うおおっ、すげえ、アーティファクト!」


 ミーシャの素直な喜びに俺の心と体が反応し震える。


 アホみたいに復唱して、「俺のもんだぞ?」と言わんばかりに普通の大剣サイズに設定して背負って見せつけてやる。


「エルくん……って、やっぱ子どもでしょ」

「はっ、はあ? どーせ誰も装備できねえから俺が適任だとおも──確信しただけだし!?」


 意味もなく笑い合い、とくにこれといった流れもなく飲みに行くことが決定し、酒場に雪崩れ込む。


 正直言ってダンジョン攻略と同じくらいに今の時間が楽しい。


 馬鹿みたいに自分から酔い潰れるククルはおもしれー女だし、ミーシャはミーシャで一々初心な反応を見せてくれるので明るい気持ちになれる。


「月が綺麗じゃねえか──つってな! はは……!!」


 楽しい時間ってのは早いもの。

 いつものようにククルを宿のベッドに寝かせて、一人で二次会に洒落込む。


 宿の屋根。

 なだらかな傾斜に腰掛け、夜風にあたりながら煽る酒は美味い。

 こんなに酒が美味いのはいつぶりだろうか。

 つか最近は毎日酒が美味えから訳わかんねえな。

 いつぶりか──つったら昨日ぶりってことになるぜ。


「…………ククル、えろかったなぁ」


 グラスを弾き、脈絡もなく紅潮した頬を思い出す。

 胸が熱い。

 やばいな。

 一人の時間は──時間は、いつだって俺の敵だ。


「確かに、ククルはえろいよなぁ。わかるっ、ちょう分かるぞ」

「分かってくれ──っ、!? なんだミーシャか」

「なんだよ、もっと驚くかと思ったのに」 


 ベレー帽を被った銀髪の美少女──いや、美少年。


 ミーシャはブスッと唇を尖らせつつ俺の隣にちょこんと座った。


「べつに……俺とお前の仲だろ?」

「……ふーん、仲って?」

「と、と……友達。仲間……的なやつ」

「なんでそこで詰まるんだよ──っ」


 言葉にするのは恥ずいだろ。

 そういうデリケートな問題はさぁ。


「なぁエルさんや」

「んん?」

「最近どんな感じ?」

「……すげえ抽象的だな。まぁ、楽しい、かな。充実してるって、初めて思えてる」


 少なくともククルと出会う前よりは。

 少なくとも前世の自分よりは。


 後者はあまり鮮明には覚えてないけれど、多分『エル・ディア・ブレイズマン』というキャラクターと似たような境遇にあったと思う。


「あぁ……そうだな、絶対良くなってるって言い切れるぜ」


 だからこそ、この会話の流れでちゃんと相手にパスを投げる余裕も生まれている。

 ククルと出会った当初は出来ていなかったことだ。


「ミーシャはその、どうなんだ?」


 酒の水面に満月を浮かべながら聞き返す。

 するといつものように明るい声色で言葉が紡がれる。


「……僕もエルに、エルとククルに拾われてよかったと思ってる」

「拾われて? 対等だろうが」

「違う。僕は明らかに劣ってる。今日だってアイテムボックスを投げただけだ。何もしてない」

「……ベストタイミングで十分すぎるサポートだったけどな」


 ぴたり。


 ミーシャの肩が触れ合う。


「ありがとな、そう言ってくれて。二人とも僕をちゃんと仲間として扱ってくれる……幸せだよ、十分」

「……」

「ごめん。湿っぽいのは苦手だよな。もっと楽しい話しよう」


 ──だけど、これだけは聞かせてくれないか?


 俺の耳が。


 ミーシャの感情が強調された声色を掠め取る。


 反射的に俺はミーシャの方を向き、


「────あぁ。うん……ククルのどこがす……えろかったんだ?」


 情緒的に夜風が吹く。


 ベレー帽を片手で抑えてニカっと白い歯を剥いたミーシャはゾッとするくらいに綺麗だった。


 ああ……えっと。

 どこがって……全部、じゃダメだよな。


「……顔、唇。言わせんじゃねえよ」

「ハハっ、エルは素直でいいね。僕は胸かなぁ! あんなにデカくてどうやって動いてんだろうね」


 胸を抑えながら屈託なく笑う。


 近い将来めちゃくちゃモテるだろうな、くそったれ。


 嫉妬混じりに見惚れていると、ミーシャは少しだけ目元に影を落とし、モジモジしながら今日一重要なことを口にした。


「……で、キスはいつするんだい?」

「明日じゃね。寝ちまったし」

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