第14話 重い剣、願いを縫う蔦

 全身真っ黒な大男。

 ヘドロで構成された彼は巨大な大剣を片手で持ち上げ、名乗り上げるような仕草をして歩き出す。


 一歩一歩がかなり重そうだ。

 多分だけど、あの大剣は俺のよりかなり重い。

 まともに打ち合えば、角度によっては押し切られるだろうな。


 ま、それでも俺が攻め手としては適任か。


「俺が前に出る。二人は横から攻めてくれ」

「りょーかい〜」


 大剣を抜き、奴と同じく前に歩き出す。


 数歩歩いたあたりで、ミーシャが心配そうな声をあげた。


「エル……あの人は多分、『剛剣王』ガルデラ。バルトさんの師匠だよ」

「つええのか?」

「ああ。十年前、『ウロボロス』で消息不明になる前はSSランクで最前線走ってたんだ」


 SSランク……最高峰の肩書きか。


 怖いな。

 経験したことのない強さだ。


 でもよ、


「やらせてくれ、俺にはこれしかねえ」

「え……」


 不安な声は置き去りにしてゆっくりと走り出す。

 踏み出すたびに強く、強く、力強く。


 大剣はしっかり握ってる。

 身体のどこにもおかしなところはねえ。

 

「気張れよ〜──ッ」


 剛剣王と謳われたその男と俺の利き足の踏み込みは同時。


 巨木のような一太刀がかち合うと、周囲の地面が円形に捲り上がった。


 威力は同等。

 予想通りガルデラの方が重いが、


「もういっちょ!」


 横殴りに振るう。

 これもガルデラは十分に受け止めてみせた──が、受けたと同時に怪訝そうに首を捻った。


 流石、気付くのが早い。

 

 で刃が欠けまくっていることに──!


「らァ!」


 三発目。


 受け止め切れないと判断したのかガルデラは距離を取るため大きく後ろに跳んだ。


 その判断は正しい。

 一対一で俺と武器を打ち合うのは避けるべきだ。


「フレイム・インパクト!」

「グレーター・スマッシュ!」


 逃げた先には二人の挟撃。


 絶対に凌ぎ切れないタイミングだ。


 しかし、流石は最高難易度ダンジョンのフロアボスというべきか──大剣を地面に叩きつけ、周囲の大地を引っ張り出し盾を瞬時に展開してくる。

 

「舐めんな──っての!!」


 いや、流石──というべきはククルの方だった。


 超高温に熱された細剣で石の壁を細断し突破してみせる。

 

「エル!」

「おう!!」


 既に追いついている。

 今度は俺とククルによる挟撃。


 百戦錬磨のガルデラは諦めたかのように大剣から手を離し、右手を地面に左腕を天に突き出した。


『グルナァ!!!』


 ガルデラがガサガサな声で叫んだ瞬間、俺の視線がガクンと落ちる。

 

 そのまま視線を動かす。

 

 蔦が俺の大剣の頭と、足を絡め取っていた。


「──ちィっ、ククル!」


 視線を戻せばククルの斬撃を左腕を半ばまで食い込ませ受け止めたガルデラが、右腕を振りかぶっている姿が──ッ。


 ッ、させねえ。


「アアッッッッ!!!」


 『サウンド・ドミネイト』──声の爆弾が、ガルデラの右ストレートとククルの隙間に割り込んで爆発する。


 この衝撃でククルは細剣を抜きつつ、流れに任せ吹き飛ばされることによって離脱。

 邪魔されたことで気を害されたのかガルデラが俺を睨め付けてきたけど残念、ミーシャが蔦を切るのを手伝ってくれたので離脱済みだ。


「……厄介じゃねえか。何の魔力形質だ?」

「『力』だったと思う。大地や植物を操ったりはできないはず」

「……」


 てことは、


「ドーピング野郎だね」

「おいっ」


 ひょっこり戻ってきたククルが冷ややかに言い放つ。

 それにしても言い方が酷いな。

 それじゃまるでガルデラが進んでズルしてるみたいじゃん。


「ガルデラはどんな障壁も大剣一つで打ち破ってきたって聞いてるけど?」

「そうだね、ミーシャちゃん。でも……人っていうのは意外と魔が差すものなんだよ。『ウロボロス』はね、真に願えばどんな形であれ叶えてくれる──ほら、見て」


 ククルの言葉で意識がガルデラに向く。


 ガルデラ──かつて偉大な探窟家だった彼。


 その身体から無数の蔦が伸び、ガッサガサな笑い声と共に指向性を持ってこっちに伸びてくる。

 

 単に伸びてくるだけじゃない。

 複雑に絡み合い、それぞれが槍の形を形成している。


「ガルデラおじさん楽しそう……」


 ククルは哀しげに漏らすと「ハズレ引いたなぁ」と続けた。


「……どうすんだよ。やばいぜ」

「そうだね。エルくんの大剣、ミーシャちゃんに預けることってできる?」

「蔦に絡まって邪魔だってか? 重いぜ? っつかアイテムボックスに入れるならミーシャに預ける必要あんのか?」

「いいからいいから。ほれ」


 ククルがアイテムボックスをミーシャに手渡す。


「おわっ、とと。りょーかい、任せてくれ!」

「……まぁ、乗ってみるか」


 大剣をミーシャに預ける、速やかに作戦を共有する。


 まず機動力に優れたククルが先陣を切り蔦の壁を切り拓いて疾走。

 邪魔がなくなったことで俺は問題なくガルデラの元に辿り着く──もちろん戦闘は拳ひとつだ。

 

 ガルデラはかなり俺を警戒しているらしい。

 阻害するために蔦による足元攻撃と、石壁による防御を展開してきた。

 でかい剣を闇雲に振り回してきたりは、もうしない。


「……確かに。こりゃ悲しいな」


 ──ガルデラおじさんはね、臆病なんだ。


 ククルは言っていた。

 ガルデラという男が元来臆病であると。

 強さは自らを守るための鎧でしかないと。


 だから欲望のままに強さを求め、ダンジョンはそれに応えた。


「他人事じゃねえけど、上向いて歩かなきゃな」


 蔦を振り払い、大剣を所持していた時よりも軽快に足を動かして壁の側面を駆け上がる。


 ──あの人、警戒心も強いからアイテムボックスとかよく見てる。とくにキミなんかが抜剣するために持ってると怪しまれちゃうよ。


 天高く舞い上がり、空中でミーシャが投げたアイテムボックスをキャッチする。

 居合の要領で抜き放ち。

 落下速度を乗せた最強の一撃を放つ。


 ガルデラは未だ──壁の向こうを警戒していた。


「ッこっちだ! スマッッシュ!!!!」


 光が爆ぜた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る