誰も月を見ない

さかもと

第1話:爆弾

 職場の上司のデスクに、爆弾を仕掛ける。

 その場合、起爆方法を時限式にするのか、リモートからの起爆式にするのかが悩ましいところだ。

 時限式なら、仕掛けた直後の「もうここからは絶対に後戻りできない」というドキドキ感を味わうことができるし、指定した起爆時間ちょうどに、うまく上司がデスクに腰掛けてくれているかどうか、ちょっとした運頼みになるのもスリルがあっていい。

 そう考えると、リモート起爆式の方は確実すぎるような気がして、あまり面白みがないような気もする。だが、指先一つで他人の生死を自在に操ることができるという万能感は、何者にも耐えがたい。

 まぁ、どちらを選ぶかは、追々考えていくことにして、そこへ至るまでに問題がいくつかある。

 一つは、どうやって爆弾を入手するのかということ。

 インターネットで軽く調べてみたのだが、爆薬や起爆装置を自作する方法について詳しく解説したサイトがすぐにいくつか見つかった。外国語のサイトが多かったけど、苦労して調べあげた結果、ホームセンターなどで日用品として手に入るものをいくつか組み合わせて加工することで、簡易的な爆弾のようなものは作れるらしいことがわかった。簡単に作れるわけではなさそうだが、だからと言って決して不可能なことでもないように僕には思える。

 次に問題なのは、そうやって作り上げた爆弾を、いつどうやって上司のデスクに仕掛けるかということだ。

 毎日通っている職場とはいえ、他人のデスクに近づいて、誰にも怪しまれないように、簡単に見つかることのないような場所に、爆弾を仕掛けるのは難しい。

 だが、これについても策はある。夜遅くまで残業しているふりをしておいて、僕がそのフロアで残っている最後の一人になるのをじっと待つのだ。そうして誰もいなくなったオフィスの中なら、上司のデスクに近づいてゆっくりと設置作業を進めることができる。僕の職場では、最終退出社はオフィスの入り口にあるセキュリティ端末を操作してロックをかけて帰ればよいことになっているので、最後にそれさえやっておけば何も問題はないのだ。


 そんなわけで、一ヶ月ほど前から、僕は上司の爆殺計画に取りかかっていた。

 まずは爆弾の製作だ。一人暮らしの安アパートの一室で、僕は爆弾の製作を開始していた。足が付かないように、あちらこちらのホームセンターを駆け巡って、必要なパーツをかき集めてきた。必要な物の中には、薬品類や精密機械部品など、ホームセンターで手に入らないようなものもあったのだが、それらについては、海外の怪しげな通販サイトを通じて、暗号通貨を支払うことで、あっけなく自宅アパートまで郵送で届けられた。

 さらに、それらの組み立てについても、手先の器用な僕にとっては特に難しいと感じるようなこともなく、あっさりと自作爆弾が完成してしまった。

 この、20センチ四方の小さな四角いプラスチックの箱の中に、爆弾としての威力を発揮する全ての物が詰め込まれているのだ。

「こんなもの、本当に使えるのか?」

 できあがった爆弾を目の前にして、不安に感じた僕は思わずそう呟いていた。

 本当に爆発するのか?

 うまく爆発できたとして、実際どの程度の威力のあるものなのか?

 できあがったこの爆弾を、一度テストしておいた方がいいんじゃないか?

 そう思った僕は、誰も人が来ないような場所を探して、そこで実際にこいつを爆発させてみることにした。


 次の日曜日の午後、僕は電車とバスを乗り継いで三時間ほどかけて、自宅アパートから遠く離れた田舎の山奥へ向かった。事前にスマホの地図を開いて、めぼしそうな場所を探していたので、バスを降りてからは迷うことなく目的の場所へたどり着くことができた。

 山の中の一本道から外れて、15分ほど歩き続けると、あたり一面に生い茂った木々に囲まれた場所に出た。まだ昼間なのに、太陽の光もあまり届かず、じめっとした薄暗さに包まれた場所だった。さすがに、ここまで来れば山登りやハイキング目的の人間に出くわすこともないだろうと、僕は思った。

 その場所で僕は腰を下ろして、背中に背負ったリュックから例の四角い箱を取り出した。

 箱の蓋を開けて、起爆装置のスイッチをオンにして電源を入れた。スイッチの隣のランプが黄色く光る。

 この起爆装置がなかなかのすぐれもので、スマホとブルートゥースで接続することで、スマホ側のアプリから起爆させる爆弾を指定してタップするだけで、リモート起爆することができるのだ。

 僕は周囲をぐるりと見渡すと、爆弾を設置する場所を探した。大木の太い幹が視界に飛び込んできた。僕は爆弾を片手にその木に近づくと、幹の部分のちょうど目の高さの所に工作用のテープで爆弾をぐるぐる巻きにして取り付けた。

 爆弾を仕掛け終えると、僕はその木から20メートルほど離れた。そこでスマホを取り出して、起爆用のアプリを立ち上げる。後は、画面に表示された赤いボタンをタップするだけで、起爆するはずだ。

 ここからは、木に仕掛けられた爆弾は豆粒ほどのサイズにしか見えない。けれども、爆発した時に何かの破片がこちらまで飛んでくる危険性がないとは言えなかった。僕は、できるだけ大きな木が集まっている場所を見つけてそこへ移動した。そこで腰をかがめてしゃがみこむ。

 心の中で「3……2……1……」と数えて、スマホのボタンを軽くタップした。と、一呼吸置いてズドンという腹の底に響くような音。地面を伝わって体が軽く震えた。

 僕は数秒経ってから、恐る恐る木の陰から顔を出して、爆弾を仕掛けた木の方に視線を向けた。

 白い煙が木の幹の中央部分からもうもうと立ち上るのが目に飛び込んできた。しばらくすると、その煙が上空に消えていき、爆発した幹の部分があらわになってきた。

 僕は立ち上がり、ゆっくりとその木の根元に近づいていき、爆発した部分を確認した。ちょうど木の幹が、表面から50センチほど抉られて、そこだけちょうど巨人の口で囓りとられたような形になってしまっていた。もしもこれが人間の胴体だったら、と想像すると、この爆弾の持つ殺傷能力は十分確認できたと言えるだろう。

 僕はそのまましばらく、じっと木の幹の崩れた部分を見つめていた。

 そうしている内に、いつの間にかこの木を、あの上司の姿に重ねていた。

 あいつを爆殺してやる。

 その時に、周囲に飛び散るあいつの手足や内臓が目に浮かぶようだった。

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