触手な彼氏と俺の生活。

貴津

第1話 俺の彼氏は地球外生命体

 俺の旦那は地球外生物らしい。

 らしいというのは、彼らがこの地球に来たのは何代も前の昔のことで、俺の旦那もその両親も地球生まれの地球育ちな完全な地球っ子なのだ。

 なんだかよくわからない言い伝えは彼らの間に伝承されている様だけど、彼ら自身は地球での生活に満足していて、「いつか自分の星に帰りたい!」などとは微塵も思っていないようだ。

 それに、地球に来た目的とか由来と言うのもなんだか曖昧で、宇宙漂ってたら地球についちゃった説を信じている彼氏の伯父と実は人間とは別進化の地球生物だ説を信じる彼氏の父親でケンカしてるくらいだし、彼氏の曽祖父に至っては晩年は地球好き過ぎて自分が地球外生命体であることをすっかり忘れてしまって地球人だと信じて死んでいったそうだ。

 彼らはものすごく地球が好きで、地球に住んでいることを気に入っていて、そのことに不満もなく、俺のようにあんまり物事にこだわらない人間にこっそりカミングアウトする以外は地球人ぶりっこして楽しく暮らしている。

 俺は彼らが大好きだし、好きだからこそ彼氏と付き合ってるんだけど、それでもやっぱり「この人宇宙人だ!」と思うことはたくさんあって……この物語はそんな彼氏と俺の日常をまとめてみた物語。


 まぁ、宇宙人とゲイの俺の生活ってだけで普通ではないよね。



 ぶっちゃけて言うと、俺の彼氏は文字通り人間の皮を被って生活している。

 もちろん生きてる人間から剥いだ皮ではなくて、シリコンとか合成樹脂とか地球上のテクニカル以上の何かで作られた精巧な人間の着ぐるみのようなものだ。

 それを着ると人間と区別はつかない。人間が大好きで人間の行動をよく知る彼らは、些細な仕草などもとてもよく人間をまねているので、日常生活で彼らを人間と見分けることは不可能だと思う。

 ただし、その皮を脱いでしまえば彼らは全く人間とは似ても似つかない生き物だ。

 人間どころか地球上に存在する生物の何にも属してはいないらしいので当たり前だが、下手をすれば彼らを生き物だと認識するのも難しいかもしれない。


「おい、はがね!」

 バイトから帰ってきた俺は、玄関から点々と脱ぎ捨てられている服を拾いながら風呂場へと向かう。そして風呂の最中だろうがお構いなしに風呂場のドアを開けると、脱衣所には肌色のやけに生々しい一枚がべろりと横たわっている。

 これは鋼のかぶっている人間の皮だ。手に取って持ち上げるとどの服よりもてろりとした手触りで生暖かい。

「もう! マジで脱ぎ散らかしやがって!」

 俺は脱衣場で盛大に脱ぎ散らかした人間の皮を拾うと浴室へ向かって声をかけた。

「何度言ったらわかるんだよ! 脱いだら洗濯機の上の籠に入れろって言っただろ!」

『あー、悪い。今日は暑くて気持ち悪かったからさァ、一刻も早く風呂に入りたかったんだよ』

 ぼわぼわと浴室を反響させるような声で鋼の呑気な返事が返ってくる。

「素っ裸で宇宙空間に放り出されても平気で漂えるくせに、地球の暑さくらい少し我慢しろよ」

『いやもう俺は宇宙無理だわ。地球の風呂最高。宇宙行った事ないけど。ゆいが宇宙に行くときは俺は留守番するよ』

「俺も宇宙に行く予定はねーよ!」

 脱ぎ散らかしてた服を籠に入れた後、浴室のドアを開けるとその皮を浴槽の中へ放り込んだ。皮はさすがに洗濯機では選択できない。人間のように風呂で洗うのが普通なんだそうだ。

『なんだよ、乱暴だなぁ。破けるじゃん』

 浴室の中へ入ると鋼の声はより不安定な感じの反響音の中に混じりこむ。

 浴室の中には誰もいない。誰もいないのに声は聞こえる。

 いや、いないわけじゃない。

 俺の彼氏は確かにそこに居る。

「そんな簡単に破けないだろ。ちゃんとそれも洗えよ」

 そう言ってる間にも、浴槽に浮いた皮を押しのけるように水面がぐぐっと盛り上がり始める。

 まるでCGのように透明な人間の腕程の何かがゆっくりと水面から伸び上がり、透明な触手が浴槽の縁やそれに続く壁を伝いながら浴槽から溢れてくる。

 そして、その透明な触手は器用に皮をつまみあげると、その背中辺りを探りながらもぞもぞと動き始めた。

「洗ってから被った方が楽じゃないの?」

『そうでもない。結が体洗うみたいにした方が楽だよ』

 鋼の声がぼわぼわと反響しているように聞こえるのは、この部屋全体が鋼の声を発しているからだ。鋼の本体には口や声帯にあたる器官が無いため、壁や床に這わせた触手を振動させて音を発している。

 人間の皮の中に入り込んだ後はきちんと喋っているように聞こえるのだが、それはこの皮の中に発声装置のようなギミックが入っているのだそうだ。

 そうこうして見ているうちに人間の皮はすっかりふくらみ、身長180センチ強程のガタイのいい男が浴槽の縁に腰かけている。

 すっかり人間の皮を被った鋼は少し長めの濡れた黒髪を鬱陶しそうに後ろへとかきあげて流し、俺の方を見てにこっと笑うと言った。

 その顔は日本人より少し彫が深くてハーフっぽい作りながら、優しげな眼、すっと通った鼻筋、少し厚めの唇でイケメンに分類される方だと思う。そんな顔でにこっと笑われると、これが作りものだと知っていても、ちょっとドキッとときめいてしまう。

「結も汗かいてるじゃん、おいでよ」

 その声は反響で聞いていた時よりも甘く、誘うような官能の響きがある。

「ほら」

 待ちきれない鋼が俺に手招きすると、しゅるんっとその手を伝って透明でしなやかな触手が俺の身体へと巻きついた。

「せっかちだなぁ」

 俺は服を着たまま浴槽に引きずり込まれないように少し足を踏ん張って抗いながら着ているシャツを脱ぎ始めた。

「手伝ってあげる」

 鋼もにこにこしながら次々に人の腕より少し細い触手を何本も俺に巻きつけながら器用に来ている服を剥いで行く。

 鋼の触手は本当に器用で、太い触手の先を手のひらのように細い触手に枝分かれさせてボタンを外したりファスナーを開いてくる。そして動きに続けて休むことなくにゅるにゅると服の内側へ更なる触手を入り込ませて俺の体中をまさぐりはじめた。

「あっ、もぅ……」

 触手の先が柔らかく俺の肌を撫でるたびにくすぐったいような甘い感触が走り抜ける。

 鋼の身体に何本の触手があるのかはわからない。太かったり細かったり枝分かれしたかと思えば一本に纏まったりと、かなり不定形なもので鋼の望むままに形を変えている様だ。

 そんな器用な触手が一斉に俺の身体をまさぐりはじめて、走って帰ってきた以上の汗が肌に滲み始めた。

 鋼は更に細い触手を何本も伸ばして、俺の髪をまさぐり、その中へと分け入れると直接声を頭の中に響かせてくる。

『好きだよ、結』

 甘く頭の中に直接響き渡る声が堪らない。

 マッサージされるようなやわやわとした動きと、そこから頭の中に直接響いてくる甘い声が気持ちいい。

 声に酔い始めた俺はすでに巻きつく鋼に縋るのが精一杯で、喘ぐように息する唇に口づけられてもなすがままだ。

 それを支えるようにすぐに太い触手が俺の身体を支えるように巻きついてくる。それは素早く俺を支え、閉じていた膝を開くように膝から腿へと絡みつくいたずらな触手もあれば、背中からゆったりと胸や肩へ回り込み抱きしめるように引き寄せてくる優しい触手もある。

 その肌さわりは絹のようにさらっと柔らかく、熱くも冷たくもない。

 肌さわりのいいシーツをかぶせられてゆるゆると揺すられているような心地よさだ。

『ね? 食べてもいい?』

 俺の唇に舌を這わせ繰り返しキスしていた唇が少し離れたかと思うと、頭の中にそんな声が響いた。

『結が食べたい』

 俺はとろんと蕩けたままこくんと肯いた。

『結……好きだ……』

 鋼は一心不乱に俺の体のあらゆるところに触手を這わせながら好きだ好きだと繰り返してくる。

 だけど、これは鋼にとってセックスじゃない。

 鋼たちは人間の表皮を食べる。

 それは地球上で生きて行くうえで彼らの体内で生成できない必要素を補うためのサプリメントの様なモノらしくて、人間の表皮の極一枚うわべだけを触手を使って接種している。

 人間からするとエステでやられるようなピーリングのようなもので、皮一枚そがれても痛くもかゆくもなければ、触手からにじみ出る保護成分の所為か余計な角質がペロッと無くなる所為か分からないが、肌には傷も残らないどころかつやつやと細かな傷やシミが消え始めた。

(女だったら大喜びなんだろうなぁ……)

 そんなことをぼんやりと思っていると、自分から意識を逸らしているのを察したのか鋼がより責めたてるように触手を這わせ始めた。

『二人きりの時は、俺の事だけ考えろよ』

 鋼にしてみれば食事みたいなものなのに、こんな時でも俺がその腕の中にいる限り身体だけじゃなく心まで束縛したがる。

『結、ゆい……ゆい……』

 頭の中で鋼が俺を呼ぶ声がぐるぐる響き渡る。

「はが、ね……鋼……」

 俺の呼び声に応えて、より強く締め付けてくる恋人の触手に俺はぎゅうっとしがみついた。



「ごちそうさまでした!」

 食事が終わると二人向かい合って手を合わせてぺこっと頭を下げた。

 鋼はこういうちょっと古いなと思うようなことでも人間がすることをする事をしたがる。

 もちろんあのセックスみたいな食事じゃなくて、人間姿の鋼とちゃんとした料理のある食卓を囲んでの食事の後の事。

 鋼は普通に人間の食事も食べる。

 あの皮の中がどうなっているのかはよくわからないが、皮をかぶってなくても触手の先から体内に取り込んで食事をする。

 でも、お気に入りはやっぱり人間スタイルらしくて、二人一緒にいる時以外もこういう食事をしている。外食もするし、自炊もしている。

 二人で一緒に暮らし始めてからは、お互い早く帰れる方が夕飯を作って、朝食とお弁当は俺の担当だ。

「明日のお弁当はサンドイッチでもいい?」

 二人で並んで食器を洗っている時に、翌日の相談をしたりもする。

「サンドイッチか。俺の分はマスタード多めにしてくれる?」

 そんなに広いキッチンじゃないので、二人で肩が触れ合うくらい寄り添って洗ってるんだけど、気が付くと鋼の触手が伸びて来て俺の腰に回されている。

 腰に手を回して抱かれている感覚を味わいながら、せっせと食器も片付いて行くのは便利だし嬉しい。

「新しい瓶のを開けるからきっと辛いと思うけど……それでも多めがいい?」

「辛い分には大歓迎」

「じゃあ、ハムサンドにはしっかり目にマスタード塗っとくよ」

 そう言うと、きゅっと俺を抱き寄せてこめかみのところにキスされた。

 こういうスキンシップは嫌いじゃない。

 俺もお返しとばかりに鋼の頬にちゅっと小さく音を立ててキスした。

 唇に触れる肌は暖かく、これが偽物だなんて思えないほどしっとりとしている。

 今、俺の腰に回されている触手もさっきの浴室で見せたような水っぽい透明なものではなく、少しどこか爬虫類を思わせるような薄青い表面をしていた。

 これは、俺が爬虫類が大好きでイグアナやトカゲなんかを好き好き言っているからそれに合わせて鋼がカスタマイズしている。

 表皮の色や肌さわり、湿度なんかはかなり自由がきくらしく、それこそガチッと硬く岩のようにすることも、水のようにとろんと滴り落ちるようなものにすることもできる。

 付き合いはじめの頃に初めて見たときは、まるでエロゲーの触手のような肌色ぬるぬるだったが、あまりの趣味の悪さに俺が絶対拒否したところ、こうやって好みを合わせてきた。どうやらそれは前に付き合ってたやつの趣味だったらしいことも後々判明して、いまだにあのエロゲ風触手だけは絶対拒否している。

「……そんなに嫌がるなよ」

 あのムカつく触手を思い出していたら、鋼が俺の顔をじっと見ながら呟くようにぽそっと言った。

「頭ん中読んだな?」

「……だって、結が怒ってるみたいだったから……」

 気が付くと細い糸のような触手が俺の首筋に触れている。

 多分その先は髪の毛の中へ混じりこんでいて、脳波でもとるみたいに俺の中をサーチしているんだろう。人間の技術力じゃ脳波程度だけど、鋼たちはある程度具体的に考えている事や感情を読み取れる。

 鋼は時々こうやって俺の中を探ろうとする。

 そのシステムの物凄さには感心するが、人の心を読むなんてのは感心しない。

 不機嫌な顔を隠さずにぎゅっとにらみつけると、鋼はすごすごと細い触手を引っ込めた。

「ごめん」

 そして素直に謝る。

 基本的に鋼には悪意がない。俺に関しては特にそうで、過保護で心配性な故にプチ暴走して俺に怒られるけど、それだって本当に絶対やってほしくないことはしない。この程度頭の中読まれたってなにも影響はないから俺も嫌だというのを表明したら基本許す。

「あのエロゲーみたいな触手だけは好きになれない。趣味が悪すぎる」

「……わかった」

 鋼としてはあれも自分の一部として見てほしい的な気持ちがあるらしくて、やたらと俺にあの姿を受け入れてほしがったが、俺からしてみたら趣味の悪い服を必死に着たがってるようなもんだから説得を続けている。

「俺は鋼がちゃんと好きだよ」

「……」

 鋼たちは人間の格好も人間の生活も大好きだが、やっぱり自分たちの本体である素の姿を認めてほしいという欲求が強い。鋼の祖父のようにボケてしまった場合を除いて、ずっと人間の姿で人間になりきって暮らしているとアイデンティティが侵されるのか、精神が病んでしまうこともあるようだ。

「人間じゃなくても好きだし、寧ろ人間じゃないから好きかも」

 腰に回された触手にそっと手を重ねる。暖かくてさらさらした触り心地。決して無機質な何かではない、生きているものの感触。

「こうやって抱きしめてくれるのも好き」

 躊躇いがちに手に重ねるように触手が増える。腰に回されたのとは別に細い触手が何本も伸びて来て、手を繋ぎ指を絡めるように巻きついてくる。

 鋼の本来の姿はこの触手だ。人間の皮を被った状態でも不自由が無いように見えるが、それでも何か不安なんだろう。許される限りこうして素の姿で触れて来ようとする。

「結……」

「俺はね……鋼がいいんだよ。他の人間が誰もいなくなって、鋼と二人っきりなら人間の振りなんかしなくてもいい。俺はありのままの鋼が好きだよ」

 それは嘘偽り無い俺の本心だ。

 俺だって最初から地球外生物でもオールオッケーなんていう事はなくて、最初はそれなりに怖かったし気持ち悪がったりしたけど、鋼と一緒にいるうちに鋼の中身みたいなものが好きになった。

 それからはのばされてくる触手も気持ち悪くはないし、触れ合う温かさも心地よいと思うし、さっきの食事なんかも嫌じゃないし、セックスに至っては……もう人間には戻れないかもしれない。

 俺は洗い終わった食器を置いて手についた雫をエプロンで拭うってから鋼の方へ向き直る。

 ガキの頃、お袋に大切なことはちゃんと目を見て話をしろと教わった。

 鋼の目が見えてるのかどうかも分からないけど、俺はちゃんと鋼の目を見つめて言う。

「鋼が好きだ」

「!」

 感極まったようにがばっと鋼が抱きしめてくる。もう腕だの触手だの大盤振る舞いで、これ以上ないくらいしっかりと抱きしめられる。

 俺の首筋に顔をうずめているこのイケメンは、実際顔すらない触手だらけのよくわからない生き物なんだけど、俺と同じ言葉を話して、俺と同じものも食って、俺と同じ気持ちを通わせていて、お互い大好きだ。

 もう、それでいい。それ以上何を望むことがあるだろう。

「ずっと一緒に居ような、鋼」

「……結は男前過ぎるよ」

「当たり前だろ! 俺だって男なんだから」

 笑いながら、俺にしがみつくこの地球外生命体の背をポンポンと叩いてやる。

 鋼の声は震えていて今にも泣きだしそうだったけど、それは気が付かないふりをしてやる。

 俺はこのちょっぴり情けないけど、全身で思いっきり愛情を示してくる地球外生命体を愛している。

「ありがとう……」

 ここで好きだって言えないこいつに、もっと一杯愛情をくれてやらないとなぁと内心溜息をつきながら、鋼に負けじとぎゅうっと抱きしめたのだった。


―― 続

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