第30話 BLはBeelzebub Loveの略


 こんにちは。レナウスです……何故こうなったのか‼︎穴があったら入りたい!ついでに言わせて貰えば時を巻き戻したいとさえ思っています。死ねば異世界転生出来るとも巷ではもっぱらの話題だから、いっその事東家の柱にでも頭を打ちつけて死んでしまおうか?

そんな事を考える程、僕は羞恥と後悔と混乱でいっぱいなんです。



「レナウス、こちらは?」



恋焦がれ、執拗に迫り続けてやっと手に入れた愛しの天使の手を握り、エヴァンは観音菩薩の様に目を細め、視線の先が何処かさえ分からぬ彫像の様な完璧な姿で固まるエリアリスに顔を向けた。



「僕のガヴァネス……テルメール伯爵家のエリアリス先生だよ」


「へぇ、エリアリス嬢でしたか」



エヴァンは品定めするかの様にエリアリスを眺めていた。決して貶めたくてそんな言い方をしたわけでは無かったのだが、東屋まで歩く道中ずっと泣き咽ぶレナウスがエリアリスにしがみつき『僕の優しくて大好きな先生は今の事言わないでしょ?黙ってて!特にメリーには!お願い!』と、エヴァンの胸キュンポイントを刺激し、加虐心を高める様な懇願姿が自分では無くエリアリスに向けられた事が気に食わなかった。その結果として嫉妬心からエリアリスを攻撃する様な言い方となってしまった事で、レナウスを更にエリアリス側に押しやった。

そんなエヴァンの嫉妬心など気付かないレナウスは、エリアリスの醜聞を暗に『』という言葉で言っている事に気付くとむっとした。そしてエヴァンの手を振り解きエリアリスの椅子に自分の椅子を近付けエヴァンに捲し立てたのだった。



「先生は凄いんだから!ずっと妃教育を受けて来て、マナーだって完璧だし、とっても頭がいいんだ。僕等みんな先生が大好きなんだから、そんな言い方しないでよね!」


「悪かったよレナウス。機嫌を直してくれよ」



恋は盲目。先程までエリアリスにモヤモヤとした感情を募らせていたエヴァンだが、まるでポメラニアンがキャンキャンと喚き立てる様な、整ってはいるがぱっとしないレナウスの怒った顔が自分に向けられたエヴァンは嬉しそうに眉を下げた。だが、その顔のにこやかさにレナウスは顔を引き攣らせた。



「……エヴァン、気持ち悪い言い方しないでよ」


「俺は今までだってこんなだったろ?怒った顔も可愛いな」


「うぇっ」



ぞわぞわと背筋が震えレナウスは湧き立つ吐き気から、嘔吐きながらそれを飲み下そうとお茶をごくごくと飲み干した。そしてエリアリスの腕をぎゅっと抱き締めその細い肩に顔を寄せ泣きつき叫ぶ。



「先生ぇ!何とか言ってよ‼︎」



甘え縋るレナウス。また彼の関心がエリアリスに向いてしまったと、エヴァンはぐっと奥歯を噛み締め心で毒吐く。


俺が好きだと自覚したんじゃない無いのか?


関係の無いエリアリスすら心が底冷えする様な低く威圧する声でレナウスに声をかけた。



「……レナウス」


「「‼︎」」



な、何だよ!何で僕が睨まれてるの?無茶苦茶怖いんですけど⁉︎



「君は俺の恋人になったんだ。その自覚を早く持って欲しいな?」


「こ、恋人⁉︎そ、そんなの君の勝手な言い分だろ!ぼ、ぼ、僕はまだ君の恋人になるなんて言ってない‼︎」


「へぇ……ならまた自覚してもらわないといけないな」


「な、何する気だよ!もうハグはしないからね⁉︎」


「ふふっ。思い出した?あの突発的な行為で自覚した感覚は隠し用の無い本心なんだ。君の本心は俺を求めたよ」


「むむむむむむ‼︎」


「レナウス、先生から離れて?君がそんなんじゃ先生のマナー講義は意味が無いって事になってしまうだろ?」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ‼︎あぁ言えばこう言う‼︎」


「エリアリス先生も、レナウスの躾は俺がしますからマナーレッスンは不要ですよ」


「は、はぁ。そ、そうですね……ウィリアム様にご相談致しますね」




ふざけるな!何だよ‼︎何なんだよコイツ‼︎

罵倒してやりたいのに、笑う顔の裏にもの凄い怒りのオーラが見えて何も言えない‼︎怖いよーーー!でも、エヴァンは……こんなに僕が好きなんだ……嫌な気分では……無いけど。恥ずかしいんだよ!あーーーー!


 煩悶するレナウス。そして、私は何故ここで、初めてお会いする方に威嚇されているのでしょうか?とでも言いたげなエリアリス。解けかけていた彼女のパラライシス。しかし、おかわりとばかりにエヴァンの魔王の様な冷たい目がエリアリスの身体を硬直させた。爽やかな好青年が見せる闇の狭間、そこに渦巻く物が今にも2人を飲み込もうとしている。



「エリアリス先生。恋人はいらっしゃらないのですか?」



グイグイとレナウスの椅子を自分の方へと引き寄せながら、エヴァンはカチカチに固まったエリアリスに質問する。少しでもレナウスの関心が傾く相手は早々に排除。それがエヴァンの態度で見てとれた。



「い、いえ。私など……」


「エリアリス先生はとてもお美しいお方です。男なら放っておかないのでは?」


「私の事は良いのです。一生独身で構わないと最近では思っている程で」



こんなにお堅くて、自意識の薄い彼女なら間違ってもレナウスを男として見る事は無いだろう。良くて弟止まりだ。

エヴァンはレナウスの手を握りしめている力を弱めた。そして、彼女が自分の後ろ盾となれば当主のウィリアムからの許しも得られやすいのではないだろうか、などと考えほくそ笑んだ。

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