第29話 囲って捉えて落として羽を捥ぐ所業

※BL展開話となっております。Rではございませんが、苦手な方は次話を宜しくお願いします。簡単に纏めますと、レナウスとエヴァンがくっついた。メリーへのネタ提供用でございます。











 私はレナウス様とご学友のエヴァン様が泣きながら抱き合い、何度も交わされる口付けをただ黙って見ていました。そこには、到底互いを求め合う様な雰囲気も、熱情もなく……それはまるでそうする事でしか傷を癒す事が出来ずそうしているかの様で、私まで何故か泣いておりました。遠い昔、妹が暗闇で目覚め恐怖の余り泣き叫んだ声を聞いた時に感じた【守らなくては】【助けなくては】そんな本能が疼く様な感情が私の身体を突き動かそうとしています。


 ヤキモキとしながらも、しばらく2人を見守っておりますと今度は笑い声が聞こえました。照れ臭そうに笑うエヴァン様のお顔は未だ苦しそうではありますが、どこか晴れやかでもあり……私はほっと致しました。レナウス様も笑っていらっしゃって、お2人の距離を取りつつも向き合う御姿が私にはとても暖かい物の様に見えました。



「レナウス……分かってる。男同士で恋愛なんて、恥ずかしいと思っている事も、女の子を好きになる様な気持ちにはなれない事も」


「……うん」


「でも、俺の君への気持ちだけは否定しないでくれ。本当に……好きなんだ。大好きなんだ」


「……うん」


「俺が嫌か?」


「……嫌、じゃ……ない。多分」


「多分って!くくっあははは!」


「笑うなよ!僕だってどうしたら良いか分からないんだ」


「ごめん!ごめん……なぁ、最後に抱き締めてよ」


「え?何で……また?」


「それで分かるはずだから」


「何が?」


「レナウスが俺を好きかどうか」


「いや、もう嫌いじゃ無いよ!ただ……」


「俺を抱き締めてドキドキしたら俺の勝ちだ。そしたらまたキスをするし、俺はお前を恋人だと思う事にする」


「は⁉︎ちょっと!待ってよ!何でそうなるのさ!」


「俺もこの一週間のお前の態度に傷付いたんだ。最期に試してくれても良いだろ?……お前の中に俺への気持ちが芽生えないなら、俺はお前を諦めてもう誰も好きにはならない」


「それは悪かったと思ってるよ!だけど!」


「嫌なら嫌いと言えば良い。簡単だろ?」



じっと、悲し気な瞳でレナウスを見つめるエヴァン。諦める気など毛頭無い事が傍目には明らかである。しかし、流石宰相家の薫陶を受けてきただけはあって、如何に相手を逃さず手中に収めるのかを知っている言動である。どの言葉を取っても『嫌いじゃ無い』としか言えない言い回しに、鼠ほどの脳味噌しか無い単純で可愛いレナウスはその罠に簡単に嵌ったのである。しかし、気が付けば目と鼻の先まで花壇の影に隠れ距離を詰めていたエリアリスは、出歯亀よろしく聞き耳を立て、花の隙間から2人を覗いていた。そしてエヴァンの言葉に目を見開いていた。



 エヴァン様!凄いですこの方!先程まで、私……既に絆がお有りなのだと思っておりました。ですがそうではないのですね⁉︎しかし、しかし!こんな風に言われましたら、嫌いとは言えません!

あぁ!メリー様をお呼びするべきかしら⁉︎どうしましょう‼︎



「最期のハグだから」


「うぅぅ!分かったよ……」



おずおずとエヴァンの背中に腕を回すレナウス。エヴァンもレナウスをそっと抱き寄せ、その赤く色付いた耳元に口を寄せ囁いた。



「ドキドキ……する?俺はドキドキしてるよ。分かるだろ?」



まだ大人でもないが、何も分からない子供では無い青年の低く澄んだ声がレナウスの鼓膜に響き、バクバクと響く心臓の音が自分の物なのか、エヴァンの鼓動なのか分からない程、互いが一つになった様な錯覚を覚えた。洗脳されやすいレナウスの小さな脳と、単純な心は【レナウスはエヴァンが好き】という誤った感情を植え付けた。エリアリスであっても、この色気の塊であるエヴァンに掛かれば簡単に落ちたかもしれない。一足早く14となったエヴァン。そう、まだ14なのだ。恐ろしい子である。



「側に居てよ」


「…あぅっ、あわっ!あっあれ?」


「何か分かった?」


「ひぃっ!あわわわわ!違う‼︎違う‼︎」


「何が違うんだ?あぁ……気付いちゃったんだろ」


「知らない‼︎分かんない‼︎僕は女の子が好きなんだ!」


「うん……そう、だよな。ごめん、意地悪した……諦める」



パッと離された腕、泣きそうな顔、歪む口元。

光に揺れるブルーグレーの瞳。嫌悪は無い、彼が僕を本当に思ってくれているのは分かった。でも、彼は僕を周囲の嘲笑の的にした張本人。到底許せる筈も無い!だけど、彼の苦しみが僕にも分かる。僕だって彼と同じ様な物だから……いつか強制される道を歩かないと行けないのなら、今だけでも自由でいても良いよね?

このドキドキも、何だか気持ち良い腕の中も嫌じゃ無い。抵抗する為の理由が男か女、それだけしか無くなって、それすらこのハグで意味を見出せない。


レナウスの頭と心はエンストした。



「あっ!違っ、違うけど違わない!うぅっ何だよ!何だよこれ!」



頭を掻きむしり、レナウスはしゃがみ込み唸りを上げる。受け入れたが、それを彼に伝えるには恥ずかしすぎる。でも、彼の誠意に応えたいと涙目でエヴァンを見上げ呟いた。



「そうだよ……ドキドキして、離れたく無いって思ったよ‼︎これでいいの?満足⁉︎」


「大満足だレナウス」



エヴァンはそれまでの捨て犬の様な態度を止め、レナウスの前にしゃがみ込むと、頬杖を付いてニコリと笑った。



「単純だから好きだと言えば落ちると思ったけど、大変だった。お前を落とすのは」



馬鹿だが、その言葉の意味が分からない程鈍くは無いレナウスは先程の絆された自分を恨んだ。【僕は馬鹿だ】その言葉がぐるぐると頭を占めて、まだ今なら後戻りも出来る!と勢いで挽回しようと声を上げた。



「だ、騙したの?酷いじゃ無いか!ちょっとは好きかもとかって思ったのに!せめて僕だけでも分かってあげたいと思ったのに‼︎無し!やっぱり無し!」


「無し?今更レナウスはそのドキドキを無かった事に出来るの?俺には出来ないし、これからもっと俺を好きになる筈だからさ……それに、宰相家の人間から逃げられる者なんていないんだ。諦めて」



顔面蒼白のレナウス。そしてその一部始終を見聞きしていたエリアリスはプルプルと震え、恐怖にその顔を引き攣らせていた。そして、そんなエリアリスは恋愛恐怖症になりかけていた。



 はわわわわ‼︎メリー様‼︎この方怖いです!怖いです‼︎恋愛とは角も恐ろしい物なのですね⁉︎私、一生独り身で結構で御座います!最初からこの方はレナウス様を諦めるおつもりは無かったのです!



メリーの助けを借りようと、エリアリスが後ずさったその時だった。


パキッ!



落ちていた木の実を踏みつけたその音に、振り返ったレナウスとエリアリスの視線がぶつかった。羞恥と恐怖に塗れた絶叫が中庭に響いたのであった。



「「いやーーーーーーーーー!見ないでーーーーーー!」」

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