第26話夢のお告げかも?


「兄様‼︎」


クローバーリードの店内で、メリーは腰に手を当てて仁王立ちでウィリアムを睨みつけた。

結局2時間程、公園で話し込んだウィリアムとメリーであったが、ヘイスに声を掛けられ慌ててクローバーリードの店へと向かったのだった、



「悪かった、悪かった。少し休憩がてら公園で休んでいた」


「そうならそうと連絡の一つ位!」


「申し訳ございませんメリー様!私がお話を……」


「エリアリス様の所為ではありませんわ!男性として兄様がしっかりしていないから!」


「悪かった、悪かったよ従姉妹殿」



 はぁ。こう腹を立てた従姉妹殿は落ち着くまでに時間が掛かるのだ。何か贈り物で気を紛らわせてくれれば良いが。折角エリアリス殿との幸せな時間に浸っていたのにな。



「兄様、次はありません事よ?」



ここはラブラブを見せつける所ではないのか?メリーの目は光る。そう、まるで獲物の隙を見つけたかの様である。

メリーは、すすすとウィリアムの前に歩み寄ると彼の胸に両手で触れ、その肩に頬を寄せた。



「私、1人でつまらなかったわ」


「‼︎……わ、わ、悪かった……よ?」



しどろもどろとメリーの言葉に合わせ、婚約者の振りをするウィリアム。背後のエリアリスの反応が気になる物の、怖くてその姿を見る事が彼には出来なかった。



「兄様、ここはクローバーリードよ?従姉妹殿では無く名前を呼んでくださらないと、私恥ずかしいわ」


「……はぁ」



小さくこぼした溜息を聞き漏らさないメリー。

磨き上げられたパンプスの先でウィリアムの脛をコツンと蹴った。



「メリー、君に似合うブローチを探そう」


「ふふ。兄様、素敵な物を選んでね?」



メリーの腰に手を回し、自分の対応が正しいのか、正しく無いのか。不安になったウィリアムはメリーの顔を覗き込んだ。

背後から見る2人の姿は、愛情を一身に受ける勝ち組令嬢と、婚約者に口付けをする紳士の姿の様に見え、エリアリスは慌てて顔を逸らした。


 コルセットで締め上げられた、細い腰を抱く紳士。そんな紳士を見上げ微笑む令嬢。社交界ではよく見る光景であるが、光に照らされた店内を優雅に歩く2人の姿と、まるで側仕えの様に付き従う己の姿にエリアリスはモヤっとした物が心を覆うのを感じた。

本当ならば、自分の隣にはウィリアムの様に優しいかもしれかった第二皇子が立っていた筈なのに、何故自分は愛に包まれて幸せを満喫する2人を見つめているのだろうか?そんな事をまさか自分が思うなどとは思ってもみなかった事に、エリアリスは驚きと共に少し悲しい気持ちになった。



「兄様、今ここで見せつけるのです」


「……私の汗腺が爆発しそうなのだが?」


「ならばいっそ脱いでみては?」


「笑える」


「ふふ。さぁ、私に似合う物を選んでくださいませ」



こしょこしょと、互いの耳元に口を寄せ、引き攣った笑み、皺の寄った眉間でお互い睨み合う様に見つめ合った。これはある種の戦いなのだとウィリアムはメリーの腰をグッと引き寄せ、更に耳元に唇を近付け囁く様に苛立ちを吐き捨てる。



「えぇい、さっさと選ばぬか!サインをだせ!」


「右から3つ目、コレをエリアリス様に贈りなさいませ!」


「従姉妹殿のはどれだ!」


「奥のブラックダイヤ」


「はぁっ⁉︎」



こ、コイツ!ここぞとばかりにブラックダイヤだと⁉︎採掘量の少ないブラックダイヤを買わせるとは‼︎



「……オーナー。あれとあれを出してくれ」


「畏まりました」



無表情のまま、ウィリアムの横に立っていたこの店のオーナー、サイファンをウィリアムは呼びつけると、商品を指差した。そして、サイファンの取り出したブローチを手に取りメリーの胸元に当てた。



「……些かまだ若い君には似合わぬかも知れんなぁ?」



こんな馬鹿高い物をメリーに買い与えるだと?エリアリス殿へならいざ知らず、無駄となるのに何故買ってやらねばならぬのだ!従姉妹殿、お前には瑪瑙で十分だ!



「まぁ、そんな事ありませんわよね?エリアリス様!」



急に声を掛けられたエリアリスは戸惑った。確かに、ブラックダイヤはメリーにはまだ早い様に思えた。しかし、そこは大人な対応のエリアリス。貶す事はしなかった。



「とても良くお似合いでございますよ?ですが、メリー様にはこちらのピジョンブラットのスタールビー。こちらなどお似合いかと」



金額も、希少性もブラックダイヤと同等の物を指差したエリアリス。ウィリアムは朗らかに微笑む物の、それですらブタに真珠だと内心では毒付いた。



「私はこちらも似合うと思うぞ。私の瞳と同じ色だ……アイスブルーのアクアマリン。これはどうだ?」



引き攣る笑顔で、ウィリアムはそれを手に取るとメリーの胸元に当てがった。



「私の色は嫌か?」



その一言を言われて終えば、エリアリスに見せつける為の芝居を成功させるには頷くしかないメリー。口元をヒクつかせながらメリーは微笑み頷いた。



「確かに、兄様の色ですわね」


「そちらも良くお似合いですわメリー様」



今までメリーに負け続けていたウィリアム。やっと一勝か、そんな事を思ったが、やはりメリーの方が一枚上手であった。



「で、も!兄様の色でしたらこちらの方が近いわ。これをお願いね、サイファン」



メリーはベニトアイトが埋め込まれている花のペンダントを指差した。

ブラックダイヤの二倍の値段はするであろうその宝石を選んだ彼女を、流石のウィリアムも驚いた顔で見つめた。


 ウィリアムがサイファンと話をしている間、メリーはエリアリスと共に店の2階のサロンへと向かった。ゆったりと座れるソファに腰を下ろしたメリーは、ここぞとばかりに従者に持たせていた紙袋からウィリアムの為に購入した小道具を取り出した。



「兄様の好きなものばかりなの。マナー違反ではありますけど、皆で戴きましょう?」



綺麗に包装された菓子の箱から、焼き菓子を取り出し皿に取り分けられた菓子。そして、メリーはテーブルの真ん中にコトリと丸い壺の様な瓶を置いた。



「其方は何でしょうか?」


「これ?これは兄様の大好きなコンフィズリーよ」



蓋を開けてメリーは一粒摘むと窓から差し込む光に透かす。

半透明の飴の中には真っ赤な木苺が艶やかに照らし出された。



「それは‼︎」


「?」


「あ、あの!そのコンフィズリーはどちらでお求めに?」


「え?……この店の裏にあるパティスリーですけど、何か?」


「そのお店の職人は男性ですか?」


「え、えぇ」


「あの!私……少しお側を離れても宜しいでしょうか?」


「え?如何なさったの?」


「もしかしたら……もしかしたら。私が探していた方かも知れないのです」



パタパタと走り出し、エリアリスは階段を駆け降りると店から飛び出して行ってしまった。唖然とするメリーだったが、慌ててヘイスに後を追う様に指示すると自身も一階へと駆け降りた。


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