第24話 エリアリスとウィリアム
貴族御用達のブティックや雑貨屋が立ち並ぶロンファン通りを、ウィリアム、メリー、エリアリスと従者、執事が歩いていた。こんな大人数でゾロゾロ歩けば普通、迷惑とばかりに冷たい視線を浴びるところだが、そこは貴族。誰も何も言わず道を開ける。そんな人の波の引いた道をウィリアムと腕を組みメリーは歩く。
「兄様、それで?」
「それで、とは?」
「昨日エリアリス様と朝デートしたんでしょ?」
「あれをデートと言うのなら従姉妹殿の策には不安しか無いな」
昨日、ウィリアムとメリーは明け方の談話室で2人他愛もない事を話した。エリアリスの良く分からない肉体改造希望の話から、お互いの生活における不安など、答えの出ない話ばかりをした。そして、会話の続かなくなった2人はどちらからともなく席を立ち、部屋へと戻ったのだった。
「もー!本当に意気地なしね?兄様」
「放っておけ……下手な事をして信用を失う位なら良き雇主としての立場のままで良い」
「馬鹿ね。そんな事言って、エリアリス様に恋人が出来たなら悔やむ癖に」
「‼︎」
エリアリスの隣に立つ男の影を想像するウィリアム。土曜日の、賑わう街中の喧騒が何故か大きく聞こえる程、ウィリアムの心は冷えて行く。何だかんだと言い訳をしても結局メリーの言う通り、自分には意気地が無いのだとウィリアムは溜息を吐く。
「兄様、この先のクローバーリードの店にペンダントを予約しておいたわ。それをエリアリス様に買ってあげるのよ?」
「ペンダント?」
「そう。私へのプレゼントを選びつつ、これがエリアリス様に似合うと渡すの。良い?自然にね!店のオーナーにはそれとなく兄様に渡す様に伝えてあるから」
「分かった……で、従姉妹殿はどうするんだ?」
「私は明日のレナウスのお茶会用の服を受け取りに行ってくるわ」
「あいつ大丈夫なのか?」
「私達が囃し立てすぎたわ。可哀想にお医者様から点滴を受けてる所よ」
「あいつも男らしくないな。嫌なら嫌だと断れば良い物を」
それが簡単じゃ無いから苦しいんじゃない。断りたいけど、傷付けたい訳じゃない事をどう伝えれば良いのかレナウスは分からないのよ。兄様同様、不器用この上ないのよね。
「ハリオル家の令息ですもの。下手な断り方は出来ませんわ」
「この事に家柄や親の立場は関係ないだろう」
「そうもいかないのが学生ですわ」
大通りの十字路に差し掛かり、メリーはブティックに行くと言ってウィリアムとエリアリスと別れ、従者を伴い人混みに消えた。
うぅ!ドキドキする。エリアリス殿と2人で宝飾店!彼女は嫌ではないだろうか?
「エリアリス殿、さぁ行きましょうか」
「はい。ウィリアム様」
ウィリアムの二歩背後を歩くエリアリス。ウィリアムは色々と思い悩んだが、振り返ってエリアリスを見つめた。
なんて事無い。ただ歩くだけなのだから、隣に来て欲しいと言えば良い。
「エリアリス殿、人混みに紛れぬようこちらへ」
手を差し伸べるウィリアム。
白の手袋に、軍服では無く黒のスーツを着た彼は紛れも無く高位貴族の風格があり、深目に被るハットから見えるブルーの瞳がエリアリスを捕えた。普通なら、おずおず、しずしず、どぎまぎ。と言った擬態語が令嬢の心の内を表す所だが、流石マナーの鬼エリアリス。ニコリと微笑み一歩前に進むとその手を静かに押し戻した。
「……そうだな。流石にマナー違反であるかな?」
「左様でございますね。私の立場は執事と同等でございます。肩を並べる事は許されませんわ」
その言葉に、ウィリアムは空や街並みを見渡した。何かが吹っ切れた気がした。
「今日は休日。エリアリス殿もガヴァネスは休みだ。貴族である事も、礼儀も、男女の違いも忘れて一時、私と……街を歩かないか?」
よく頑張ったウィリアム。一進一退の煮え切らない心を捨てる事にした彼は蛇顔故か一皮剥けて、新生ウィリアムと言って良い程自然体でエリアリスの心に向き合った。
私が、私である事には理由が必要でした。伯爵令嬢、皇子妃候補、ガヴァネス。それらを忘れたら、私の存在はどうなるのでしょうか?ウィリアム様は何を思ってこんな事を仰ったのでしょう?違いを忘れて歩く……ウィリアム様は周囲の目は気にならぬのでしょうか。ですが、何故でしょう?ウィリアム様と一緒なら気にならない気がするのです。
『俺の所に来て欲しい』
夢の中の誰かの言葉を、改めて手を差し伸べるウィリアムの穏やかな顔を見て思い出したエリアリス。何も考えず楽しんでみたい、そう思った彼女はその指先を静かに握った
「……仰せのままに」
クローバーリード宝飾店までは真っ直ぐ行けば100メートル程だが、ウィリアムは向かいの道を横切るとカフェや花屋の並ぶ道を歩いた。そして公園入り口に着くと振り返った。
「ヘイス、メリーにはゴーリアスの店で待つ様伝えておいてくれ」
「畏まりました」
頭を下げ、2人を見送る執事ヘイス。『お二人だけで大丈夫ですか』などと言う野暮な事は言わない空気の読める執事ヘイス。心の中では、『マジか、やるなウィリアム様』などと思っていた。
数日前のウィリアムなら、この先を考え右往左往しては、間抜けな姿をエリアリスに見せていた事だろう。しかし、ウィリアムは腕を組むエリアリスの手に手を重ね、茜色に色付く街路樹の下を歩いた。
「エリアリス殿、美しいな」
木々を見上げ、ウィリアムは静かに声をかける。
「どの季節も美しいですが、今日は格別に美しく感じます」
「そうだな」
まるでこの世界にウィリアムと2人きりの様な、周囲から隔絶されたような静かな時間。世界の美しさに包まれ満たされた気持ちになったエリアリスは、手の平から伝わるウィリアムの熱を不思議な気持ちで感じていた、
何故でしょう?殿方とこの様に歩く事を以前ならば受け入れる事など無かったでしょうに、今はこのままウィリアム様と歩いていたいと思うのです。暖かい手、ずっと触れていて欲しい。
「エリアリス殿、今の生活は……楽しいか?」
「ふふっ、えぇ。とても楽しいです。メリー様は快活で頭の回転が早くお話していてとても楽しいですし、レナウス様は学ぶ事にとても貪欲でお教えしていてこちらも刺激になります。それにアナスタシア様はいつも私を気遣ってくださりお優しい方です」
「そうか、迷惑を掛けていないのなら良かったが」
で、次は私か?
貴方の中で私はどの様に映っているのだろうか。
「ヘイスさんも色々と教えて下さり、頼れる兄上。と言った感じですね」
……なん、だと。私は⁉︎
「それに」
それに‼︎来たっ‼︎
「公爵家のお食事が美味しくて」
まさかの料理‼︎エリアリス殿‼︎私を忘れているのか⁉︎
「ですが、やはりウィリアム様の優しい御心遣いが一番嬉しくあります。皆様に私が気負わずガヴァネスとして働ける様、言い含めて下さったと伺っています……この様に働く者に気遣って下さる方はいませんわ。ウィリアム様にガヴァネスとして御招き頂けた事が、人生で一番の幸運でした」
‼︎‼︎
生きていて良かった‼︎
諦めなくて良かった‼︎ありがとうエリアリス殿‼︎
ありがとうメリー‼︎好きなだけ本でも宝石でも買ってくれ‼︎
喜びが隠せないウィリアムは、子供の様な笑顔をエリアリスに見せた。
釣られて微笑むエリアリス。もう、これは恋人として成立していると言って良いのでは無いか?そうウィリアムは浮かれた。
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