道化達のパーティー

第22話 夜と朝の間に ウィリアムの葛藤

 昨晩の従姉妹殿とのやり取りで、私は些か鬱憤としていた。何か良からぬ策を講じようとしているのは分かっていたが、彼女の享楽でエリアリス殿を弄ぶ様な事はしたく無かった。確かに私はエリアリス殿をお慕いしている。日々、その姿を家で見る度に、報告を受ける度に彼女の真摯な心に、姿に心奪われていた。だが、従姉妹殿の日記を読んでからという物、意気消沈しているのも事実。彼女が私のことを知らぬ様に、私も彼女の事を何も知らない。この想いはただの幻想なのか?そして、私の様な者が彼女に懸想するなど……あってはならぬ事なのでは無いかと思った。


 時を遡る事約6時間前。階段を登り、メリーをエスコートしながらもウィリアムはメリーに釘を刺す様に囁いた。



「おい、彼女を無視して振り回す様な事はやめてくれ」


「あら、酷い言い方ですわ」


「何をするつもりなんだ」


「何って……」



何を思っているのか、ウィリアムには見当も付かない。ただ、いやらしく笑うメリーの策が発動しようとしている事だけは理解していた。その策を自身も知らなくては、下手を打ってしまう。そうウィリアムはメリーに詰め寄る。



「私には言ってくれても良いだろう!」


「あら、兄様に言いますと緊張して失敗するでしょ?」


「詳細は言わずとも良い……だが何をしようとしているかだけは教えておいてくれ」


「……兄様。デートですわ、デート!」


「彼女と2人でか?」


「それはまだ早いです。私と兄様と彼女の3人で、ですわ」


「何故だ」


「まずは男性との関わりが楽しい物、嬉しい物だと思う事。ここからです。なので、兄様は私をエスコートしつつエリアリス様と街ブラして頂きたいの。途中私抜けますから」


「‼︎」


「良いですか、その時、私の為のプレゼントを選ぶのを助けて欲しいとエリアリス様に頼んで下さいね」



階段を登り切り、メリーの部屋の前まで行くとウィリアムはメリーの腕を掴み引き寄せた。



「メリー」


「はい?」


「まさかと思うが、お前……ただ単に物が欲しくてエリアリス殿をダシに使うつもりではなかろうな?」



あり得る。多いにありえる!



「はぁ……兄様。私、自分の欲しい物は自分で手に入れたい性分ですの。何を馬鹿な事を言っているのです?いい加減に本気になって貰わないと困るのですけど」


「……お前の日記の所為だ」



その事を持ち出されると、メリーは何も言えなかった。ぐぬぬぬ、と口をへの字に曲げて、メリーは目を閉じた。



「あれは……私からみた兄様です。けれど、エリアリス様から見た兄上は違うと先程お分かりになったでしょう?エリアリス様は兄上の事、悪くは思っていませんわ!このまま距離を縮められれば……気付いて貰えると思うのです」



「本当に彼女は私の事を……お前の様には思っていないと思うか?」



何かを拗らせると、こうも卑屈になる物なのか。メリーはうんざりとしつつ、エリアリスの部屋の方へ視線を向けた。



「兄様。2人はとても良く似ていると思うのです……卑屈で、ネガティブで、外を知らない……互いに外見や中身を気にし過ぎていますわ。直感を感じる余裕も無い程に」



何と無く、メリーの言う事がわかる気がした。

私も、彼女も己を曝け出す事を恐れている。しかし、一体どれ程の人間が本音を、感情を、欲望を素直に曝け出せると言うのだろうか?


 ウィリアムはシャワーを浴びて寝支度を整え、床に就くとどうするべきなのか考えた。


 月明りがカーテンの隙間から射して机の上の薔薇を照らしている。たった一輪、その光の中で輝く姿が、皇城で初めてエリアリスを見た時を思い出させた。



「直感か」



ならば、私の全ては彼女と出会ったあの時に決まったのだ。

何としても欲しい、あの決して折れる事の無い花を。



「エリアリス殿、貴方に触れたい」


⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


 くと、思っていたが!まさか!たった6時間でこうも実行に移してしまうとは!私の手が彼女の腕を掴んでいる。そのペリドットの瞳に私が映っている‼︎ふぐっ‼︎可愛い、美しい、可愛い!!髪を下ろした姿も良い‼︎ミルクティーの様な柔らかなブラウンヘア、月明かりの下でも分かる薄紅色の頬……これはイカン!まるで花の精ではないか!


すっぴんで、櫛を通していない髪。寝起きの重たい瞼に少しカサついた唇でさえ、恋に盲目となっているウィリアムには美しく見えるのか、気にならなくなるのか、全てが美しく見えていた様だ。



「エ、エリアリス殿⁉︎」


「ウィリアム様!!」


 私は寒かろうと、室内に誘い話をした。彼女は夢見が悪く目が覚めてしまったと言った。何か不安な事でもあったのだろうか?彼女が幸せな夢を見て眠れたら良いが。何か、そうだな……彼女の心が軽くなれる様な事を言ってあげられないだろうか。

そんな事を考えながら、暖炉に火を灯し彼女に向き合うと、彼女は唐突にこんな事を言い出した。


『ウィリアム様の様になれますでしょうか?』


は、は?どういう事だ……。私の様にとはどういう意味であろうか。しかも、私の肉体の様になれたら誰かを守れるか……とは⁉︎んん?本当に意味が分からないぞ。



「な、何があったのか私に教えては貰えないだろうか」


「いえ、もしも私に誰かを守れる様な力があったなら……【私なんて】そんな事を思わずにいられたのでしょうかと」



いや、筋肉と精神的不安の解消にはなんの繋がりも無いと思うのだが。

彼女は筋肉があれば何事も解決できると思っているのか!ちょっと待ってくれ……ど、どうしたら良いんだ。

どう言ったら正解なんだ。きっと、自分を肯定するのに必要なのは勇気なのであって、肉体ではないぞエリアリス殿‼︎



「肉体は関係無いと思うが……もしも、エリアリス殿が思う様な力が今の私にあったとして……い、今の私もエリアリス殿と同じように不安にさいなまれている」


「ウィリアム様も、不安に思う事がおありなのですか?」


「あぁ。不安ばかりだ……私は、私は…本当の気持ちすら言えず、そのくせ欲しい物から目を逸らせずにいる。そしてその反応ばかりを気にしている。そんな心の弱い人間なのだ」



貴方が欲しい、そう言えたなら。


本人を目の前にして、ウィリアムは想像した。

今、彼女の瞳に映るのは自分ただ1人。好きだと伝えたなら、彼女はどうするだろう。



「ウィリアム様、その様な事はございませんよ。まだこのお屋敷に勤めまして日は浅くはございますが、ウィリアム様はとてもお優しい方だと思いました。従者となんら変わらぬ私にも敬意を払ってくださる……そんな貴族はおりませんよ?」


「そ、それは!」



奥歯まで出掛かっている【貴方が好きだから】という言葉を、今吐き出すべきか、飲み込むべきかウィリアムは拳を握り締め考えた。だが、急いては事を仕損じる、そんな言葉が脳裏を掠めた。やはり、ヘタレはヘタレのままに、ゴクリと想いを飲み込んだウィリアム。



「それは……貴方にはずっとここに居て頂きたいからだ」



そう、もし私が想いを伝えたなら彼女はきっとここを出ていくだろう。そして、私は彼女が居なくなっても想い続けるだろう。それは辛すぎる。ならば、何も言わず……良き雇主であった方がまだましだ。



「ウィリアム様、私には勿体無いお言葉ですが、とても嬉しく存じます。私も、出来る事ならばずっとお屋敷で勤めさせて頂きたいと思っております」


「ありがとう。エリアリス殿」



登り始めた朝日に照らされた2人の顔は、どちらも苦笑いの様な笑顔だった。



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