第11話 深夜の家族会議


「レナウス、アナスタシア、メリー……私は夢を見ているのだろうか」


僅かでも、私の想いがレナウスの誤爆により彼女に届いていると思っていた。しかし、彼女のあの反応……どう考えれば良い?想いに気付きはしたが、これからのガヴァネスとしての生活を思えば知らぬ存ぜぬを押し通した方が良い。その様に彼女は思ったのだろうか?いや、あの喜劇の様な午餐の中で、どう考えれば私が彼女を想っていると思うだろうか?きっと、我々も緊張していたのだろうと捉えてくれているかもしれない!


 ウィリアムはそんな事を自問自答しながら、父親の隠し酒を壁とキャビネットの隙間から取り出すとグラスになみなみと注ぎ、一気に飲み干した。

己の熱い想いに気付いて欲しい。だがまだ気付いて欲しくない。そんな揺れる男心がウィリアムの胸を締め付けていた。



「兄様、私……思ったのですけど」


「なんだ」


「エリアリス様って、11歳の頃から妃教育を受けて来られたという事は……同年代の異性と碌に会話した事も無ければ流行りのロマンス小説も読んだ事がないのではなくって?あの方、全く気付いて無かったわよ」


「さぁな、だが……そうであっても少しは気付いてもよさそうなのだが」



 最高の自分を見てもらう為に新調したスーツを脱ぎ棄て、最高級のワックスで撫で付けた髪をぐしゃぐしゃと崩しながらウィリアムはソファの背もたれに頭を預け目を瞑った。

そんな落ち込む兄の姿に、誰よりもレナウスが落ち込んでいた。



「兄上、ごめんなさい。僕が慌てて話してしまったから」


「レナウス、お前の所為ではない。私が……もう少し女性の扱いが上手ければ、もっと彼女と話が出来たのだ」


「はぁ。兄様達落ち込み過ぎじゃないかしら?」



項垂れる兄二人を、オレンジジュースを飲みながらアナスタシアは見上げ溜息を零している。そう、どの様な状況でもアナスタシアが一番落ち着いていて、精神年齢が高かった。


 はぁ。馬鹿みたい。初対面な上、エリアリス先生はガヴァネスとしてこの家に来る事を決めて来たのだから、最初からその様な目で兄様を見るはずがないじゃない?妃教育を受けて来た。それだけで彼女が我欲を通す人では無い事が分かるわ。色恋など二の次三の次で、国政に関わる妃として教育を受けて来たのだから、兄様がいくらアピールしても今の先生には届かないわよね。私も浮かれてたのかなぁ?そんな事に今更気付くなんて!



「そうは言うがアナスタシア。私は……明日からどの様にエリアリス殿と接すれば良いのか分からない」


「兄様、作戦よ!作戦!今からでも立て直せるわ!」



落ち込む二人を鼓舞するかの様に、メリーはローテーブルに身を乗り出しウィリアムとレナウスの手を握った。しかし、昼間エリアリスにフルボッコにされた二人はメリーの考えに乗り気になれなかった。



「メリー姉様、また失敗すると思うわ」


「まぁ!その様な事は無くってよ!女参謀としてこのままでは負け戦だわ!」


「ねぇ、兄様、メリー姉様。気負わず少しづつ関わりを持って仲良くなる事が先決ではなくって?初対面で男として見てくれとか、好きだ!なんて言われても無理だわ。だって先生はやっとしがらみのある生活から解放されたばかりなんだもの……」



まさかの正論に、メリーもウィリアム、レナウスは言葉を失った。決して公爵家の面々は直情的でも、後先考え無しでも無いのだが、浮かれ過ぎた結果勝手に落ち込んでいた事に気が付き、各々我に返った気分であった。



「私は……想いさへ伝えれば向き合ってくれると。まだ想いを受け止めてくれなくても、気持ちを知った上で私と接してくれるのではないかと勝手に思っていた。はぁ……11歳のアナスタシアに諭されるとはな」



憂いを帯びたウィリアムは、今までのイケメン特訓の中で見せたどの姿より格好良く見えた。

オレンジのランプの明かりを反射するグラスの光が、その色気を醸し出す目元を照らし、無造作に揺れる金の髪が男前度を2割程アップさせていた。その姿に、レナウスやアナスタシア、メリーは思った。



初めからその表情が出来ていたなら、イケたんじゃね?



「でも、エリアリス様って色恋沙汰を知らなさすぎでは無くって?いくら仲良くなっても、結局行き着く先は、良くしてくれる【雇い主】だわ!ならやはり、兄様と私が婚約者同士として彼女に恋愛相談をして、恋とは、愛とは何かを教えて差し上げた方が良くなくって?」



アナスタシアは、また要らぬ事を。そう思ったが、確かにこのままで仲良くなっても恋愛対象としてウィリアムを見る事は無い様な気がした。

それに彼女はまだ16歳。レナウスのガヴァネス、アナスタシアとメリーのマナー講師という華々しい経歴があれば、彼女との婚姻は公爵家との繋がりにもなる。それならば、いくら没落寸前の伯爵令嬢とは言え、縁談は途切れる事なく舞い込む事は想像に難く無い。



「我々も恋愛に疎いのだぞ……誰1人恋人すら居た事が無いでは無いか」


「「……」」



レナウスは昼間の失態に落ち込んでいたが、やはりウィリアムには幸せになって欲しい。そう願った。



「それでも、少なくとも誰かに恋をした事はあります。兄上、もう一度頑張ってみませんか?僕も学校に居る婚約カップルを見て勉強しますから!」


「そ、そうですわ!私だって恋愛小説を片っ端から読んで勉強致しますわ!」


「えー……もう流れに任せるで良いんじゃ無い?それか、対外的に婚約しましたって嘘吐いとけば先生に手を出す貴族は居ないんじゃない?」



やる気みなぎるレナウスとメリーとは対照的に、アナスタシアは眠気から適当な反応をしていた。確かに、夜中の一時まで思考を働かせる事は11歳の彼女には辛かっただろう。だが、余りにも冷たい言い方にレナウスが噛み付いた。



「これから兄上が毎日こんな悩みを夜中まで相談して来るかも知れないんだよ?アナスタシア!それでも良いの?もっと親身になってよ!」


「おい!レナウス!おまっ!」


「確かに。それは困るわ!なら決めましょ!」


「「何を?」」


「恋愛がなんたるかを教えるのが先か、兄様の素敵な所を教えるか!」



深夜の妙案ほど、失敗となる事をまだ彼等は知らない。

だが、眠気と戦う弟妹、従姉妹は即決した。


「「恋愛‼︎」」

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