第8話 メルロート公爵家という名の劇場


 ごきげんよう、皆様。

父様よりも厳しくて、父様よりも優しい。そんな格好良い自慢の兄を二人も持つ公爵令嬢こと、私。アナスタシア・メルロート11歳です。

既に長兄のウィリアム兄様や次兄のレナウス兄様の愚痴……いえ、呟きにてご存じだと思うけれど、我が家は大変な事になっています。急に父様が居なくなったり、メリー姉様が突如として兄様の上官、テルッソン指導教官の様になってしまったり。とても楽しい毎日です!


 そもそも、ウィリアム兄様の一目惚れが原因の騒ぎなんだけれど、ここに来て兄様は尻込みしています。その理由は、【兄様の婚約者役】をすると言ったメリー姉様の言葉みたい。それに、メリー姉さまはいくつかの指示を兄様に出しました。これを聞いた兄様はまるで顎が外れた猫の様な顔をしていて、私はその顔を思い出すだけで……ぶふっ。コホン。で、その指示というのがこれ!



1、爵位を引き継いだ事は、当日エリアリス様との会話のきっかけの為に取っておくこと。


2、裏で手を回し、破断させた事は墓場まで皆持っていく事。(まさか使用人達全員から血判まで貰うとは思いませんでしたわ)


3、弟、妹思いを全面に出す事。


4、週に一度エリアリス様と進捗確認の為に昼食を二人で取る事。

(私達、どれ程スパルタを受けるのか怖いです。一週間で成長って)


5、毎日朝、昼、晩。挨拶をして、変わった所を都度都度褒める事。


6、目が合えば必ず微笑む事


7、メリーとは相思相愛。溺愛が過ぎて束縛あり。博士課程へと進む事をきっかけに険悪、婚約解消。慰めるエリアリス様に絆される。場合によっては作戦の暴露はしない!



他にも事細かな指示がありましたが、ざっとこんな感じだったかしら?


 でも、私……これって問題がややこしくなるフラグだと思います。

本の中だと、きっと当家に来て下さったエリアリス様は、これらを実行した兄様の優しさに触れ恋をする。でもそこにはラブラブの婚約者。好きなのに、好きになってはいけない人!でもやっぱり好きぃ!大好きぃ!そんな苦しむ私を見つめる彼……キュン★お願い……見つめないで!もっと貴方に恋してしまうから!


『エリアリス嬢……本当に私が好きなのは君だ』


『嘘ですわ。公爵様にはメリー様という素敵な婚約者様がいらっしゃるではありませんか』


『彼女は私を傷付けた。そこを癒してくれたのは君だ!そうさ!私はずっと君だけを見ていたんだ!』


『え!!そんな!そこまで私を想っていて下さったなんて!嬉しい……実家まで救って下さった上、私の事を気遣いガヴァネスにして下さっただなんて!……好きっ!大好きぃ!超好き!』


『エリアリス嬢!』


『ウィル……と、お呼びしても?』


『もちろんさエリー』


『ウィル』


『エリー』


『ウィル』


『エリー』


……endless。



と、なる事が前提のストーリーだと思うのですが、お妃教育を受けた才女でもある伯爵令嬢エリアリス様がそう簡単に他家に心を許す事も、兄様に恋心を抱く……何てことも無いと思いません?あまつさえ、婚約者が実は嘘で、気を引くためにやった……何てことを知れば、普通『え、キモくね?どんだけ自意識過剰なんだよ』ってなると思うんです。それを知らなくても、現実でこんな事があれば、気持ち悪さ満点です。メリー姉様も、なんだかんだ言って深窓の令嬢である事には変わりなく、読み漁った恋愛小説を元にした浅知恵なのだと思うと、私……なんだか三文芝居を見ている気分。



「兄様、恥はお捨てになってね?」


「いや……だが……」


「兄様!その程度の想いなのですか?」


「ち、違う!本当に私は彼女が好きなのだ!だがっ……流石に……」



さて、この二人が何をしているかと言うと。

鏡の前で笑顔と、ナイススタイルに見えるポージングの練習。

確かに、妹としてのフィルターを外して見たウィリアム兄様は、寝落ちした蛇みたいな顔のイケメン一歩手前のお顔立ちの上、無愛想だもの。少しは愛想良い顔が出来なくては、怖がられても仕方がないわ。それに、やはり……公爵=スタイル抜群超絶美形一族。なんてイメージをみんな持っているわよね?当然そんな事ないわ。ですが、そのフィルターが無ければ恋して貰えないのも事実。

ウィリアム兄様も、レナウス兄様もイケメンのカテゴリの端っこには居るかもしれないけれど、センターには遠いから。まぁ、そのセンターの美形というのも見たくない物から目を逸らした結果だとは思うけれどね。ですが兄様!……カテゴリのセンター目指して頑張ろ!



 ついに、明日エリアリス様が我が家へお越しになります。ドキドキが止まりません!兄様を骨抜きにしたご令嬢とはどの様なお姿なのかしら?まだデビュタントを迎えていない私はエリアリス様とお会いした事がないので、想像は膨らみつ続けています。


 そうだ、歓迎の印に何か贈り物をしようかしら!花束が良いかしら……でも当家に住むのだから、花は邪魔よね?捨てるに捨てられませんし。なら……お菓子など如何かしら?最近とても美味しいお菓子屋さんが出来たとクラスメイトが言っていました!そこで何か買ってみようかしら?


そして、私が側使えに出かける準備を、そう言った時でした。



「兄上!頑張って!明日までにもう少しお腹に筋肉を付けなくては!」


「こ、これ以上か⁉︎」


「目指せ8パックです!」


「なっ!」


「彼女に認めて欲しいのですよね?そんな身体でどうやって認めて貰うのです!兄上、磨きに磨きを掛けねば後々後悔しますよ?後でサロンに行って、服も新調致しましょう!自己暗示です!兄上はイケメン!冷徹溺愛系の超絶イケメン!目があった女性は皆落とす!兄上はイケメンなんです!さぁ!ご一緒に!」



『俺はイケメン‼︎』



……。駄目ですわね。

完全に方向性が斜め上……いえ、突き抜けて何処かに行ってしまってます。



「ユル、学園街までお願い。ショーヤードストリートの新しいお店まで行きたいの」


「畏まりました、アナスタシア様」



さて、どうなるのかな?

この芝居、きちんと幕は上がるのかしら。




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