第4話 少しの感傷ーエリアリスの決意 / 当家の裏側ーレナウスの溜息
先程振りでございます。エリアリス16歳、零落しておりませんがそれに準ずる立場となり、公爵家のガヴァネスとなる事になりました。
「こんな豪華なお部屋が私のお部屋で良いのでしょうか」
実家の私の部屋など、この公爵家からしてみればきっと馬小屋の様に見える事でしょう。
ここに準備された家具や調度品は、誰かの為に設えられたかの様に一点物ばかりでございます。
繊細で美しい細工が施された化粧台。同じ工房で作られたのでしょうか、衣装棚やローテーブル、机に椅子までもが同じ細工が施されています。
この細工の花は、薔薇でしょうか?私の知る薔薇よりも茎が長く……丸みとふくよかなその姿は可憐であるのと共に、凛とした姿がとても美しいです。誰を想って公爵様はこの部屋を準備されたのでしょう。誰かを想って揃えらたこの部屋を、私が使用させて頂いて宜しいのか……とても混乱しています。
「ふぅ……きっと。亡き公爵夫人を想って設えられたのでしょうね。深い愛を感じます」
確か、公爵様には一回り下の奥様がいらっしゃったと記憶しております。
皇帝陛下の妹君様でしたね。お名前はミレイヤ様。お会いした事もございませんが、ご挨拶申し上げたいと存じます。
「私、エリアリス・テルメールと申します。奥様の残されたご子息様、お嬢様方に私の様な者が教えを与えるなど……難しい事かもしれません。ですが、精一杯務めさせて頂きます……お部屋は、大切に使わせて頂きます」
まだ誰も使った事の無い様な、傷一つ無い机の天板をエリアリスは一撫ですると、スカートの裾を軽く持ち上げカーテシーを以て哀悼の意を示した。
だが、エリアリスはまだ知らなかった。
この部屋そのものが、エリアリスの為に設えられた部屋であった事を。
「エリアリス様。皆様、揃われましたのでご準備をお願い致します」
「はい。今参ります」
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公爵家の面々は緊張していた。誰に緊張しているのか。
それは先日当主となったばかりのウィリアムに対してであった。
「あ、兄上……その……この作戦ですが」
次男のレナウスは、恐る恐るウィリアムを見た。
プラチナゴールドの長い髪、濃紺にも思える深い青の瞳。一文字に結ばれた薄く形の良い唇は、今にも冷酷な一言を発しそうで、声を掛けたレナウスであったが、すぐに後悔した。
「作……戦……だと?」
凍てつく様な眼差しを向けられたレナウスは、震えながら、膝の上に置かれた固く握りしめられた拳に視線を落とし、口を噤んでしまった。
「レナウス……お前が言ったのだ。後悔すると」
「はぃ」
言ったけど!言ったけどさ……こういう事じゃないんだよ。兄上……これじゃ上手く行く物も上手く行きっこないじゃないか。はぁ……。
あ、初めまして!僕、メルロート公爵家次男。レナウス・メルロートと申します!
王立学園中等科2年の13歳です。得意な科目は歴史と科学、好きな食べ物はチェリーパイ!どこにでも居る学生です。見た目は……まぁ普通ですかね?父譲りの金髪に碧眼。字面だけだとイケメン、もしくは天使系!?なんて思われるかもしれませんが、普通です!髪は天パでぐりぐり。目はタレ目で奥二重、そばかすもあるので、ご想像を盛り上げる様な容姿ではありません!ごめんね?
ですが、兄上は母上の血を色濃く引き継いでいるので、かなり良い線を行っていると思います!まぁ、巷の小説や女性達に人気の絵画集で言うなら、冷徹溺愛系ですかね?仕事は出来るし、頭も良い。まぁそんな尊敬目線を含んでのイケメンですから、もしかしたら皆様からすれば『普通』と思われるかもしれません。ですが、僕の自慢の兄である事は変わりません。そんな兄上ですが、ちょっと……いや、かなり困った事になってます。
「父上。私に家督を譲って下さい」
「え……何を言っているんだ馬鹿息子よ」
「一目惚れ致しました」
「いや、だから……何を言っているのだお前は」
「彼女を私の妻にしたく存じます」
「んん?すまんな、息子よ。父はお前が何を言っているのかが爪垢程にも理解できんのだがな」
そんなやり取りを、兄上と父上は先月の初めに致しました。
夕食の席でそんな事を兄上が言い出したので、僕も妹も……従姉のメリーも驚いてしまいました。メリーに至っては、驚きの余りキャロットグラッセを喉に詰まらせて窒息死する所だったんです。
普段は厳格を装う父も、この時ばかりは素が出ていました。
兄上、好きな方が出来たのは喜ばしい事ですが、流石に健在である父上に家督を譲れというのはちょっと。そう、思いました。ですが、兄は本気だった様でした。
「先日……陛下との騎士団再編成について話をしに参りましたが。その際、名も知らぬご令嬢にお会いしました」
「嘘!名前もわかんないのに、結婚したいとか。しかも、この父に隠居しろって言ってるの?父さん怒りを通り越して呆れてるんだけど」
「ですが、もしかしたら陛下の側室となる方なのかもしれないと思いまして」
「側室?そんな話は聞いてないけどなぁ」
「私が見た限り、3度程後宮から出て来た所を見ました…」
「んん?後宮に出入りって事は、側室じゃなくて妃教育を受けてるご令嬢なんじゃないのか?」
「妃……教育ですか?」
「そうそう。今ならモンフェルノ家のロゼッタ嬢と、テルメール家のエリアリス嬢かな。でも、ロゼッタ嬢は婚姻式の日程が決まっているから、後宮から出る事はない……そうなるとテルメールのエリアリス嬢か?」
「テルメール伯爵家のエリアリス嬢……」
「皇妃に嵌められて借金背負わされたモントール・テルメールだよ!あーー!なる程、ご令嬢のエリアリア嬢か!そうか、そうか!彼女に一目ぼれ……え!?彼女に一目惚れしちゃったの?」
父上と兄上はそんなやり取りを食卓でしておりました。
しかし、あの兄上が一目惚れとは。一体どれ程美しい方なのでしょうか?
兄上は、隣国ヨルドレセンの至宝と名高い、レミリア様からの度重なる結婚の申し込みも、すげなく無視する程恋愛にも、結婚にも興味がありません。もう25歳ですから、結婚だってしていておかしくはありません。
ですが、何故父は兄上がそのご令嬢を見初めた事に驚いているのでしょうか?
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