第41話 もしかして、看病してくれていたのか?
時刻はまだ早朝のようで、窓からは柔らかい朝日が差し込んでくる。体はまだ動かせそうになかったので、視線だけで室内を見回すと、ここはフリストル市にある病院のようだった。
そこでふと、ベッドサイドのレニに気づく。
レニはベッドの脇に伏せっていた。どうやら寝ているようだ。
「……もしかして、看病してくれていたのか?」
あのレニが、まさかオレの看病をしてくれているとはなぁ。
なんだか成長した娘を見ているような気分になってきた。
とはいえ、今がどういう状況なのかよく分からない。多頭雷龍を倒したところまでは覚えているのだが。
だからオレは、気絶したあとの状況を確認するために、残機の経験を引っ張り出すことにした。
「……なるほど。あのあとすぐにギルドが軍隊を編成したのか」
どうやらオレは、数時間は多頭雷龍と戦っていたらしい。
フリストル市に常備軍は存在しない。まぁ冒険者が兵士といえなくもないが、常に数人のユニットで行動しているので軍隊と呼べるほどの組織力はないだろう。
だから非常事態下においては、ギルドが冒険者を束ね、ギルドマスターが総司令官になる。そのとき初めてギルド軍と呼称されるが、その軍をわずか数時間で編成するとは。さすがはやり手のミュラさんといったところか。
しかし……今回に限って言えば、その手際の良さはむしろ裏目に出かねなかったな。オレが、多頭雷龍の討伐にもう少し手こずっていたら、その戦闘に巻き込まれて、多大な犠牲が出ていただろうから。
何しろ、自我が薄いとはいえレベル40の残機たちが、10万体前後は討ち死にしているのだ。それ以下の冒険者が集まったところで、たぶん出来ることは何もなかった。
いずれにしてもオレは、多頭雷龍を討ち取ったあとに気絶して、その後、残機たちは事後処理をしていた。
オレの治療は元より、マグマと化した戦場跡を冷却したり、多頭雷龍の魔力を吸収したりしていたところで、冒険者たちが進軍してくる気配を察知して、残機たちは、蜘蛛の子を散らしてダンジョンの奥へと消える。
ただし準本体が一人だけその場に留まり、物陰に隠れて様子を観察していたので、オレはその後を知ることが出来た。さすが準本体なだけあって、オレがやっててほしいことをしっかりやってくれる。指示しなくても仕事が出来るなんて、さすがはほぼオレ自身だ(自画自賛?)。
そして冒険者たちが大空洞にやってきて、消えきっていない多頭雷龍の死骸と、気絶したオレを発見したようだ。
驚いたのは、レニも来ていたことだったが。
「お前……なんだってあんな危ない場所に……」
準本体は遠巻きに見ていたから、レニがどういう様子だったのかまでは分からなかったが泣いているようだった。オレを心配してきてくれたということなのだろうか? あの臆病で怠け者なレニが……と思うと、その心境が分からなくなってくるが、心配という以外に思い当たらない。
その後オレは、回復師の応急処置を受けてから、タンカーで運ばれていった。レニとレベッカもそれに付き添って出ていく。
それからは、冒険者たちが大空洞内を探索するが、煙がなくなれば見渡しもよくなる。多頭雷龍が出現したこと以外に、とくに変わった状況を発見することも出来ず、冒険者たちは引き返していった。
そこまでが、準本体が確認出来た状況だった。
その後、残機たちは手持ち無沙汰になったので、ダンジョン探索に明け暮れている。回収出来るのは本体であるオレだけだから、オレは呪文を唱えて残機たちを回収した。今の残機たちは、あれほどの死闘を戦い抜いたのだ。せめて亜空間に帰してやりたかった。
もっとも、残機が亜空間に戻るとリセットされるから──というより経験が均一化されるから個体の経験はなくなる。オレ自身も、どの残機と共闘したのか見分けがつかなくなるからねぎらっても意味ないのだが、そこは本体であるオレの気分といったところだ。
ちなみに身体生成はその場にいないと出来ないが、その回収は遠隔でも可能だった。回収は、残機たちの所在地を経験共有で把握できるからによる。
ということでオレが残機を回収し終わったところで、個室の扉がコンコンとノックされた。オレが答えるとガチャリと扉が開く。
入ってきたのはレベッカだった。どうやらレベッカも看病してくれていたらしい。
「ジップ、目が覚めたのね……!」
「ああ、今し方な」
「よかった! あなた、三日間も寝ていたのよ……!」
「え? まぢか……」
一晩寝ていただけのつもりだったが違ったらしい。オレが驚いているとレベッカが聞いてくる。
「調子はどう? 痛みはまだある?」
「少し熱っぽい気がするが、痛みはないよ」
そう答えてからオレは起き上がろうとしたが、すると腹部に刺すような痛みが走って思わず呻き声を上げた。
「ダ、ダメよ! まだ動いちゃ……!」
「どうやら……そうらしいな。オレの怪我ってどの程度なんだ?」
「重症だったのよ。腹部に受けた傷がとくに酷かったけど、それ以外にも両手両足を骨折していたわ」
被弾して吹き飛ばされたとき、その勢いで折ったとは思ったが、まさか手足が全滅だとは思わなかった。相当な勢いで飛んだようだな。戦闘時は手足を動かしていたつもりだったが、どうやらまったく動いていなかったらしい。
布団が掛けられているので見えないが、今、オレの両手両足はギプスと包帯で雁字搦めになっているのだろう。どうりで動かせないわけだ。
とはいえこの異世界であれば、治癒魔法により一週間もあれば骨はくっつき、二週間もあれば全治すると思うが。折れ方にもよるけど。
ってかそもそも、オレの場合は死んだら全回復するし、後遺症があっても治るのだが……戦闘時ならともかく、さすがに平時でそんなことする気にはなれないな。
そんなことを考えていたら、レベッカが話を続けた。
「でも安心して? 幸い、骨折は綺麗に折れていたってことだから、後遺症が残るようなことはないって。食事はお腹の傷が塞がってからだから、一週間くらいは点滴だそうよ」
「そうか……まぁ腹に穴が開いているんじゃ、空腹も感じないだろうしな」
ひとまずは後遺症がないと聞いてオレが安堵のため息をつくと、ベッドサイドがモゾモゾと動く。レニが起きたようだ。
「よう……レニ。おはよう」
起き上がることも出来ないオレは、顔だけをレニに向ける。
レニは、寝ぼけ眼でぼーっとすることしばし、やがてその両目が大きく見開いた。
「ジ、ジップ……!」
「おう、オレだ」
「い、生きてるの!?」
「人を死んだみたいにいうな。動けないけど生きてるよ」
「ジップぅ〜〜〜〜!!」
「あ、レニ!?」「ちょ、待て──!?」
レベッカとオレが制止をかけようとするが間に合わず、レニがオレに飛びついてくる。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ──!」
だからオレは、ウシガエルの泣き声のような悲鳴をあげるのだった。
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