第7話 まさに裏ワザであり、チートであり、つまりはズルだ

 18年前、女神様にもらった胡散臭さ満載の本は、そのすべてが真実だった。


 いま思えば、あれは魔法書だったのだろう。オレが授かった裏ワザとやらは、この異世界では固有魔法と呼ばれているものなのだ。


 そしてオレの固有魔法は間違いなく規格外だと思う。固有魔法を吹聴したり、あるいは詮索したりは禁止されているから、他の人間と比べたことはないが。


 しかし比べるまでもないほどに3つの裏ワザ──固有魔法は便利かつ有用だった。


 その1つ目は『残機無限』という魔法だ。派手な攻撃魔法でもなければ、凄まじい強化魔法でもなかったが、この魔法にはとんでもないポテンシャルが秘められていた。


 何しろ残機、、無限、、なのだから、どんだけ死んでも生き返る。もはやこの世のことわりをガン無視していると言っても過言ではない。


 だがオレは、この異世界に生まれてから18年間、死んだことがないので、この残機無限の恩恵にあずかったことはない。しかし確かに、自分の残機が無限にあることは感じられていた。


 例えるなら、オレにしか認識できない亜空間に、オレの肉体がずらっと無限に並んでいるような感じだ。具体的に思い浮かべるとちょっと怖いが……


 そして本体であるオレが死んだら、オレの魂はただちに、ストックされた残機に移り変わって生き返るというわけだ。


 しかも、この魔法を一度も使っていないのに、つまりまだ根拠がないというのに『使える』という確信があるのだから不思議なものだ。五体満足の人間が『歩ける』ことを疑わないように、オレも、死んでも残機で生き返ることを疑えない。


 しかしこの残機無限だけでは、たんに生き返られるようになっただけなので、魔法書に書いてあったような最強とはいいがたい。


 そこで残り2つの魔法が活きてくるという寸法だ。


 2つ目の固有魔法が『身体生成』で、残機無限の補完的な魔法となる。これは、ストックしてある残機を現世に生み出せる魔法なのだ。一言でいえば、自分のクローンを作れると言っていい。


 そして生み出した残機は、オレの意志に沿って行動することが出来る。行動の精度はレベルによって違ってくるのだが、今のレベルだとこんな感じだ。


・オレ自身とまったく同じように判断し、会話なども可能な残機……10体。

・単純作業をこなすだけの残機……1万体前後。


 自分と同じように判断する残機は、本体であるオレが常にウォッチする必要があるので、あまり多くは生み出せない。とはいえ10体もの残機を無理なく同時操作するのは凄いと思うが。例えるなら、10コのゲームを同時プレイするようなものだ。


 単純作業をこなすだけ──例えば、ただひたすら戦うロボットのような残機でいいのなら、その数は実に1万体にもなる。現状では1万体が上限だが、こっちの身体生成はまだ伸び代がありそうで、レベルが上がればもっと生み出せるだろう。まぁ……自分のクローンが1万体もいるのはいささかゾッとするが。


 ようするに身体生成のおかげで、残機のデットストック化を防げるということなのだ。


 そして最後の固有魔法が『経験共有』。これは身体生成の補完魔法といったところだ。


 この魔法は、文字通り本体と残機の経験を共有できる魔法で、身体生成している間は常時展開させられる。


 例えば、オートで動かしているどこかの残機が新しい技能を身につけたのなら、その技能は、本体はもちろん、1万体の残機全員に共有できるというとんでもない魔法だった。この経験共有がなければ、例え1万体の身体を生成できたとしても、そこまで有効な運用は出来なかっただろう。


 ということでオレは、以上3つの固有魔法を転生時に授かっている。まさに裏ワザであり、チートであり、つまりはズルだ。


 オレは、これまでにもこのズル魔法を存分に使っていたし、そしてこれからも惜しみなく使うつもりでいた。


 何しろ、これからいよいよ、大手を振って冒険者になれるのだ。


 これまでにもダンジョンには残機を出入りさせていたのだが、いかんせん正式な冒険者ではないので、魔獣を倒しても、まったく持って報酬が支払われない。


 冒険者は、魔獣からせしめた魔力を売買することで収入を得るのだが、その売買は許認可制なのだ。ダンジョンへの出入りを管理することは実は難しいのだが、だからこそ、魔力の換金を許認可制にしておけば、ダンジョンに侵入する意味がなくなる。ダンジョンで魔獣討伐したってお金にならないからだ。


 こうすることで、血気盛んで未熟な若者が先走らないようにしているのだろう。オレは、固有魔法があるから先走りまくったが。


 その結果、換金は出来ずとも戦闘経験だけは豊富になっていた。


 だからまったく同じやり方で、オレ本体は安全なフリストル市内に身を置いて、残機でパーティを作ってダンジョンに乗り込もうとしていたのだ。


 そうすれば、残機がどんだけやられてもオレへのダメージはない。経験共有が共有するのは、あくまでも経験だけで、痛覚等は共有されない優れものなのだ。


 感覚的に言うならば、まるで映画でも見ているかのような感じだ。映画内で、キャラがどんだけ撃たれようが、斬りつけられようが、オレはいたくも痒くもない──まぁ、あんまりグロテスクな映像を見せつけられたら幻痛を感じるかもしれないが。


 しかもそれでいて、映画内のキャラが習得した技能は、観客に過ぎないオレに共有されるという、トンデモ現象が起こる。見ているだけでスキルアップ出来るだなんて、日本でこそこの魔法が欲しかったよ……


 だがしかし。


 これが、生身のパーティと組むとなると、話は180度変わってしまう。


 考えてみて欲しい。


 レベッカとパーティを組んで、オレが向かわせたのが残機だったとする。


 経験共有により、残機の強さは本体と同等ではあるものの……万が一にでも、そこで全滅の憂き目にあってしまったのなら……


 オレは、レベッカが惨殺される様子を遠隔で眺めているだけという事態になってしまうのだ……!


 そんなの、オレの精神が保たない。保つわけがない。


 オレは、固有魔法を授かっただけの凡人なのだ。精神強度は、日本にいたときとなんら変わらない。さっき、偉そうにもレベッカに説教したのだって、固有魔法の優位性があったからなのと、生前のおっさん根性が滲み出てしまったからだ。


 その性根は、争い事や痛い事はなるべく避けたいだけのニッポン人なのだ。18年たった今でも。


 ということで、レベッカに残機だけを差し向けるなんて論外だとしても、じゃあ本体が同行するとどうなるのかというと……


 もしも戦闘で、敵の攻撃を受けたら……めっちゃ痛いのだ……!


 残機無限で生き返れるにしたって、痛いものはイヤなのだ!!


 レニじゃないが、オレだって冒険なんて出たくないんだよ本当は……いやまぁ、だからレニに今一歩のところで強く出られないってのもあるんだが。


 なにしろレニの気持ちが、それこそ痛いほど分かってしまうからなぁ……


「……はぁ。なんだって、こんなことに……」


 食っちゃ寝してても最強になれるっていうからこの異世界に転生してきたのに、いや、確かに怠けながらもレベルアップに励むことは出来るのだが、どうしてか、回りが放っておいてくれない。


 たぶん、今のオレなら冒険者ギルド自体に匹敵するほどの戦力を有していると思うのだが……それを説明するのもままならない。


 いや……もういっそ、固有魔法のことをぶっちゃけてしまおうか?


 しかしなぁ……そうすると、下手すれば都市追放だからなぁ。


 この異世界では、固有魔法の吹聴が禁止されているわけだが、その理由は、オレが転生する以前まで遡る。


 数十年前、固有魔法を脅威と感じた魔人が、固有魔法を保有する人間を討つために、都市一つを灰燼に帰したのだという。


 それ以来、固有魔法の吹聴・詮索は厳罰に処されるのだ。下手したら流刑といって、都市を追放されかねないほどに。


 ちなみに使用もかなり制限されていて、絶体絶命のピンチにでもならない限り使ってはならないとされている。だからオレは、隠れてこそこそ使うはめになったわけだが。


 オレは、女神様から「救世主になって欲しい」的なことを言われたわけだしな。都市の制度に従って固有魔法を眠らせていたのでは意味がないわけで。


 だが固有魔法を持つオレでも、都市追放はさすがにまずい。都市の外には食い物さえないのだから、いかに固有魔法があったとしても飢えて死んでしまう。


「……仕方がない。出来る限り、敵の攻撃は避けるしかないか……」


 帰り道の途中で八百屋のドンクさんからキャベツを買うと、オレは陰鬱な気持ちを引きずったまま、自宅前までやってくる。家を出るとき、レニに「レベッカを止めてくる」と言って出てきたから陰鬱なのだが……


 説得はほぼ不可能だとは分かっていたのだが、オレの腰にレニがすがりついてくるものだから、そう言わざるを得なかったのだ……


「さて、と……レニにどう説明すっかな……」

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