第6話「救出」

 奴隷少女が起きたのは、日が沈みかけた夕方近くになってからだった。


「んぅ……」


 上半身を起こして目を擦る少女。


 一言、可愛い。


 ミャルとは違った保護欲を掻き立てられる可愛さだ。


「おはよう」


 俺の声に飛び退く少女。


「わ、わたし……」


 どうやら警戒しているようだ。


「襲ったりしないから安心しろ。それより、風呂に入れ」


「ふろ?」


 お湯は沸かしておいたので直ぐに入れる。


 風呂場に行って入り方を教えてやったが、ポカンとして理解出来ていない顔をしていた。


 仕方ない。


「俺が見本を見せるから、それ通りにしてくれ」


 服を脱いで風呂に入る手順を見せる。


「どうだ? 出来そうか?」


「やってみます!」


 意気込んだ少女がボロ切れを脱ぎ出す。


「ま、待て! 今出るから!」


 慌てて出ようとしたら困った表情で見つめられる。


「見ててくれないんですか?」


 うーん、仕方ない……。


 胸も膨らんでない少女に興奮などしないが、前世の倫理観が心を突っついていた。


 湯船に浸かって見守る事になった。


 ボディタオルにボディソープを付けてゴシゴシ。


 大丈夫そうだ。


 それにしても垢が大量だ……。


 きっと不衛生な環境だったのだろう。


 次は頭を濡らしてシャンプーでゴシゴシ。


 これも問題なし。


 最後は湯船に浸かる。


「ぷふぅ~」


 分かる。


 思わず出ちゃうよね。


 二人で暖まって風呂を出る。


 タオルで頭と体を拭いてさっぱり。


 さて、このままボロ切れを着せる訳にもいかないしな。


 DYで子供服を購入。


 花柄のパジャマを着せてやった。


 ちょっと大きかったが、子供はすぐに大きくなると言うしな。


「わぁぁ」


 嬉しそうでなにより。


 湯冷めしないように、ホットミルクを飲ました。


「おいしい!」


 口に白い髭つけちゃって。


 可愛ゆす。


「ニャアッ」


「いだっ」


 私はどうなんだとミャルがパンチしてきた。


「お前も可愛いよ」


 ゴロゴロ鳴いてやがる。


 可愛いやつだ。


 どっちも可愛い。


 そう言えば名前聞いてなかったな。


「名前教えてくれるか?」


「ごじゅうさん」


 なんだそれ……五十三って、ことか?


 推測するに今まで扱ってきた奴隷順だろう。


 こんないたいけな少女を物みたいに……。


 くそっ、なんか腹立ってきた!!


「奴隷になる前の名前は?」


「言いたくない……」


 辛かったんだな。


 名前を捨てたいぐらいに。


「俺が名前を付けても良いか?」


「うん……あ、はい」


「良いぞ普通に喋って。俺はそんな事で怒らん」


「名前、付けて!」


 何が良いかな。


 一生使っても恥ずかしくない名前が良い。


「胡蝶蘭って花があってな」


「こちょうらん?」


「そう、花言葉は幸福。幸福が飛んでくる事を願って――君の名前は"蘭"だ!」


「ラン……可愛い!」


 気に入って貰えたようだ。


 これで俺も名付け親か。


 子供の名付け親になれるなんてな……。


 ちょっと感慨深い。


「それで蘭……どうしてここに来たか教えてくれるか?」


 蘭は少し戸惑った顔をした後、たどたどしくも事情を話してくれた。


 かいつまんで説明すると、口減らしに奴隷として売られた蘭は、奴隷村にやって来た。


 奴隷村とは、ダンジョンと雪山の間にあった例の村だ。


 そこで買い手が付くまで保管される。


 買い手が付いた者は出荷されていく。


 奴隷は主に少女。


 今もあの村には買い手を待つ三人の奴隷少女が残っているらしい。


 生活は死なない程度に扱われる雑なもの。


 飯も残飯。


 便所はその辺。


 毛布などない藁の上で寝るだけ。


 聞いているだけで腸が煮えくり返ってくる。


 くそっ、絶対ぶっ殺す。


 とりあえず表情には出さないよう。


 冷静を装って続きを聞く。


「今日、私だけ買い手が付いたから運ばれてたの。それで縛ってた紐が痩せたせいで緩んでて……」


「隙をついて逃げ出したんだな」


「うん……」


「今も村に他の子がいるんだな?」


「うん、いる」


「村に大人の悪い奴らが何人いるか分かるか?」


「分からない……小屋に押し込められてたから」


 大体事情は分かった。


 後は助けに行くだけだ。


「よし、行ってくる」


「え……?」


 キョトンとした表情の蘭。


「蘭の他に捕まってる子達を助けてくる」


「本当に? おじさんが?」


 あ、名前を名乗ってなかった。


「悪い、名前を聞く前に名乗るもんだよな。俺は楽人だ」


「ラクト……ラクト様! みんなを助けて上げて!」


「様は要らんが、とりあえず了解した。ミャル、蘭を頼んだぞ」


「ミャアッ!!」


 力強い鳴き声を聞いた俺は家を出た。


 ミャルなら安心して蘭を任せられる。


 それじゃ、いっちょ飛んでくか。


 最近習得した風属性の飛行魔法で真っ暗な上空へ飛び上がる。


 まだ完璧には程遠いが、とりあえず一定のスピードで飛んでく位は出来る。


 残った子供達は三人。


 背中に一人。


 両脇に二人抱えればギリいける筈。


 ミャルみたいに低燃費で扱えないので、行って帰ったら20000DYぐらい消費しそうだ。


 まあ、20000で子供達を救えるなら安いもんよ。


 上空から奴隷村を確認。


 微かだが、炎の揺らめきが見える。


 それを目指して飛んでいく。


 夜の空は寒い。


 凍えないよう、子供達を包む毛布を用意しよう。


 五分ほど上空を飛行して目的の村へ到着。


 小屋が三つ。


 ボロの家が二つ。


 少し大きめな家が一つ。


 村というには小さい。


 外にいる人影は二つ。


 夜の見張り番か。


 焚き火を囲って酒を飲んでいる。


 背後からそっと近づく。


「しっかし、いつまでこんな辺鄙な所にいりゃ良いんだ?」


「ホントだぜ。町に帰ったら娼婦でも買っ――」


 二人の顔を氷漬にした後、足も逃げられないように氷漬。


 じたばたしていたが、数分でお陀仏だ。


 自分がこんな冷酷な事が出来るようになるとはな……。


 異世界に来て感覚が変わってしまったのかもしれない。


 それでも良い。


 今大事なのは子供達を救う事だ。


 二人が息絶えた事を確認して次の場所へ移る。


 三つある小屋を周り子供達が居ないか確認。


 最初の二つは空っぽで、最後の小屋に小さな人影を発見した。


 みんな痩せ細った小さな体を寄せ合って寝ていた。


 きっと起きているだけでお腹が空くから、日が落ちたら寝てしまうのだろう。


 とりあえず子供達を確認出来たので、他の場所も確認しに行く。


 早く助けてやりたいが、万が一他の場所にも子供達がいたら最悪だ。


 ボロの家二つは男達が二人ずついた。


 みんな酒を飲んでいる。


 いい気なもんだ。


 最後に少し大きめな家を覗く。


 ここには大柄な男が一人で寝ていた。


 ボスか?


 まあ、どうでも良いか。


 どうせ殺すし。


 周囲を確認出来たので、子供達がいる小屋へ行って外鍵を壊して中へ入る。


 俺が入ってきても気づかない。


 少し衰弱しているのかも。


「……だれ?」


 お、一人起きた。


 銀髪で耳が尖った少女が力なく起き上がる。


「静かに。助けに来た」


「たすけ?」


「ああ、金髪の女の子も助けて保護してる。一緒に来い」


 俺の言葉を聞いた少女は、暗かった瞳に少し光が戻ったような気がする。


「他の子も……」


「安心しろ。一緒に連れてくから起こしてくれ」


 ホッとした顔をした銀髪少女は、他の子を優しく揺り起こしていた。


「どうしたの……?」


「何事」


「助けがきたのよ。みんなで逃げよ」


 銀髪少女と同じく微かな光が瞳に灯る。


「俺は楽人だ。さあ、これにくるまれ」


 今度は最初から名乗っておく。


 蘭と同じように、この子達も名前を付けるようだろうか。


 その時は、素敵な名前を付けてやろう。


 自分と三人に安全帯を購入して装着。


 全員を繋いで落ちないようにした。


「出発するぞ。しっかり捕まってろよ」


 上空へ上がると、俺の体にしがみつく子供達。


 銀髪の子は背中、他の二人を両脇に抱え奴隷村から脱出した。


 上空を安全飛行。


 三人抱えているので、来た時より少し遅そくなってしまったが、無事に家へたどり着く。


「さあ、降りて良いぞ」


 家の前で三人を下ろすと、玄関を開けて蘭が出てきた。


「みんな!」


 四人の少女が抱き合い無事を喜ぶ。


 なんて尊い光景なんでしょうか。


 三人を家へ上げ、飯を食わせた。


 みんながっつくがっつく。


 お陰で台所と居間を何回往復した事か。


 その後はお風呂タイム。


 この家の先輩である蘭がレクチャーして風呂に入れてくれた。


 ちょっと偉そうに教えていたので面白かった。


 お風呂上がりは蘭と同じパジャマを着て、ホットミルクを飲んでいた。


 みんな白い髭を付け笑い合う。


 良かった。


 彼女達の笑顔が見れて。


 人数分の布団を買って寝室に並べる。


 安心したのか、眠るのは早かった。


 結局一つの布団に体を寄せ合って眠る彼女達を見ていたら、自然と顔がニヤけてしまう。


 記念にパシャり。


 俺も寝たい所だが、最後にやる事がある。


 ミャルに留守を頼み、もう一度奴隷村に向かう。


 村に着いたら、仕上げ前のチェック。


 本当に他の子供達が居ないか念には念を入れて隅々まで確認した。


 もちろん、クズどもは各個撃破。


 最後に大柄の男の元へ向かう。


「おい、起きろクズ!」


「あんだよ……なんだお前?」


「お前がここのボス?」


「だったらなんなんだ!」


「ここには三人の奴隷にした子供達がいたな」


「それがどうした」


「三人以外に奴隷はいるのか?」


「あ? 今日出荷して三人になったばかりだ。他にも是非欲しかったね。お前、もしかして奴隷商か?」


「違う」


「ちっ、だったら何者だ!」


「お前を粛清する者だ」


 手に炎を出して脅しをかける。


「魔法!? あんた貴族か!?」


「だったら?」


「俺達はバロンズ伯爵の手先だ! 俺達に手を出したらタダじゃ済まねえぞ!」


 虎の威を借る狐め。


「そうか。とりあえず他の子供達が居ないなら用はない」


「はっ、分かりゃ良いんだ」


 ボスの家を離れ上空へ上がる。


「タダじゃ済まねえのはお前らだよ」


 奴隷村を土魔法の壁で囲う。


 軽い地響きでクズどもが外へ出てきた。


 こっちを見てなにか叫んでるがどうでも良い。


 さて、フィナーレだ。


「紅蓮のメギドッッ!!」


 同じみになった最高火力を誇る火の魔法を、壁で囲った村へ放つ。


 壁があれば他には燃え移らないから安心だ。


 心おきなく燃えてくれ。


 灼熱の青い炎が奴隷村を一瞬で灰へと変えた。


 痛みは一瞬だった筈。


 一瞬で死ねただけありがたいと思いやがれ。


 少し溜飲が下がったのでさっさと帰る。


 家へ着いたら風呂に入ってクズ達の臭いを洗い流した。


 少し疲れたので、居間に布団を敷いて今日はもう寝る。


 ミャルが横に来てくれた。


「おやすみミャル」


「にゃぁ~」


 彼女達に幸せな明日が来ることを祈り、眠りについた。

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