何もない廃墟にて
秋空夕子
第1話何もない廃墟にて
当時、大学生だった私は友人二人と共に、動画配信を行っていました。
しかし、配信を行っている大多数がそうであるように、私たちがいくら動画を投稿しても再生回数は一桁で、反響と呼べるものは何もありませんでした。
私たちは毎日、どうすれば動画を見てもられるか頭を悩ませましたが、一向に良いアイデアが浮かびません。
その日も、撮る動画の内容を話し合っていたのですが、これというものはなく、すっかり停滞していました。
「なあ、廃墟に行ってみないか」
そんな中、友人のAがそんなことを言い出したんです。
「廃墟?」
「そうそう!俺、この前偶然見つけたんだよ。ほら、ホラー系って結構人気じゃん」
「どんなところなんだよ」
「すげー大きくてさ、多分前は病院だったんだと思う。廃墟を回る動画とかもあるし、受けるぞきっと!」
Aの言葉にもう一人の友人Bも乗り気で、「そうたな」と同意を示していましたが、私は内心乗り気ではありませんでした。
というのも、私はホラーが苦手だったのです。
しかし、それを二人に知られるのも恥ずかしく、結局は何でもない顔で廃墟に行くことに同意しました。
その日のうちに三人でその廃墟へと向かったのです。
Aが案内した場所は住宅街から離れ、人の姿がほとんど見えない寂れていて陰気なところでした。
廃墟は大きな建物で、かつては多くの人が行き交っていたのでしょうが、今は窓ガラスが全て割れていて、壁にはいくつもひび割れがあり、外から覗ける床には瓦礫やガラスの破片などが散乱していました。
「おお、すごく雰囲気あるな」
「だろ? ここなら絶対再生数稼げるぞ」
二人はそんな会話をしながら廃墟を物色するが、私はもうその時点で恐ろしくてたまらず、とても中に入ることなどできませんでした。
「ごめん、俺怖いから無理!」
そんな私の言葉に二人は呆れた様子を見せました。
「おいおい、ここまで来てそれはないだろ」
「そうだぞ。もう少し頑張れよ」
二人の言うことは最もでしたが、それでも私の心は変わりませんでした。
「本当にごめん。代わりに動画編集は俺が全部やるからさ」
私が必死に頼み込むと、二人とも仕方がないといった様子で了承してくれました。
その後、二人は廃墟の中へと入っていき、しばらくすると戻ってきたのです。
本人たちは、特に変わったものはなかったと肩透かしを食ったような感じでした。
渡された動画の編集を行う間、私は廃墟内の映像を何度も観ましたが、確かに普通の廃墟でどこにも異常は見当たらずこんなことなら自分も一緒に入っておけばよかったと少し思いました。その時は。
こうして投稿された動画ですが特に何も映ってないこともあり、それまでの動画童謡反応もほとんどなく、次は何を撮ろうかと友人たちと相談していたのですが、結局これ以降動画が撮られることはありませんでした。
Aと会えなくなったんです。
家の事情で大学を中退したとスマホに連絡があったのですが、それにしたって普通顔ぐらい見せるものでしょう。
でも、それ以降Aと連絡をとろうとしても、なぜか繋がらないしメッセージを送っても返信はなかったのです。
実家など知らないし、事件性も特にないので私とBはモヤモヤを抱えつつも日々を過ごしていました。
動画投稿もAが発起人だっただけに自然消滅という形になりました。
それから数ヶ月ほど過ぎた頃でしょうか、Bからこんな連絡がきたのです。
「なあ、あの廃墟に行ってみないか?」
「廃墟?」
「ほら、動画撮影に行ったあの場所だよ」
「ああ、あそこね」
その時の私は、すっかり廃墟のことなど忘れていて、Bの言葉でようやく思い至るほどでした。
けれども、急にどうしてあの廃墟に誘われるのかわからず、困惑する私に再度Bは言いました。
「あの時は何もなかったけれど、もう一回行けば、何かあると思うんだよ」
「いや、何かってなんだよ? それに今更行ってどうするんだ?」
動画投稿は止めていて、わざわざそんなところに行く理由などないのです。
けれど、Bは考えを変える様子はありませんでした。
「ちょっと様子を見に行くだけだって。なあ、お前も行こうぜ?」
私はなんとなくBに対して違和感というか、嫌なものを感じていました。
Bの顔は笑っていましたがなんだか目が笑っていない、そんな気がしたんです。
「……あー、悪いけど、やっぱり俺はいいわ」
私の言葉にBは一瞬剣呑な表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻り、「そっか」と言いました。
「でも、気が向いたらいつでも言ってくれ。待ってるからさ」
「ああ、わかった」
そうして私はBと別れました。
その日の夜、夢を見ました。
あの廃墟の夢です。
廃墟は以前見た時と変わらぬ姿でそこに建っているのですが、窓を見るとAとBが中にいて、こちらに手を振っていました。
まるで私が来るのを誘っているかのように。
二人は笑顔でしたが、私は恐ろしくてたまらずその場から走って逃げ出したのです。
少しでも廃墟から遠くへ、そう思って私は足が痛くなり、息が苦しくなっても走り続けました。
随分と走り、もうそろそろいいだろうと足を止めた瞬間、聞き慣れた二つの声が耳に入りました。
「裏切り者」
その瞬間、私は目を覚ましました。
心臓がバクバクして、汗が全身から吹き出し、体が震えて止まらなかったことを覚えています。
Bとはそれ以来会っていません。
彼もいつの間にか大学を辞めていて、スマホも解約したようです。
私はあの廃墟について調べました。
何か恐ろしい曰くや噂があるのではないかと思ったんです。
けれど、そんなものはありませんでした。
それどころか、あの廃墟が建てられた時期も、名称も、どんな人が関わっていたのかさえわかりませんでした。
そのことがまた私には恐ろしく、廃墟について調べるのを止めました。
これ以上関わると、自分もあの廃墟に取り込まれてしまうのではないかと思ったからです。
もう決してあの廃墟に近づくつもりはありませんが、あの中ではまだAとBが私のことを待っている。
そんな気がします。
何もない廃墟にて 秋空夕子 @akizora_y
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