06-45-未来のうつわ


 ゴルドがマクベスを担いで教会を去ってゆく。

 ガレウスはその姿が消えるまでエリオットとともに南口を見つめていた。


「此度は多大なるご迷惑をおかけした。そして大いなるご温情、感謝の言葉もありませぬ」


 俺たちに深々と頭を下げた後、


「これより我らは中央議事堂へ赴き、愚息の不祥事を報告し、この第5区画を引き継ぐ新たな領主を誰にするか、相談して参りまする。……ときに、ミシェーラどのはいずこへ」


 ミシェーラさんならなにか話があるからとマクベスとゴルドを追いかけていった、と伝えると、ガレウスは「ゆくぞ」とエリオット、元マクベスの家臣たちに声をかけ、


「……しまった、さすがにこの格好では裕福街には入れぬ。……ぐむん……荷物はジルバのやつに預けたままじゃ」


 ボロギレをまとったまま、抜けたことを口にした。


「っつーかさ、じーさんがこのまま新領主になったらダメなん?」


 相馬さんの声に教会内がざわめく。

 ……ガレウスを新領主に推すことに対しての驚きもあったが、相変わらずのじーさん呼びに対する「はわわわわ」的な声が多い。なんなら俺もはわわったもんね。


「だってさー。次の領主もカスな可能性もあるわけじゃん。ってかおっちゃんたちの様子からすっと、その可能性のほーが高いわけじゃん? ならじーさんが領主になってくれたほーがよくね?」


 相馬さんの言う通りだ。俺も同じように思っていた。

 すくなくともガレウスは民に優しく、自分に厳しくできる人であることは間違いない。


「ぐむ……しかし、このままパパドプロス家が領主となると……」


 民は納得せんじゃろう、みたいな顔をして振り返るが、おっちゃんたちも奥さまがたも期待の眼差しでガレウスを見つめている。


 かつて街を守り、善政を敷き、オラトリオの英雄とまで呼ばれたこの人が、第5区画の力になってくれたら。


「だってじーさん、あたしらがつくったご飯、おいしそーに食べてくれたじゃん」


 ……どうやら相馬さんがガレウスを推す理由はみんなと違うみたいだけど、たしかに、と頷いてしまった。


「ぐむん……。しかしですな、正直なことを申しますと、儂は他の貴族──とくにオラトリオ36人衆のほとんどから警戒されておりましてな。そのこともあって、帰国をおおやけにせず、古い友人のもとに身を寄せておったのです」

「警戒……というと?」

「その……儂が帰国する、ということは噂になっていたようなのです。帰国したならば、かつての権威をふりかざし、影響力をもってしてオラトリオを牛耳ろうとするのではないか、と」


 ガレウスにそんなつもりなどないことは無言のうちに理解できる。

 が、多くの貴族は警戒の裏側に、、という醜い野心を持っているってことも理解してしまった。


「ですので、儂が第5区画の領主になってしまえば、この教会が人口に膾炙かいしゃすることになり申す。それは御身たちの利にならぬのではないだろうか」


 ようするに、ガレウスが領主になることで、彼を警戒する貴族たちは第5区画に注目する。そうなると教会で異世界勇者を抱えているなんて思われ、とくに聖なんかはまた引き抜きの対象になるだろうし、白い光の存在が広まると今度こそ第5区画で採取ポイントを独占するな、なんて言われるかもしれない。


「儂は議事堂にて隠居を申し出て、それを条件に新たな領主になる人物を推挙しようと思うたのです」


 警戒するガレウスの隠居。

 貴族からしてなにかメリットがあるのか? と一瞬考えた。

 しかし歴史に鑑みれば、豊臣秀吉の軍師・黒田官兵衛は秀吉に警戒されたため隠居をして嫡子・黒田長政に家督を譲ったし、黒田官兵衛自身も若きころ、父の黒田職隆が主君の小寺政職に警戒されたために家督を譲られている。


 平和な世界で生きていた俺たちにはピンとこないが、隠居とはきっと、俺たちが思っているよりもずっと重い意味があることなのだろう。


 となると、問題は、ガレウスが推挙する人物とはいったい誰なのか? ということだった。

 身を寄せている友人の親族だろうか……?


 …………?


 なぜかガレウスは、俺のほうをじいっと見つめている。


 振り返るが、背には創造神オラトリオの像が慈愛をたたえているだけ……。


「正直なところ、レオンどのはどうか」

「はああああああ……? 見る目なさすぎだろ」

「……と言いたいところなのじゃが」


 ガレウスの口ぶりは、俺が反抗したからその意見を引っ込めたというよりも、最初から俺では領主になれないことをわかったうえでそう言ったように聞こえた。


 そりゃそうだろ。なに考えてんだよ。カラオケで最初に誰が歌うかを決めるんじゃないんだぞ。


「多くの貴族たちは、異世界勇者のことも警戒しておりまする。より具体的に申せば、異世界勇者による〝まつりごとへの介入〟を警戒しております」

「なんそれ。もしかしてまた『異世界勇者は戦ってろ』ってやつなん?」

「もしかすると『余所者よそものが政治に口を挟むことは好ましくない』ということではないでしょうか……?」


 ガレウスは苦々しく黒乃さんに頷いた。

 ……まあ第5区画に関しちゃ、半ば足を突っ込んでるところあるけど。


「領主になる、という意味では、儂よりも異世界勇者のほうが警戒は強くなるでしょうな。儂の力をすべて使ったとしても、貴族たちを納得させられるとは思えません」


 じゃあ結局、誰を推挙するつもりなのか。

 ガレウスは顔を南口へと向ける。


 ちょうど、ミシェーラさんが夜を背に帰ってきたところだった。


 ゴルドとマクベスを慌てて追いかけ、急いで帰ってきたのだろう、俺たちのそばでひと息ついた彼女の肩はゆっくりと上下している。


 ガレウスはミシェーラさんにこれまでのことを話し、


「儂は新領主にミシェーラどのを推挙しようと思っております」


 俺たちを驚かせた。


「折角ですが、お断りいたします。わたくしでは荷が勝ちすぎますわ」


 しかしミシェーラさんは存外──というか、むしろいつも通りの穏やかな表情と声できっぱりと断った。


「儂はそう思いませぬ。領民を導く力、なる人々にも優しい慈愛、理不尽な権力をはねのける胆力。そしてなにより、覚えておいでですかな──」


 ガレウスが最初に教会を訪れた日、夕食に舌鼓を打った後──


『またいつでもいらしてくださいませ』

『この御恩は忘れ申さず』

『はい。もしもあなたさまが満ち足りたときが来ましたら、困った方々に手を差し伸べていただきますと嬉しく思いますわ』


 恩をミシェーラさんに返すのではない。

  〝恩返し〟ではなく〝恩送り〟──誰かに優しくすることで、恩を送ってほしい、と。


「あのとき儂は……人の浮世を超越した、神々しいなにかに出逢うた気がした。あれがオラトリオの訓えであることはわかっている。しかし、だからこそ、信仰篤きこの街だからこそ、御身のような人物こそ領主に相応しいと儂は思うております」


 ミシェーラさんが治める地、というのは気になるし、住んでみたい気もする。

 しかし彼女が教会を離れ、領主の屋敷に住み仕事をするというのは、なんというか……なんともクソガキな意見だが、すこし寂しく思う。


「無論、面倒な仕事は我々で行ないまする。最終判断のみ仰ぐことはあるかもしれませぬが、根本としてミシェーラどのはこちらの教会でこれまで通りで構いませぬ」


 と思ったら、俺の考えは杞憂だったことを知る。

 しかしミシェーラさんは断りたいけどどう断ろうか困ったという様子で、


「領主、ということはオラトリオ36人衆ですわよね。そちらはすべて貴族のみなさまで埋まっていらっしゃるはず。わたくしでは……」


 これも領主の話を断るために絞り出した意見のように見えた。


「かようなことが起こった直後で図々しい話ですが、ミシェーラどのさえよろしければ、我が養女になりませんかな。ミシェーラ・パパドプロスとなれば皆納得するでしょう。もちろん婚姻などとは申しませんし、形だけのことです」


 貴族というものはこうも粘り腰の強いものなのだろうか。


 とはいえ、理不尽な我欲を押しつけてきたマクベスとは違い、ガレウスはあくまでも第5区画を良くするという形を取ってくる。


 しかしミシェーラさんは首を横に振る。


「申しわけございません。わたくしは、いちシスターのミシェーラでいたいのです。……ずっと、この場所で」


 まあ、ミシェーラさんならそう言うよな。

 ガレウスもなんとなくわかってはいたのか、ふっ、と諦めたように口元を緩めた。


 というか、ミシェーラさんを養女にして家格が問題なくなったところで、英雄ガレウスが養女にした女性領主ということで結局目をつけられるのは変わらないんだよなあ……。


 ……で、結局誰にするんだ? って話に戻ってくる。

 うーん、と隣に目をやって、


「ペッレルヴォ、お前やってみたらどうだ。ペッレルヴォ・パパドプロス。いいんじゃないの」

「殺す気か!!」

「ほら、なんか濁音と半濁音が多くてなんとなく強者感あるだろ」

「ようわからんうえに〝パパドプロス〟に6文字のうち4文字も持っていかれとるわ!!」

「ガハハハハ!!」


 相馬さんと月宮さんの「なにやってんだあいつ」みたいな視線が刺さって痛い。いいもん。おっちゃんたちにはウケたからいいもん。


 それは冗談として、新領主としてもっとも相応しいというか、本来ならば適任のヤツがいる。

 マクベス失脚後、領主の座についても不自然じゃない人物が。


 ……まあ、こんなことがあった直後だ。推挙しづらいガレウスの心境は理解できるけど。


「というかそこにぴったりなヤツがいるだろ」


 俺が向けた視線の先で、エリオットが祖父によく似た緑眼を見開いた。

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