手紙を拾う

前田マキタ

第一話




『ゆうびーんやさーんのおとしーものっ、ひろーてあげましょ…』


 公園のベンチに腰掛けながら、縄跳びをする子供達をぼんやり見つめる。


 昔から縄跳び、特にこの『郵便屋さんの落とし物』という(正式名称かどうかは知らないが)大縄跳びの遊びが苦手だった。


 どのタイミングで飛び込めば良いのか、もし自分が引っかかったら周りにどう思われるのか。


 そう考えると足が竦んだ。


パチッ、、、パチッ、、、


 縄は一定のリズムで、無機質に無慈悲に回り続ける。


「はあっ、、、はあっ、、、っ」


 いくら膝でリズムを取っても、飛び込む一歩が出てこない。


 



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ふぁあ~~」


 大きく口を開けてあくびを一つ。


 昨日で期末テストも終わり、夏休みが視野に入った今日この頃、徹夜でアニメを視聴した俺は非常に重い足取りで高校へと向かっていた。


こりゃ授業中確実に寝るな


 益体もないことを考えつつ歩いていると、急に肩を叩かれる。


 思わずビクッとして、イヤホンを外しながら振り向くと、同じ制服を着た学生がニコニコと横に並んだ。


「……びっくりした、オージか」


 尾尻おじり、通称"オージ"は一年の頃のクラスメイトである。もう一人、前川を加えた三人で学年が変わった今も行動をよく共にしている。


「おはよう、こう


「おはよう――オージにしては早いな」


 駅から高校までの道は、本来ならもっとたくさんの高校生で溢れているはずだが、まだ朝のホームルームには早いため、二人の周りにはまばらにしかいなかった。


「期末テストで後回しにしてた宿題が今日まででさ、今日俺当てられちゃうから――交こそなんでこんな朝早いの?」


「今週、俺日直なんだ。だから眠いのにこうして――」


 何度目か分からないあくびが出る。つられたオージも手で口を押さえて、


「大変だねえ、日直は」


と呑気に言うのだった。


「そういえば、朝早いって言っても今から間に合うのか?その宿題」


 朝早いと言っても、宿題をやれるほどの時間はない。どうするつもりか気になって聞いてみると、


「えっ?あー前川に見せてもらおうと思って」


と、返ってくる。


「あーなるほど……良いよなぁ、仲良い奴が今年も同じクラスなのは」


「まあ最初は安心したけど――おっ、噂をすれば」


 突き当たりの角を曲がると、見知った背中があった。


「前川っ」


 オージが手を振りつつ彼の名を呼ぶと、前川も気付いたのか振り返ってその場に立ち止まった。


「オージと差波さしなみじゃん、おはよう」


 合流して、3人で歩き始める。


「昨日のアレ見た?――説…」


「見た見た、……のやつだろ?」


「ああ、まーた目隠で誘拐されてたな」


 クラスが二人と分かれても、こうして会えばいつもみたいに話し合うことが出来た。二年生になってから、いまいち仲の良い友人が出来ない自分にとって、この二人は高校生活を潤すかけがえのないコミュニティであるーー


――はずだった。


「今日の数学、オージが当てられるんだったな」


「そうなんよ~、前川解けた?」


「当然、あれはその前の答え使ってやるやつだから――」


 気付けば、クラスの話題になり二人にしか分からないことで盛り上がっていた。


 さらに、ガードレールが道幅を狭め、三人で並ぶ程の広さはなくなっていた。オージと前川が並んで歩き、その後ろを俺が一人ついて行く。


 完全に集団の仲で孤立していた。


 一度でもそう思ってしまうと、孤独は溢れては止まらない。俺は、一人手持ち無沙汰だった。


音楽聴きてぇな


 前を見たくなくて、なんとなく空を見ながらそんなことを考えていると、


「交、どうしたん?」


名前を呼ばれていた。


「えっ、あ、いやー、なんか徹夜でぼおっとしてたわ」


 慌てて、理由を取り繕う。


そうだ、疲れてるから変な思考に陥るんだ、そうにちがいない


 自分にも、そう言い聞かす。そうとはつゆ知らず、前川は納得したように繰り返した。


「放課後、オージと本屋行こうって言ってたんだよ。ほらあれ、新刊出たらしいから」


「あー、オージが買ってるやつ……あ、ごめん。今週そういえば図書委員もあるんだ」


「マジか、ダブルか。だるいなそれ」


「そうそう、だから今日はパスしとく」


「オッケー、呼んだら貸したげる」


オージも、慰めるように言ってくれる。


「ああ、ありがとう」


 そうこうしているうちに、学校へ着いた。下駄箱で靴を履き替え、自分は二階へ。二人は三階だ。振り返る必要はないが、三階へ上がる二人の背中を見送ってしまう。


「この間、あそこの中華屋さん入ってみたんだけどさーー」


「ああ、ここ最近言ってたとこな」


「……」


 俺は、背を向けて教室に向かった。




 各学年の日直は、毎朝職員室の前で朝礼を行う。日直の二人は、職員室前へと移動していた。


「しっかし、うちのクラスは良いよなー。階段登らなくて良いから」


「ほんとそれ。階段疲れるもんな」


 この学校では、1年と2年の一部が三階、学年が進むにつれ下に降りていく。職員室はクラスと同じ二階に位置するため、階段の昇降がない分二人は楽なのだ。


「てかさ、差波は知ってる?今週飛田あやちゃんも日直なんだって!」


”飛田あや”


 この学び舎にて、彼女の名を知らない者はいないだろう。学校一の美少女と言われており、女優の学生時代と比べても遜色ないその美貌は、入学当初から学校中で噂されるほどだ。確かに、それほどの存在ともなれば細かな情報も気になってしまうだろう。


しかし、


「……なんで、一個下の日直をおまえが把握しているんだ?」


「そりゃ、飛田ファンなんだから当然把握してるもんだろ」


「もしもしポリスメン…」


「まあまあ、そう考えればこの日直という灰色の当番にも華やかさが増すってもんよ」


「……程々にしとけよ」


「フッ……安心しろ。飛田ファンクラブの鉄の掟は『YES!トビータNO!タッチ』だッ!」


顔が良いというのも考えものだな


 また一つ、この世の世知辛さを悟った交であった。


だが、、、


朝礼が終わって教室に帰る道中、


「やっぱ、別格だったな!」


「あんなの見たことなかった」


 実際の彼女は本当に美少女で、朝礼に向かった際に一目で分かった。朝礼の最中、メモを取るふりして必至にその可憐さを己の網膜へ焼き付けようとしていた隣の男に対して、交は一抹の共感を覚えざるを得なかった。


――見事な手のひら返しである。


 ただ、いくら同じ学校とはいえ、学年も違えば何の接点もないのだ。何か起こるはずもない。すれ違うのが関の山だろう。俺とは、何の関係もない、そう思っていたのに、、、












嘘だろ……ッ!?


「あのっ」


 放課後、図書室で一眠りできないだろうか、などと考えながら図書委員として向かった交は、眠気が一気に吹っ飛ぶほど信じられないものを目の当たりにした。


「1-3の図書委員代理として来た――」


 絹糸のように、さらさらとした黒髪。わずかに上向いた小ぶりの鼻に、顔の半分以上が目ではないかと錯覚してしまうほどの綺麗な二重。神様が本気を出したとしか思えない、えらく整った顔。


「――です」



 学校のアイドルとまさかの会遇であった。

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