神憑きアヴェンジャー

灰色キャット

1・泥まみれの出会い

「はっ、はっ、はっ……!」


 息を切らせながら走る。町を行き交う大人達の間を縫うように通り抜け、ただひたすら走る。

 両手には外国のパンとかいう食べ物とおにぎりの入っている包み。それと干し柿。一つも零さないようにしっかり抱きしめ、逃げる。


「こらぁぁぁぁ!! 待て餓鬼がぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒号が聞こえる。後ろの方じゃ、きっと豚顔の大人が真っ赤な顔して追いかけてきてんだろうな。

 ま、そんな事は知ったこっちゃないが。

 豚に俺を捕まえられる訳がない。あいつらが諦めるくらい引き離した後、いつもの場所に向かう。


 町から離れたところにあるあばら家。昔はさぞかし立派なもんだったんだろうけど、今じゃ屋根も半分くらいなくなっててみすぼらしいったらありゃしない。ま、俺も似たようなもんだが。


「さて、と」


 改めて戦利品を確かめる。粗末な茣蓙ござに置かれたそれらは俺みたいなのには縁遠い代物ばかりだ。


「こっちは明日……。で、これは……」


 少しでも日持ちがしそうなものは後。そんな風に仕分けて最終的に残ったパンを持って外に出る。他のはとりあえず拾ってきた箱の中に入れて埋めておく。俺がいない間に取られないようにする工夫ってやつだ。


 相変わらずのどんよりとした黒い雲。同じような地面。遠目には食べ物が手に入らなくて仕方なく生え草を必死に口に運んでいるやつまでいる。

 ……あれを食ってたら死ぬことはない。意識が消える程不味いことを除けばな。だから少しでも多く口に入れようとしてるって訳だ。見てるだけで嫌になってくる。一昔前の俺を見てるみたいで尚更だ。


 ぼろ家から少し離れた場所。大きな平たい岩が鎮座していて腰掛けるにはちょうど良い。ここで襲われても最悪パンを失うだけだ。他のもんが盗られないならまだなんとでも出来るさ。


 岩に座って一つ息を吐く。包みを開くと柔らかそうな見た目のパンに野菜や肉が挟まってるものが見える。ごくり、と生唾を呑む。こんなに美味そうなものは今まで見た事がなかったからだ。多分、町の奴らでも中々手が出せないもんだろう。


 一口食べると口いっぱいに味が広がる。じわーっとなんとも言えないそれは、普段なら絶対にあり得ないもの。後で魔草で元通りに戻さないとな……なんて思いながら食べてると、近くで何かがなった音が聞こえた。


 ちらっと目を向けるといつの間にか女が俺のパンに目を釘付けにしていた。

 見たことがないやつだ。髪は長くて……薄い、あー……何の色だ? とりあえず耳は長い。俺と同い年か、それより小さいくらいか。この辺じゃ見ない肌の色だから外国人だってことはわかる。一瞬目を奪われた俺は慌てて頭を振った。


「なんだよ」


 奪うような度胸がないのはわかったけれど、あからさまに物欲しそうな目をされちゃおちおち食べてられない。


「01……」

「あ?」

「01010505、01040403(0405……0001040103020705……」


 ……なんて言ってるのかさっぱりわかんねぇ。欲しがってんのは態度でわかるけど、なんの言葉話してんだ?


 通じてないのは向こうもわかってるみたいで、おろおろとしてるだけ。


「……ちっ」


 その様子が気に食わなくて、大方半分になる程度までちぎって差し出してやる。


「0103……?」

「……さっさと食え。要らねぇなら俺が食っちまうぞ」


 下げようとしたところを慌てた様子で受け取った。おどおどとこっちを見やがるもんだからそっぽ向いて残ったのを齧る。


 ……ったく、なんで俺がこんなことを――。


 自分の行動に嫌気が刺す。こんな女の事を気にしなきゃなんねぇんだか。あー、本当に最悪だ。


 これ以上ここにいたくなかった俺は残った分を適当に口に放り込んでさっさと帰ることにした。


 ――


「おい!」


 自分に腹を立てながら帰ってる途中。最近よく突っかかってくる奴が俺の前に立ち塞がった。

 相変わらず小汚ねぇなりをしてる。両腕にカマがついてて……なんだっけか。


「またお前かよ。鎌小僧」

「鎌鼬だ!! か・ま・い・た・ち!! の壱太だ! 何度も間違えてんじゃねぇよクソが!!」


 そうそうそんな奴だったな。


「で、なんのようだ?」

「はぁ!? てめぇ……!! ……ちっ、あん時の仕返しに来たんだよ!!」


 あ? どの時だっけ? こいつ意味もなく突っかかってくっからよくわかんねぇんだよなぁ。


「まさか忘れたのか!? 俺の獲物を横取りしただろうが!」

「あー? わっかんねぇな。どうせ大したことじゃねーんだろ」


「あ、あんちゃん……やっぱりやめようよぉ……」


 かまいちの後ろで縮こまってるから気づかなかったけど、おんなじのが二人器用に隠れてた。


「そうだよ……。僕たちはもういいから……」

弐助にすけ参ヶ丸さんがまる……お前達は口出すな」


 ぎりっとこっちを睨むのはいいけど、全く記憶にない。


「食べ物盗んだ奴から奪おうとした時、てめぇ俺を殴ったろうが! それも何度も邪魔しやがって…….!」


 あー、なるほど。なんとなく思い出した。


「それはてめぇが悪いんだろうが。盗むなら町の奴らからやれよ」

「はぁ? 誰から取ろうが変わらねーだろうが!」


 はっ、凄むのはいいけどよ。いまいち迫力に欠けんだよな。


「同じように地べた這い回る奴からは奪わない。それがこの町の乞食共の取り決めだ。嫌ならそこら辺に生えてる魔草でも食ってろよ」

「てめぇ……!」


 震えてるけど、あれさえ食えば飢え死にすることはない。とんでもなく不味いことを除けば食えるだろ。


「あ、あんちゃん……」

「……待ってろ。こいつをぶっ飛ばして――」


 なんか言おうとした瞬間、いち……なんとかは吹っ飛んだ。まあ、俺が殴ったからなんだが。


「ぎゃーぎゃーうるせぇ。自分のもんは自分で盗る。守れないなら死ね」


 面倒くさい奴らめ。目の前でぐだぐだ喋ってんのを待ってるわけねぇだろうが。明らかにやる気だったしな。

 あんまりうざったいからもう少し痛めつけてやろうかと思って近づくと、後ろに隠れてたちっちゃいのがわらわらと出て立ちはだかってきた。


「どけ」

「あ、あんちゃんは……僕らの為にしてるんです……。だ、だから……あの……ゆ、許して……」


 ぷるぷる震えるこいつらの身体をよく見ると、痩せていて今にも倒れそうだ。泣きそうな上に弱っちいのを見ると苛々してくる。

 あー、なんでこんな嫌な気持ちになるんだか。もやもやして腹が立ってくる。


「ちっ……おい」

「は、ひゃい……!」

「ここからまっすぐ進んだところにボロっちい小屋がある。敷きもんの下に箱が埋まってるから好きに持っていけ」

「……え?」

「もう二度と俺の前に現れんなよ」


 鬱陶うっとうしい連中といつまでも関わり合ってたら頭が痛くなる。面倒くせー奴らは適当に追っ払うのが一番だ。


 また少ししてからあの家に戻るか……ため息ばかりが漏れる。

 飯も多分なくなってるだろうし、仕方ねぇ。適当に魔草集めて帰るか。


 あの阿呆ほど不味いのが今夜の食事って考えると気が滅入りそうだ。やっぱ今から先回りして持っていこうか?


「08011403040501050102040301020401……」


 考えてるうちに変な言葉が聞こえてそっちを見ると、さっき会った女がぜーぜー息をしながら俺を見ていた。


「ちっ……今日はほんと最悪だ」


 突っかかってくる馬鹿に話にならない奴。一日で起こる事にも限度がある。


「0101、070114030404! 010505040201(0102!」


 無視してさっさと森に行こうとすると捨てられた犬のような目で追いかけてきやがる。こけないようによたよた来てるもんだから少しずつ離れていくけれど、縋るような声が後ろ髪を引っ張ってきやがる。


「ああ……ほんっと、厄日だな!」


 なんでこんな目に遭わないといけないんだか……。

 だけどこれ以上叫びながら来られても迷惑でしかない。仕方ないから待つことにしたら、安心したような顔で……こけた。




 ――これが俺と女……イシュティとの初めての出会いだった。

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