第33話
その後ガルじいの変化条件は、さまざまな実験をすることで判明した。
「つまりガルじいは、魔力を過剰回復した時に変化しているということですか?」
「今のとこそんな感じだな」
頭の中で情報を整理整頓した結果判明したそれらを改めて確認すると、ガルじいはうんうんと頷いたあといつものように顎髭を触る。
「まだ、魔力を回復させる方法はポーションを使う他に確率されてねェワケだしな……」
「そういえば禁書の中には魔力譲渡の方法などもありましたが……」
もしかしたら他にも実験しておくべきものがあるんじゃないかと思っての発言だったが、ガルじいは難色を示した。
「あー……ありゃ問題点が多すぎてダメだろ」
本には加減を間違え爆発したとか、吐血して死んだとか書いてあったから、危険が伴う方法なのはたしかだけど、それってそんなに問題だろうか。
「少し改良すればイケるかもしれませんよ」
「それはまた今後だな」
「……それもそうですね」
たしかに、新しく術式を作るしかないなら今後の課題にしておくべきか。
今は総括というか、まとめというか、そういう時間だし。
そんなことを考えていると、ガルじいが僕に向き直った。
「そんでお前さんの方だが……」
「僕の方は、キャロライン嬢以外からもたらされる心拍数上昇では変化しないということは判明しましたね」
恐怖も、運動も、その他考えられる全部をやってみたけど一切変わらなかった。
一応いろいろと仮説は考えられるけど、キャロライン嬢以外にあんなに僕の心拍数を上昇させてくれる相手がいないので、完全に手詰まり状態である。
「ほんじゃあ、ヘル坊の変化条件は『ときめき』っつーことだな」
「は?」
あまりにも突拍子のないガルじいの言葉に、つい目が点になった気がした。
いきなり何いってんだろう、このじじい。
「だってそーだろ、婚約者ちゃん以外に恋愛感情持ってないじゃんお前さん」
「それはたしかにそうですが……」
とはいえ、いろいろとどうなんだろうっていう内容である。
いくらなんでもそれはないんじゃ……。
「婚約者ちゃん以外にときめかんじゃろ」
「まってください、まさかそんなことが魔法で可能なんですか?」
確定事項にしてこようとするガルじいに、慌ててツッコミを入れる。
だが、ガルじいは唐突に真剣な顔で口を開いた。
「……儂らが使用した魔法式が、未知のものだと忘れた訳じゃなかろう」
「それは、……はい」
いきなり真面目な方向へ雰囲気を変えられて調子が狂う。
だけど、それが本当かどうかよりも、本当にそうだったら照れる、という感情しか湧いてこなかった。
「お前さんが婚約者ちゃん以外にうつつを抜かすとも思えんし」
「たしかに僕が彼女以外の女性を愛せるとは思えません」
キャロライン嬢以外とかまず考えられもしない。
元婚約者で納得してたのは、キャロライン嬢がすでに兄上の婚約者だったからだ。
「つまり、そーいうことじゃろ」
「はい?」
ビシッと指をさされたものの、ちょっとなにいってるかわからなかった。
「いやなんで分からんのよ。お前さんが持つ恋愛感情と心拍数、それから好意に反応して変化しとるんじゃろ、どう考えても」
「………………ええぇぇええ……? いや、しかし、なるほど、たしかにそう言われれば……でも……えぇぇええ……」
指摘されて、ようやくその可能性がものすごく高いということに気付いた。
でもどうしてだろう。さすがにだいぶ恥ずかしい。僕の気持ちがキャロライン嬢じゃなくてこのじじいに筒抜けになってしまったのが恥ずかしい。
つまり僕がどれだけキャロライン嬢にドキドキして、どれだけ彼女が好きか、それが今このじじいには丸見えなのである。
えっ、どうせならキャロライン嬢に知られたかったんですけど。
「はーァあ、儂も恋したァい」
恥ずかしさについ両手で顔を覆って悶えている僕を放置して、ガルじいが羨ましそうに願望を垂れ流した。地味に鬱陶しいじじいである。
「……すればいいじゃないですか」
「出会いがない」
「じゃあ外に出ましょうよ」
正論を言ってみたものの、現在進行形で引きこもりなガルじいは大きな溜め息を吐く。
「もう少し変化時間伸びんかなァ……」
変化した姿で恋とかする気なのこのじじい。
壮年になってキャロライン嬢の心を射止めようとした僕が人のことどうこう言える立場じゃないのはわかってるけどさ。
だがそれでも、たしかにそれはそうなわけで。
「10分間だけって短いですよね……」
せめて30分は欲しい。本当に短い。
なお、これはちゃんと計測したので本当に10分間しか変化しない。さすがは未知の魔法式である。
「だがどっかにデメリットがあるはずなんだよ」
「伸ばすことにですか?」
「いんや、今の変化条件でもだ」
「……ふむ」
ガルじいの言葉は、過去の実績や経験から信用出来る。
そのガルじいがなにか引っかかりを感じているのなら、それは重要視するべきだ。
「なんか気付いたこととかねェの?」
一生懸命考えてみたけど、何も浮かばない。心当たりも特にない。
「……うーん……、すこぶる健康なことくらいですかね」
「健康……」
「……はい……でもほんとにそれくらいしか……」
「健康……健康か……なァんかありそうだな……」
何かがあるはずなのに、何も浮かばない。
ガルじいの勘はよく当たるから、きっと何かあるはずなのに。
二人で頑張って考えるけど、どれだけ考えても心当たりなんてどこにもなかった。
二人して思考が煮詰まってしまったので、切り換えるようにガルじいが手を叩いた。
「まァ、しゃーねェ。なんかあればすぐに教えろよ、お前さんは皇子なんだからな」
「はい、でもガルじいもですよ、あなたは大魔導師なんですから」
「はーい」
いや、はーいじゃねぇよ。子供か。
そんなツッコミを口に出しそうになって、頑張って飲み込んだ僕を誰か褒めて欲しい。
そんなことを真顔で考えながら、僕はついどこか遠くを見てしまったのだった。
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