第30話
婚約者披露パーティは、僕の方が皇太子にふさわしいとたくさんの人に印象付けられたので、大成功に終わったといっても過言ではないだろう。
でもあの後すぐにダンスが始まって、キャロライン嬢と僕が颯爽と踊ったんだけど、ダンスが終わるか終わらないかくらいで元に戻ってしまったのが残念だった。
その間ずっと頬を赤らめてぽやっとしていたキャロライン嬢が、僕の姿が元に戻った瞬間、スンッといつもの冷静なキャロライン嬢に戻ってしまって笑った。どんな姿の彼女もかわいいけど、パーティの日の彼女が一番かわいかった。
ころころと表情が変わる彼女の姿は、本当にかわいい。
正直なところ、彼女がほかの人の目に触れるのも話題に上がるのも賞賛されるのすらも嫌だ。
だって、僕だけの彼女でいて欲しい。
閉じ込めたいし僕だけ見てほしいし、彼女の表情を変えるのは僕だけであってほしい。
月日がたつにつれ、僕の彼女に対する気持ちは重くなる一方だ。
なんというか、これどうしたらいいんだろう。
持て余してしまいそうな、っていうかすでに持て余してる気がするこの感情をどうしたらいいのか、本当に分からなかった。
「殿下は、どうして婚約者を交換しようと思ったのですか?」
キャロライン嬢と交友を深めるために面会をしていた時、ふと彼女から問いかけられた。
ここで正直に『あなたが好きだからです』と答えるのは簡単だけど、きっと彼女はそれを信じないだろう。
告白されてすぐそれに喜ぶような、そんな単純なひとじゃないから。
「では逆に、どうしてキャロライン嬢は婚約者交換をお受け下さったんですか?」
「……質問に質問を返すのは、卑怯です」
冷静できっちりした受け答えが、いつにも増してかっこいい。
一緒に居られることが嬉しすぎて、本当はニヤけてしまいそうなのを頑張って隠した。
真剣な顔で彼女を見るけど、いつも通りに出来てるだろうか。
「そうですね、ですが僕があなたの好みに当てはまらないことは知っています。なにか理由があるんですよね?」
なんとか普段通りの声音で尋ねると、彼女は言いにくそうに俯いた。
「…………ワタクシは……」
「どうかご無理なさらないでください。僕は言葉づかいなんて気にしません」
「えっ……?」
気遣うような僕の言動に、彼女は僕がなにを言いたいのか察せられず戸惑いの表情を見せる。
「僕はあなたが自分を偽るために、喋り方を意図的に変えていることを知っています。どうか、普段のあなたの言葉で真実を聞かせてくださいませんか」
いつだったか、曲がり角で彼女とぶつかってしまったことがあった。
あの時の彼女は、今のようにかしこまった口調をしてなかったことからそう思ったのだが、どうやらそれは間違ってなさそうだ。
彼女は困ったように眉尻を下げた。
「……私の家は武に長けています。……そのせいでかは分かりませんが、私は喋り方が無骨で、粗雑で、乱暴で……」
「かまいません。あなた自身の言葉を聞かせてください」
とても真剣な顔が出来ていたのかもしれない。
ふう、とひとつ息を吐き出した彼女は、柔らかく笑った。
「わかりました……あとで無礼だと怒らないでくださいね?」
「もちろんです」
こうやって僕にちょっと言われただけですぐに口調を本来に戻したところから考えると、普段から相当無理をしていたのか、もしくは僕をそれなりに信用してくれているのか、または両方か。
どれでも嬉しいから彼女がなにを考えていようと気にしないことにする。
覚悟を決めたらしい彼女が、凛とした雰囲気で僕を見た。
「……私は、殿下のような年齢の方は、守るべき対象だと思っている。それは今もだが、今後もきっと変わることはない」
それはつまり、今後も僕を男として見られないということか。好みじゃないんだからそれは仕方ないにしても、わざわざ説明してくれるなんて本当に出来た人だ。
とはいえ、傷付くものは傷付くんだけど。
「だが、それでも私は、殿下のあの姿の、いや、あの殿下に、一目で心を奪われてしまった」
「……それは……」
「一目惚れ、というやつだろう」
続けられた彼女の言葉に、ちょっと驚いた。
たしかに好意的に見られていた気はしていたけど、そこまでとは。
調子に乗らないように頑張って自重していたけど、もしかしてそれ不必要だったんだろうか。
「だからこそ私はつい舞い上がって、バカなことを考えてしまった。夢見がちな少女のように、殿下と婚約すればまた会えるのでは、と」
「なるほど、つまり僕を利用しようとしたのですね」
「不本意ながら、そうなってしまうな。私は最低な人間だ」
落ち込む彼女に、そんな彼女もかわいいなぁとしみじみ思ってしまった。
「殿下は悪くない。悪いのはバカになっていた私だ」
「本当にキャロライン嬢はかわいいなぁ」
あ。
つい、というより、とうとう出てしまった僕の言葉に、彼女からの視線がジトーっとしたものに変わった。
「……からかっているのか?」
「いいえ、ではキャロライン嬢の本音が聞けたので、僕も本音を話しますね」
疑わしい人物を見るときみたいな、そんな彼女の眼差しを受けながら僕は笑う。
「実は僕、あなたが本当に好きなんです」
「……えっ?」
僕の告白で彼女の表情が、キョトンとした、本当にかわいい表情になった。かわいい。
「忘れもしない、初対面のあのときからずっと、あなたが好きなんです」
「ま、待て。初対面というと三年前だから、……殿下はまだ四歳だったはずだ!」
たしかに僕は幼かった。だけど、人を好きになるのにそれが関係あるかというと、無いと思う。
動揺する彼女に畳みかけるように、真剣な表情で答える。
「はい」
「信じられない、やはり、からかっているのだろう」
あの時のことは彼女にとって、きっと些細なこと。
だけど僕には、人生が変わるくらいには、本当にすごいことだったのだ。
「うーん、それじゃあ、信じてもらえるまで頑張ります」
「なにをどうするつもりだ?」
「キャロライン嬢は、僕のあの姿を好きになったんですよね? じゃあ僕は、僕を好きになってもらえるように頑張ればいいんです」
にっこりと笑うと、キャロライン嬢はやれやれと溜息を吐いた。
これは多分、僕の真意までは伝わってない。
やっぱり子供だからまだまだ無邪気だな、程度だろうか。
「変わることはないと思うが、殿下がそうしたいならするといい」
「はい、頑張ります」
外堀は埋まった。
あとは僕が成長すればいいだけ。
その過程で、彼女が僕という存在を必要だと、思うようになってくれれば僕の願いは叶う。
さぁ、ここからどう僕に依存させていこうか。
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