第14話

 



 研究室での一件からふた晩が経過したけど、特に何の変化もなく、むしろすこぶる健康な気がした。

何だかよく分からないけど、健康なら良いか、と思う。


まだ落ち込みから回復してないガルじいは、何度やっても同じ式になってしまうと溜息を吐いていた。

このまま何事もなく一日が過ぎて、魔法の研究も成果が全く出て来ない日々が続いていくんだろうか。なんとなくそんな気がする。


僕も頑張ってみたけど、やっぱりあれが一番なんだよなぁ……。


そんな事を考えながら歩いていたからだろうか、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。


「わわっ、すみません!」

「申し訳ない、大丈夫か?」


 転びそうになってしまった所をスマートに抱き止められ、慌てて顔を上げる。なお、前者が僕で、後者が相手の方のセリフである。

目に飛び込んで来たのは、僕の大好きな美しくてカッコイイ、キャロライン嬢の姿だった。


「えっ? あ、キャロライン嬢、いえ、エルロンド公爵令嬢、申し訳ございません」

「あ、皇太子殿下……こちらこそ申し訳ございません」


 実は影で色々やってる手前、少し気まずい。

それでもやっぱり、彼女は素敵だった。


青銀の髪はキラキラしていて、サファイアブルーの瞳も宝石のように輝いていて、語彙力が持っていかれてしまう。


 ……ていうか、僕今、彼女に抱きしめられてない?


 それを意識した次の瞬間だった。

心臓が早鐘のように脈打ち、顔に熱が集まる。

つまり、ドキドキが止まらなくなった。


そして、僕の周囲に花びらが舞った。


───────ん? 花びら?


疑問に思ったその時、舞い散る花びらで何も見えなくなった。


「えっ? で、殿下!? 大丈夫ですか!? 私から離れないで下さい!」

「はい!」


元気よく返事をしてしまったけど、仕方ないと思う。

しかし問題はその後。

服がどんどん縮んでいったのだ。


花びらの出現はすぐに収まった。

ただ、大量に舞い散った筈の花びらはどこにもなくて、代わりに、僕の身長が物凄く伸びていた。


「…………は?」


着ていた服はビリビリで、お情け程度に引っかかっているだけ。

つまり、ほぼ全裸だ。


…………いや、ちょっと待って、何これ……?


「は、え、あ、きゃぁぁ……!?」

「キャロライン嬢、ダメです、見ちゃいけません」


 喉から出るのは、上品で落ち着いた低い声。

そして、僕より小さくなってしまったキャロライン嬢は、動揺を隠す事が出来ずに首まで真っ赤になってしまっていた。

両手で顔を隠そうとしていたけど、指の間が開いてるからそれ意味ないと思う。めちゃくちゃ可愛い。


いや、そんなこと考えてる場合じゃないよね、これ。

どう見ても痴漢だよ。露出魔だよ。隠さなきゃだよ!


だが、周囲を確認するが特に何もない。

少し進んだ先に扉があるが、あれは一体何の部屋だっただろうか。


 分からないけど、可能性に賭けるしかない。

早くしないと見回りの兵士に見付かって地下牢にぶちこまれる未来しか見えない。

それはちょっとカッコ悪すぎるので避けたいです。


「キャロライン嬢、すみません、失礼します」

「ひゃっ!?」


 大きくなったらやってみたかったこと、好きな人をお姫様抱っこする、という希望を今サラッとやってしまったけど、非常事態なので大目に見て欲しい。

いくら体が大きくなったとしても、今の状態が物凄く危険なのだとは分かっていた。


 誰にも見付かっていないうちに、急いで室内へと入る。

すると運良く賓客用の個室の内の一つだったらしい、小さい部屋にベッドと調度品、それから多分洗面所などへ続くドアが見えた。


腕の中の彼女をベッドに降ろすついでに、ベッドのシーツをひっぺがし体に巻き付ける。

それだけでだいぶ目に優しくなった。


ふう、と一息ついて、それから、自分が何をやらかしてしまったのか理解した。


たしかに、キャロライン嬢には事情を説明して黙っていて貰わないとならない。だから一緒に来てもらった。


 しかし、密室に好きな人と二人きり、ベッドには彼女。

僕は全裸シーツで、彼女は羞恥からか恐怖からか、真っ赤になって涙目でふるふると小さく震えている。


これ、真面目にダメなやつだ。


もちろん僕にそんな気は一切ない。

いつか将来的にはそういう事もあるのかもしれないが、今じゃないんだ。


 なお、僕のこういう知識は全部クソ兄からだ。

子供に猥談するとか本当に神経疑うよね。頭のネジがどっか行ってるんじゃないだろうか。

そんなんで恥ずかしがって泣くと思ったら大間違いだぞ、知識は宝だからね。


ともかく、そういうつもりは一切ないということを態度で示す為にも、予備でいいからどこかに服がないか探したい。

だけど状況も確認したい。


ダメだ、頭がこんがらかってきた。それでもキャロライン嬢とは話をしないと。


「キャロライン嬢」

「ひゃいっ!」


呼び掛けた途端の声に、つい、きゅんとした。


え、なに、可愛い。どうしたの可愛い。

いかん、ダメだ僕、落ち着け。深呼吸だ。吸って、吐く。よし、落ち着いた。


「まずは御無礼をお許しください、お見苦しいものをお見せしました」

「いえっ、そんな、むしろご馳走様としか」

「えっ?」

「なんでもないです!」


聞こえてはいるけど、ちょっと意味が分からなくて首を捻る。


「……確認したいのですが、僕は今、どんな姿でしょうか」

「え、あの、凄く、カッコいいです」

「え?」

「いえ、物凄くご立派な、大人の男性かと……」


これも聞こえてるけど、自分じゃ見えないからなんとも言えない。


「そうですか……、では、キャロライン嬢」

「はいっ」

「申し訳ございませんが、このことは他言無用でお願い出来ませんか?」

「はい、そうですね、どなたかは存じませんが、そのようなお姿で外に出ているなんて知られたくありませんよね、かしこまりました」


……彼女のこの返答、今の僕がさっきまでの僕と同一だと思ってるのかイマイチ分からないな……?

いや、それならそれで良いのか?


良くない気はするけど、その辺どうなんだろう。わからん。


………………どうしよう、わからん。



 

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