第6話 除霊

 夜、仕事を終えてSさん指定の場所まで行くと程なくSさんの車がやって来た。窓が下げられ顔がのぞき、助手席に乗るよう手招きされた。僕は遠慮がちに助手席に乗り込み今朝のお礼を言おうとしたが、それを遮りSさんは家まで案内するようかした。

 アパートに着くと、Sさんはふところから何枚かの護符を取り出し、僕の部屋の入り口のドアや窓などに貼って回った。それから持っていたカバンの中から香炉こうろと線香を取り出した。それで準備が整ったのかSさんからあの女性の霊にりつかれた理由に覚えがあるか等いくつかの質問を受けた。僕はSさんに正直にすべてを話した。一通り聞き終えるとSさんは〝自分以外に日常的に霊が見えるヤツと初めて会った〟と言ったあと感慨深げに〝大変だったろう〟と呟いた。朝会った時からなんとなく気付いてはいたがSさんも霊が見えるのだろう。しかしSさんは直ぐに気を引き締めた顔に戻ると、これから行わんとする事の説明を始めた。Sさん曰く、これから焚くお香は霊を呼びよせる効果があり、あの女性の霊を今一度この部屋に招き入れ、結界で閉じ込めた上で説得して成仏させるという事だった。

 

 除霊の準備を整え、お香が焚かれるとすぐに異変は現れた。例のラップ音と女性の〝どうして?〟という声が聞えて来た。するとSさんから厳重に結界を張り守れた空間、それはトイレなのだが、そこに移動するよう指示され僕はそこに身を隠した。

 トイレに籠っている僕には、それから先部屋の中で起こった事は音と勘でしか感じる事はできなかった。まず部屋の中に例の女性の霊の気配が膨れ上がるのを感じた。Sさんはその霊に時に優しく語りかけ、話を聞き、時に厳しく諭した。霊とのせめぎあいは二時間近くに及んだと思う。Sさんがお経を唱え始めるとトイレのドアのすぐ向こうから女性の声で〝ごめんなさい〟〝ありがとう〟と聞えて来た。僕はトイレの中に彼女が入って来るのではないかと後退あとずさった。しかし彼女が入って来る事はなく、逆に彼女の気配は徐々に消えていった。Sさんのお経が穏やかにそしてゆっくりとした調子に変化し、やがて止まった。

 トイレのドアを開けて居間に移動すると、そこには憔悴したSさんが座っていた。〝彼女は昇天したよ。もう君を悩ますことはない〟とだけ言うとSさんはその場で気を失った。


 その後、Sさんの言った通り僕は霊に悩まされることは無かった。それからというもの同じ霊が見える者として僕とSさんは時々連絡を取り合う仲となった。

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