6 ヒールフル砂漠 ①
4人が異変に気付き始めたのは、数日ほど経ってからだった。次第に道の両側の砂の量が増え始めたのだった。
北側にしばらく見えていたペール地方の街並みがもうほとんど見えなくなっていた。次第に道を照らす光は弱まっていき、彼女らはそれぞれ自分のフィーレで足元を照らしていた。
「暗いわね。それに砂が多い。ヘルロンの洞窟ってそんなに砂が多いところなのかしら」
ルーカスが呟いたのをベンが汲み取った。
「いいや、これは洞窟じゃないだろうな。何か、別のところに向かってしまっているような気がする」
「けれど、私が以前見た地図では、こっちの方にヒールフルがあったはずだけど」
「見間違いかもしれない。いずれにせよ、俺たちが先に到達するのは洞窟じゃない気がする」
彼の推測はそれほど間違ってはいなかった。
広大な面積のプラル地方の中に、ペール地方は存在する。プラル地方の南側は海で、東側がヒールフル地方だ。4人はヘルベルト・ルイスの書斎を出た後、東に向かっているが、ペールを左手側に見た後はヒールフル地方に入ることになる。ヘルロンの洞窟はヒールフル地方南西部の海沿いに位置しているが、そこに行くまでは広大なヒールフル砂漠を抜ける必要があった。
ルーカスはこの砂漠のことを把握していなかったのだ。すなわち、彼女らは洞窟を目指しているが、実際には砂漠に向かっているようなものなのである。
彼女らの足元には、砂がさらに増えてきていた。
「……砂、多すぎない?」
ルーカスは足元を眺めていた。
「おいおい、この様子、砂漠に入ろうとしているんじゃないのか?」
ベンは少し戸惑った様子だ。
「そうかも……」
「じゃあ、洞窟は? 到達できるかな?」
アオイが声を出したが、もちろん誰も知らない。ヒールフル地方南西部の海沿いにあるということしか情報はない。
「わからない……」
「待てよ。それじゃあ、俺たちは自分たちが洞窟に辿り着くかどうかを知らないまま、ただひたすら歩いていたってことか?」
「落ち着いて、ベンくん。で、どういうことなの?」
ユーがベンをルーカスから遠ざけた。
「さっきも言ったとおり、私は井戸の底にいた男から、現代魔法研究所に行くなら、先にヘルロンの洞窟で力試しをしてみろ、って言われたの。けど、その場所は大まかにしか聞いていなかった」
4人の間に沈黙の時間が流れた。しかし、すぐにユーは状況を察した。
「わかった、仕方がないよ。でも、それだったら、その洞窟がどこにあるのか、調べ直さないと」
「うん、私もそうしないといけないと思う」
アオイも同感のようだった。
再び4人の間には、出会ったときのような隔たりが感じられた。もちろん、誰も、他の誰かが悪い、などとは思っていなかったのだが。
しばらく後、4人は手の平に出している炎を消して、その場に座り込んだ。
「んで、どうする? こんなに何もないところじゃ、調べようがない」
ベンは遠くを見つめていた。
確かにそのとおりだ。砂漠に入ったところで、一体誰に出会い何の情報を集められようか。境の見えない地平線を眺めながら、4人はとうとう行き詰まった顔色を露わにした。
「仕方がないな。しばらく寝ようぜ。きっと疲れてるんだ」
ベンの意見に皆賛成した。気が付いていないだけで、身体は相当疲れているんだろうと考えた。たとえそうではなかったとしても、ルーカスを除く3人は、ほんの一部の平坦なところに仰向けで寝転がった。一方で、ルーカスはそうはしなかった。その場に座ったまま、3人を眺めながらその場に座っていた。
それに気が付いたかのように、あるいは見計らっていたかのように、アオイが上体を起こして彼女に近付いた。
「ほら、元気出して。きっと疲れているの。いつもあんなにがんばって、それに適切な判断をできるルウが、こんなミスするなんて、ただ疲れているんだよ」
アオイはルーカスの背中を摩り、慰めようとした。
「……洞窟、本当にあるのかしら。私があの男に騙されただけのような気がしてきた……」
「わからない。でも、そうは言っても、やっぱり疲れているんだよ。休もう? 起きてからどうするか考えよう?」
ルーカスはアオイに促されるままにその場に寝転がった。その後しばらく、4人はあらゆる感情に揉まれながら、心を落ち着かせようとしたのであった。
ルーカスが目覚めたとき、すでに他の3人は起きていた。そのとき、やっと彼女は自分自身が本当に疲れていたことを理解した。
3人はこの先どうするかを話し合っていたが、ルーカスが起きたことに気が付いてすぐに彼女の元に集まった。
「もう大丈夫? 本当に疲れていたんでしょ?」
アオイは彼女の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「ルーカスの寝顔をよく拝めた」
ベンは笑いながらそう言ったものだから、ルーカスは赤面した。彼の傍でユーも笑っていた。
「で、これからどうするか、だけど……」
アオイが切り出すと、それを横取りするかのようにベンが続けた。
「とにかく、その洞窟の場所がわからないのであっても、進んでみようって話をしていたんだ。砂漠に入ってしまったわけだし、これからどこか別の場所を目指すことにも限界を感じる。そもそも、俺たちが今、砂漠のどこにいるのかも定かではない」
アオイが彼から引き継ぎ、話を続けた。
「そう。で、とりあえずここを進んでみる。きっとそのうち誰かに会うかどこかに着くと思う。そしたら、私たちがどこにいるのか、洞窟がどこにあるのか、を聞く。まだ数日生きていく分なら食料を持っているわ。だから、進むことも無理じゃない」
「わかったわ。私もそれに1票」
「決定。じゃあ、ルウがよかったらいつでも出発しよう」
アオイがこうやって話を進めてくれるのって初めてかなあ……。ルーカスはぼんやりと思ったのであった。
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