5 ヘルベルト・ルイスの書斎 ④

 その頃、アオイとユーは例の部屋の前にいた。「立ち入り禁止」と書かれているが、その扉に手を掛けていた。


「じゃあ、開けるよ」


 アオイが頷いたのを確認すると、ユーはゆっくりと扉を開いた。


 2人はそっと中を覗き込んだが、真っ暗で何も見えなかった。


 小さなフィーレで内部を照らしてみると、長い廊下が奥まで続いていた。


「行ってみる?」


 アオイは黙って頷いた。2人はこの暗闇の廊下へと足を踏み入れた。


「立ち入り禁止と書かれていたけど、普通の廊下ね。この先が書斎なのかな」


 アオイが呟いた。しかし、ユーは特に返事をしなかった。彼はそれ以上に、この奥に何かを感じていたのだ。


 しばらく進むと、再び大きな扉の前に出た。今回は前方と右側の2つで、どちらも木製の扉だった。かなり重たそうに見えた。


「まずは前の部屋に行ってみよう」


 ユーは前方の扉を恐る恐る開いた。


 ドアの軋む音が止むと、2人は奇妙な静寂に包まれた。


 暗闇の中、再び彼女らはフィーレで周囲を照らし、ゆっくりとその部屋に入った。


 まず目の前に現れたのは、大きなソファ。そして、その奥に大きなテーブル。テーブルに隣接するようにベッドが置かれていた。


 まるでリビングと寝室が組み合わさったような配置だ。次に右手側を照らすと、そこには食器棚があった。中にはほとんど何もなく、数個の割れた食器が入れられているだけだった。左側を照らすと台所があった。旧式で石造りの調理台だった。


 2人はゆっくりとそこに足を踏み入れた。


「きっと、ここで食事をしたんだ。このソファに座って、このテーブルを使って食べたんだよ」

「うん。でも、こんな場所で食事をしていたなんて。薄暗いのに……」


 彼らは奥にある小さな冷蔵庫を見つけた。ユーがそれに近付き、手を掛けた。


「何するの?」

「中を見てみるんだ。何を食べていたのかを――」


 ユーはそれの前にしゃがみ込み、ゆっくりと扉を開いた。


 しかし、中はもぬけの殻だった。ユーは後ろに立つアオイと顔を見合わせた。


「……もう一方の部屋に行こうか」


 アオイもそれに同意し、2人はその部屋を出た。


 もう一方の部屋を開け内部をフィーレで照らすと、いくつかの本棚が整然と並んでいた。


「ここが書斎?」

「だろうね。でもあまり本がないみたいだけど……」


 ユーはそれぞれの本棚を照らしながら答えた。


「とにかく、この部屋を調べてみよう」


 2人は部屋の中の数少ない本を調べ始めた。


 自分たちの発する音以外は何も聞こえなかった。奇妙なほどに静かだった。一方で、音がしない方が居心地がいいという人もいるだろう。2人はヘルベルト・ルイスがここにいたことに、ある一面において納得しかけていた。


「アオイちゃん、これ見て」


 ユーがいきなり1冊の本を持ちアオイを呼んだ。


「アイザック教会群のことが書かれている。起源はそれほど古くはないみたい」


 ユーはその本をアオイのいるところに持っていった。


「どういうこと?」

「あの教会群ができたのは、セリウス時代のことだったようなんだ。旧魔法暦の時代だと思っていたけど、そのときはまだあれほど多くなくて教会群ではなかったらしく、セリウス時代に増えたみたい。この本によると、当時の世界皇帝エロール・セリウスが、次に世界皇帝になるであろうハワード・セリウスの時代の人々の安泰を願うために、教会群として改めて作ったようなんだ。つまり、エロール・セリウスはハワードのことを、なんらかの理由で心配していたということなんだろうね」

「なるほど」


 アオイは深く頷いた。


「でも、そんなに昔からハワード・セリウスって目を付けられていたのね」

「エロール・セリウスは、もし彼がオームだったなら、何か問題を起こすかもしれないとでも思ったのかな」

「それもありそう」


 2人はその本を携え、再度書斎の中を見て回った。しかし、彼らは知らないものの、この部屋はすでにほとんど現代魔法研究所によって調べられているのだ。だから数少ない本の中でも、有益なものは本当に限られていた。


 しばらくして、2人はすべての本を見て回り、部屋の真ん中に集まった。


「この部屋にはほとんど本が残っていない。きっと、先に何者かが調査したんだろうね」

「そうみたいね。ただ、1つ確認しておきたいことがあるの」

「何?」

「ここのさらに地下に部屋があったでしょ? そこには『ヘルベルト』の文字が書かれた紙切れがあった。それと、ここにくる途中に『立ち入り禁止』と書かれた扉。全く筆跡が違うし、まるで誰か2人が住んでいたみたいに見える。だけど、実際はそうでもないのかもしれない」

「どうして?」


 ユーは持ってきていた紙を本棚に置いて眺めた。


「親族でも何でもない2人が本当にここに住んでいたなら、それぞれの自室があってもいいと思う。それに、『ヘルベルト』の文字があった部屋は居住感が全くなかった。もしかすると、後から誰かがどちらかの文字を書き足したのかもしれない」

「一体、誰が?」

「わからないけど、たとえば、書斎に入ってほしくない人がいて、わざわざ立ち入り禁止としたとか。そもそも、どうやってヘルベルト・ルイスはここから出たの?」

「確かに。彼はオームだから、きっと自力では出られない。誰かマージの助けを得ないと……」


 そうして、2人はしばらく考え込んだ後、ある答えに辿り着いた。マージの誰かが彼を援助していた、ということだった。

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